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加山雄三『お嫁においで 2015 feat.PUNPEE』優れたポップソングが繋ぐバトン。

ウッドストックが終わり、カウンターカルチャーが夢見た理想の世界は、残酷なまでに効率的な搾取を目的とした巨大なシステムに飲み込まれてしまった。音楽、ひいては芸術が、現実とは違う尺度で世界を眺めさせることが出来る武器だとするなら、新たな問題の出現は、新しい武器の誕生と不可分である。既存の武器では太刀打ち出来ない問題が台頭し始めた時に、ニューヨークのサウスブロンクス地区のアパートの1室、そこに置かれた2台のターンテーブルと2枚のレコードは、最高の瞬間を永遠にループさせた。1970年代ーーそれは偶然ではなかったはずだ。

暴力的なまでに自由な発想から生まれたブレイクビーツは、新たな時代の問題に拮抗しうるタフさとラフさを兼ね備えたポップカルチャーへと発展していく。やがて、ヒップホップと名付けられるそのカルチャーはその誕生以前から存在していたヒップホップ的な概念や思想をDJ、ラップ、ダンス、グラフィティなどで象徴的に表現し、体系化して、より人々の武器になりやすい形へと変化した。そして、ヒップホップという概念は大人 = ビジネスが手の届かないところで育てられ、世界各国に広がり、その各国の風土と混じり合いながら、たしかに根付いた。もちろん、ここ日本にも。

加山雄三“お嫁においで”(1966年)のリミックスである“お嫁においで 2015 feat. PUNPEE”。原曲の持ち味そのままのサンプリングフレーズに、定番ブレイクビーツのハニー・ドリッパーズ“Impeach The President”(1973年)が絡み合う。1966年の楽曲と、ヒップホップ誕生年の1973年の楽曲が、illicit tuboiのミックスにより2015年の音像として蘇る。そんなトラックの上に乗るPUNPEEのラップは、どこか高度経済成長期の日本の空気が感じられる“文体”で、クレイジーキャッツ“スーダラ節”(1961年)などの楽曲郡を彷彿とさせるのだが、それがけっして懐古主義にはならず、たしかな普遍性をもって現代に生きる私たちの「結婚」を巡るドラマとして提示される。「落ちついたら 喫茶店やって / ランチはカレーだけ / そんなのいいかも」という着地も、シャムキャッツ“MODELS”(2014年)の「なるべく二人で続けていく為には / もしかしたらここじゃないところへ引っ越すのもいいねと話をする」という着地同様、現代に生きる若者たちのささやかな希望のModel = 見本になっている。

この希望はーー1970年代、荒れ果てたサウスブロンクスで2枚のレコードが回らなければーー走る列車にグラフィティが描かれなければーーブレイクダンスでバトルが起きなければーー観客を盛り上げるためにマイクを握らなければーー生まれていない。この曲が空気を揺らす時、その音はその瞬間だけで鳴っているわけではなく、まるで歴史という水を吸い上げながら、どこまでも伸びていく大木のように、人智を越えたところにある時間感覚を内包している。PUNPEEがリミックスした、つまり、PUNPEEが提示した文脈を共有する時、時代も国も人種も性別も関係なく、その全てを巻き込んで繋がっていく音楽が目の前に立ち上がる。音楽を聴く喜びはここにあると言っていいだろう。

1970年代に海の向こうで誕生したヒップホップというカルチャーを通して、PUNPEEはあらゆる時代の、あらゆる場所にいた先人たちがそうしてきたように、ここ日本でも、バトンを繋ごうとしている。未来というのは、繋いでいくバトンの先にしか生まれない。こんな時代だからこそ、この曲のような音楽の必要性を感じる。2015年に蘇った“お嫁においで”は、これからの時代を生きる私たちの武器にふさわしい、優れたポップソングなのである。(了)

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