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馬鹿と弱さ

思い出しただけでむず痒くなる過去。布団の上にいるだけで何も考えていなかったかのに脈略もなくふと思い出し、自分にしか聞こえない奇声をあげ空気を蹴り上げる。
 
改めて考えてみるとそれは自分の馬鹿や弱さが偶然にもそこに乗り上げ、いや、自分の事なんだからそれは偶然ではなく必然的に露呈した。馬鹿と弱さが俺を殺しに来た。精神的にも社会的にも。それまでの当たり前を失った。でもまぁ、遅かれ早かれ自分は当たり前を失うことになっていただろう。その馬鹿と弱さは僕の欲望が生み出したものなんだから。そいつは今でも自分の中の中の奥底で眠っている。あの手この手でそれを殺しにかかったが、絶対また目を覚ます時が来る。そしてまたいつか俺を殺しに来る。

これから自分はこいつを飼い慣らす術を身につけていかなければいけない。誰しも欲望を持っている。それを馬鹿と弱さに変換してしまうのは他の誰でもない自分だ。けれどそれを止める事が出来るのだって自分だ。未来なんてどうにでも出来る。

過去の事はどうだろう。自分は一生これに縛られて生きていくのか。人生の時折で、何度も空気を蹴り上げなければいけないのか。

そんな事はない。そんな事はない。
それだって、自分で何とかするんだ。
自分の意義を示すのは他の誰でもない自分しかいない。

過去を変える事は出来ないし変えようとするつとりもない。
けれどこれからの人生で、過去の馬鹿と弱さの意味は、過去の馬鹿と弱さの感じ方は、過去の馬鹿と弱さの重さは、いくらでも変えれる。変えてやる。

(中学時代に彼女に俺たちが付き合ったのは運命だね的なセリフを真顔で連発してたなって事を寝る前にふと思い出した23歳の男の話)

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