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日記465 コーヒーは焦げ汁


いい感じの階段。
抽象画みたいな。歩道橋。

コーヒーのことを「焦げ汁」と呼ぶ粗野なおっさんにあこがれるから、これからコーヒーは「焦げ汁」と呼びます。ドトールとかスターバックスとかでも、「焦げ汁ください」と言う。そんなメニューはない。と言われても「焦げ汁」しか知らない。コーヒーチェーンではない。焦げ汁屋さんと呼ぶ。すべてのコーヒーは焦げ汁。「焦げていない、焙煎をしている」と言われても、「焦げ汁」ただ一択をつらぬく。じぶんがまちがっていることなどとうに知っている。生まれ落ちた瞬間からまちがいなんだ。それ以上のまちがいなんかどうでもいい。コーヒーは、焦げ汁だ。

フランスのおしゃれな「カフェ・ロワイヤル」を目の前にしても、この焦げ汁!と言い張ろう。ナポレオンが好んでいたらしいコーヒーの飲み方。あ、コーヒーじゃなかった。焦げ汁の飲み方。フランスの焦げ汁。作法としては、まず部屋を薄暗くして、ブランデーを染み込ませた砂糖をスプーンに乗せる。ほんでそこに火をつけるのだとか。淡く青い、ちいさな炎が砂糖を溶かす。たちのぼる甘いブランデーの香り。その焦げ砂糖を焦げ汁に混ぜてから、飲む。というものらしい。焦げ焦げである。

いや、でも、目の前でそんな無体なことをされたら、雰囲気に屈しておもわず「これは……コ、コココ、コッフィー」とむだに発音を良くして呼んでしまうかもしれない……。おもわず下唇に前歯を当てて「F」の発音をしてしまう。想像してみると「焦げ汁」をつらぬく自信が揺らいできた。「コーヒー」と呼ばなければいけないような……。待て、踏みとどまるんだ。わたしは負けない。法律でこう呼べと決められているわけでもない。カフェ・ロワイヤルだって焦げ汁に過ぎないのだ。なにがブランデーだ。フランス語ではオー・ド・ヴィーだ。「命の水」という意味らしい。やばい、負けそう。

ブランデーの語源をたどると、オランダ語で「焼いたワイン」という意味になるそう。要するに、あれだ。ブランデーというのはそもそも「腐れ焼き葡萄汁」ということなのだ。「ブランデー」や「オー・ド・ヴィー」だと味方はどこにもいない完全アウェイだけれど、「腐れ焼き葡萄汁」ならわたしのホームだ。呼び方ひとつでみんな味方になってくれる。「オー・ド・ヴィー」は口にするのもはばかられるほどのおしゃれさで頼めたものではないが、「腐れ焼き葡萄汁」なら場末の狭い居酒屋でもホッピーと同じくらいの値段で出しているにちがいない。梅酎ハイの次に頼める。

「カフェ・ロワイヤル」というのも、すなわち、腐れ焼き葡萄汁にひたした砂糖を燃やし焦げ汁に溶かしているだけ。だいじょうぶ、おしゃれなところなどひとつもない。わたしはぜったいに「コーヒー」なんて言わない。腐れ焼き葡萄汁が味方についてくれたおかげで、大差をつけて焦げ汁の勝利。ヴィクトリー。きぶんがいいね。


#エッセイ #日記 #焦げ汁

にゃん