見出し画像

イタチのこころ

久しぶりの休日なのに何の用事もなく、仕方がないので近くの多摩川までぶらぶら歩いて行った。

冬晴れだった。河川敷に密生した背の高い枯れ草が日差しを浴びて揺れていた。対岸のタワーマンションにはたくさんの洗濯物が干されていた。僕は缶コーヒーを買ってベンチに座った。目の前の球場で色んな年代の人達が大声を出して草野球に興じている。僕はなぜか急に敗北感に苛まれ、一気にコーヒーを飲み干して河川敷を上流に向けてまた歩きはじめた。

サイクリングロード脇の草むらからガサガサ音がしていた。不思議に思って近づくと、頭にデルモンテのトマト缶の嵌ったイタチが暴れていた。あまりにも間抜けだったので僕は笑った。でも段々可哀想になり、トマト缶を頭から外してやった。イタチは一瞬こちらを睨みつけると、藪の中に走り去った。

その晩、缶ビールを飲んでいたらアパートの呼び鈴を鳴らす者がいる。ドアを開けると見知らぬ若い女が立っていた。女は「この缶に見覚えはありませぬか」と言い、デルモンテのトマト缶を突き出した。「ある」と答えると、彼女は急に家に上がりこんできて住み着いてしまった。僕の妻である。それで妻は時々「ぎゃん」と鳴く。