乱世の亡霊
司馬遼太郎さんは家康が嫌いだったというが本当だろうか。
「覇王の家」「関ヶ原」「城塞」を読んで私は家康に魅了された。才能や情熱では決して抗えない圧倒的な「結果」。それを成した男の生き様は平凡な人間が目指すべき一つの理想像とも言える。大河ドラマ「どうする家康」も一人の平凡な若者が悩み迷いながら天下人となる物語であった。
終盤、老いた家康は戦なき世を希求する己こそが「乱世の亡霊」であるという矛盾を抱えて大坂城と対峙する。自らの命と共に戦乱の世を終わらせる家康の覚悟を、松本潤さんが見事に演じていた。これは良い意味で予想外だったが、思えば既に人生の酸いも甘いも経験してきた松本さんにとって老いた天下人は当たり役だったのかもしれない。さらに今川氏真や織田信雄など「負け組」の丁寧な描写、浅井三姉妹を演じた方々も素晴らしかった。この3人でもう一度「江」を見たいものだ。
一方、極端にキャラクター化された武将達や手の込んだエピソードに白ける場面も多かった。戦国時代はそのままで十分エキサイティングだし、力量ある役者さんが揃っていただけに残念。大トロは天ぷらではなく刺身で食べたかった、というのが正直なところである。