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短編集・詩集「あなたへ」

  はじめに
 本作「あなたへ」は、計二十三作品の短編小説と詩をまとめた、文章作品集となります。
 各作品ごとに異なる題材を選んではいますが、全体を通してのテーマが「読者にたずねたいこと」である為、この様な題名に致しました。
 中にはこれを読むあなたが苦手とする表現が含まれている恐れもありますが、悪意の無い問いかけとして受け取って頂けたら幸いです。


  読書家なあなたへ

 ふ、と。夢中になっている自分に気が付く。
 何十分のあいだ読みふけっていたのかしら。
 いつの間にやら厚みを増した右手の感覚にそう考えて、ページに顔をうずめるみたいに曲げていた背筋を伸ばしながらも、瞳は次の行を追うのをやめてくれない。
 読書をしている時、私は幾つもの思考を並行させている。
 この先には何が書かれているのだろう。
 さっきの一文が、どうしてこんなにも木霊こだまするのだろう。
 これを書いた貴方あなたは、どんな時に、どういう思いで書いてくれたの?
 素敵な時間をありがとう。
 そういった考えが、本によって少しづつ変わるけれど、春の綿毛みたいに舞い踊っては降り積もる。
 そうして土壌に落ちた種子達は、一時、忘れてしまいます。
 その原因は、もう眠らなくちゃとか、出掛ける時間だわとか、楽しみに取っておきましょう、とか。
 その日を生きる私の足に踏まれて根付いて、本を閉じた後、いつの日にかふと芽吹く。
 それはいつも、意識していない時に。
 だから私は本が好き。
 表紙を開いた時から、本を手にしていない時まで、思い出としてそばに居てくれるから。
 読書家なあなたへ。
 あなたの足許あしもとには、どんな花が咲いていますか。

  あとがき:読書家なあなたへ

 本作は二〇二〇年六月二十九日に投稿したイラストを元にして書き下ろしました。
 Twitterにて「読書家なあなたへ」と検索して、画像で絞り込むと見つかるかもしれません。
 結局、この「〇〇なあなたへ」シリーズは一作だけとなりましたが、こうして本作の種子として芽を出しました。


(当時のイラスト)

  しるべ

 人生の中で度々たびたび、標識があれば良いのにと思う。
 たとえば選択の時。
 何気無なにげなく選ぶその先で人生が変わるとしたら、そこに道先を表す標識が欲しい。
 たとえば会話の時。
 気を抜いてしまうと言葉が崩れてしまうから、それをさとす停止信号が欲しい。
 たとえば思索にふけってしまう時。
 頭の中で余りにも多くの言葉が駆け巡るものだから、速度制限を付けて欲しい。
 一分に六十単語まで、とか。
 そうしてもしも、それが叶った時。
 もっと贅沢なものを欲しがるから、やっぱり停止信号が欲しい。

 しるべ無いあなたへ。
 きっとそれが、自由の標識。

  あとがき:しるべ

 本作「しるべ」はねてより思っていた事に向き合ってみた、書き下ろしの詩です。
 これを書き始めてすぐに最後の結論に至ってしまい、自分で自分をさとす様な、不思議な体験をしました。
 ちょっと欲しいけれど、有ったら有ったで邪魔に思うんでしょうね。きっと。


  取調室にて

 交番の奥、簡素な事務机の前に座らせられた男は、警察官のそでえり、クリーム色のつるりとした壁、換気扇、火災報知器と目を動かしていき、小さく溜め息を吐き出した。
 長い沈黙を破った溜め息に続いて、男は机上きじょうで指を組む。
「…………よく、嘘をく子供でした」
 かすれた声に、男の前に座る男性警察官はへの字に曲げた口に力を入れる。
 もう一人、出入り口の前に立ちふさがる女性の警察官は、男の言葉を聞いて、退屈そうにしていた双眸そうぼう好奇こうきの光を宿した。
「と言っても、僕自身は嘘をいた自覚なんてありませんでした。僕は……例えば、そう、『隣町の古本屋で面白い漫画を読んだ』と話すわけです。でもそれは、ほんの作り話で、僕は周りの人達が興味深そうに聞いて、最後には笑ってくれるからで」
 語り、男は身動みじろぎする。
 パイプ椅子がきしんで、再び沈黙が訪れ、男はくすりと自嘲気味じちょうぎみに笑った。
「子供だったから、取り返しが付かなくなるまでに気が付かないんですよ。僕は作り話のつもりで話して、ネタばらしを忘れて、僕の話を聞いた人達は僕が本気で話したもんだと思うから…………一回、学級裁判みたいになりました。皆が僕の敵で、裁判長気取りの教師が、中立の振りをして僕を謝らせた。僕は、作り話だって言ったのに……」
 滔々とうとうと語る男を前にして、二人の警察官は何も言わない。
「それからはもう、どうでも良くなっちゃって、その……自分の評価とか、信頼とか、そういうものが。それで…………よく嘘をく大人になりました」
 そこまで言って、男性警察官が初めて表情を変えた。
 瞑目めいもくし、眉間みけんしわを寄せて、脚の間で男同様に組んだ指に力を込める。
「だから、冤罪えんざいを認めさせたのか。嘘を混ぜた状況証拠を叩き付けて」
 男性警察官の声は重々しく響き、男の目の前に置かれた自分の警官帽が、男には震えた様に見えた。
「……だって、かっこいいでしょう。冤罪えんざいける主人公って」

  あとがき:取調室にて

 創作をする時、私は時折嘘をく気持ちになります。
 如何いか辻褄つじつまを合わせて、如何いかに本物らしく思わせられるか。
 本気で嘘をこうとする時、その嘘は本人も自覚出来ない程にみ付くか、嘘だと理解しながら作り込むか、その何方どちらかだと思うのです。
 本作の主人公みたいな警察官が実在しませんように。本心からそう願います。

 ――以下、二〇二三年十二月の追記。
 前述のあとがき含め、本作を書き上げたのは一年以上前の事でした。
 当時のあとがきには書いていなかったか、私自身が見落としていた点があったため、このように追記として解説をしていきます。
 さて、作中の「男」の最後の台詞、違和感のある物だったと思いますが、気が付かれたでしょうか?
 男は昔、嘘をく子供と言われた作り話をよくする子供でした。
 そんな彼はそのまま成長して、嘘をく大人になり、ついには被疑者に冤罪えんざいを認めさせる警察官になってしまったのです。
 そんな彼が最後に言った台詞せりふは、彼の本心でした。
 そう、彼の中の嘘はあくまで作り話であり、創作と現実の区別がついていないのです。
 他者をお話の中の主人公であるかの様に思い込み、被疑者が押し付けられた冤罪えんざいけられれば良し、けられないならば、そのまま。
 この小説の世界では、過去に何人か、男の手によって人生を狂わされた人が存在しているのかもしれません。


  たる理由

 口溶くちどけるアイスクリーム、
 ひざの上でひとで、
 流し込むビール、
 一段飛ばして切る風、
 夜闇でひらめく火薬、
 紙に走らせる一筆ひとふで
 吸い捨てる煙草たばこ
 あなたの笑顔に微笑ほほえむこと。

  あとがき:たる理由

 本作は題名の「たる理由」が全てです。
 この「たる」とは、「足る」であったり、断定の助動詞「たり」の連体形であったりします。
 例えば「生きるにたる理由」や、「私が私たる理由」とか。
 一人一人が持つ幸せを感じるものをピックアップして、再構成した様な詩です。
 私自身で気に入っている作品の一つでもある。
 あなたの「たる理由」は、なんですか?


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