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「トリプティック」第18話


話の行き着く先がまるで見えない中、落胆よりはその行き着く先の方に気持ちが傾いている巴は、どこかふわふわとした心持ちをもて余した。

佐藤はテーブルに並んだエスカルゴとマルゲリータのピザを無表情でつまみながら、覚悟した告白は思いの外淡々とできるものかという安堵が垣間見得る。

吐き出して楽になるのはあなたで、砂を噛むような夜を過ごすのは私の方なのにという不公平に、巴はなんとも言えない気持ちだった。

「で、田村さんと私たちの話にどんな関係があるの?」

巴は「ワイン飲まない?」と、店のお薦めの白をボトルで頼んだ。

止せばいいものをと思いながら、自分以上に佐藤を飲ませないとやってられない。


グラスを空けると、佐藤は巴から目を逸らして話しを続けた。

「田村さんは退社して、言っていた通り田村アーキテックを開設した。

1級建築士だったけど東明都市計画はランドスケープを生業にしている。

元々建築をやりたかったかどうかはわからないけど、そういうことだと思った」

「テキスタランドマークのプロジェクトから離されて一番辛かったのは、田村さんと仕事ができなくなることだった。

社会人となって、初めて自分が憧れる大人と出逢えた気がしていたんだ。

田村さんはいつもどんな仕事にも丁寧に接して、決して感情に囚われることなく、関わる全ての人に気配りを欠かさなかった。

常にみんなのことをしっかり見ていて、小さな変化にも気付いてそっと個別にフォローするんだ。

何でもないように"たまにはご飯でも食べに行こうか"って誘って、その人の悩みや葛藤をやさしく聞き出し、一緒に考えてくれる。

田村さんと仕事した人の多くは、そんな体験をしている。

天は二物を与えないというけど、世の中には二物も三物も持っている人間が存在するんだ」


巴は田村の部署ではないし、田村の在籍時とあまり被らなかったためよく知らないというのが実際のところだった。

それでもたまに仕事上で言葉を交わす時、そのやさしく丁寧でいて明確な言葉は印象的だった。


「凄くきつかった。

そんな時巴の存在が僕を救ってくれた。

好きにならない訳がない」


嬉しかった。それは。

巴は両手で顔を覆った。

しかしそれは嬉しさと共に、それが答でない非情な現実への感情のうねりに揺れたからだ。


でも、私は選ばれない。そうでしょ?


「好きでいながら、どうしても踏み込めない違和感がどこからきているか、知りたくなかった。

でも、わかってしまったんだ」

佐藤はワインを重ね、そんな飲み方をする佐藤を巴は初めて見た。


「田村アーキテックが立ち上がって1年後、社の平井が退社した。

その後田村アーキテックに合流したことがわかった。

会社では引き抜きではないか、田村さんらしくないと様々な陰口みたいな話が出ていた。


俺は…」


佐藤は、黙って巴を見つめた。


巴はテーブルの上から、佐藤の手をやさしく握った。


「俺は、田村さんから何もその話がなかったことがショックだった。

どうして自分じゃなくて平井だったのか

どうして、俺じゃなかったのか…

焦げ付くような気持ちになった」

佐藤は巴の手を握り返すと、やさしく離した。


「それは嫉妬の感情だ。

その時全ての違和感をはっきり知った。


俺は、田村さんが好きだったんだ」


巴は呆然として佐藤を見た。


きっと今この人が隠せない表情は、私がずっとこの人に見せていた面持ちと同じだったのかもしれない。

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