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ずっとぱやぱやしている人

三軒茶屋に住み始めたのは3年前で、その前は日暮里に住んでいました。
つまり、この無名人インタビューには、日暮里期と三軒茶屋期があるのです。
さてその境目はどこでしょうか?
正解の発表です!
2021年10月です!(合ってるはずですきっと)
だからなに?
何もないですよ。
そうですね、引っ越したところですべてががらっと変わるわけでもなく、ただね、その土地その土地には、やっぱり個性があって、やっぱり香りがあるよねって。
三軒茶屋は、歩いて渋谷まで行けるわりには(1時間以上かかるけど、終電の酔い覚ましにはちょうどよい)、そこそこに住宅街テイストのある町で。にぎやかな楽しさのある町です。
でも日暮里の良かったのはさ、上野にめちゃ近かったんですよ。上野の美術館にほとんど毎週行き放題だったんだけど、こっちに来てからはあんまり行けてないのよね。
いちおう、渋谷にはブンカムラあるし、ワタリウムだって松濤だってあるし、ちょっといけば六本木の美術館軍団にもいけるんだけど、なんだか足が遠のいてしまったのよね。
これはなんでしょうかね、下北沢の小劇場を見に行けってことなんでしょうかね。
お告げ?
いちおうね、お芝居見に行く機会はじゃっかん増えたけど、それでもあんまりひんぱんには見に行けてはないよなって。ね。
まあいろいろあるじゃんね。
てことで。無名人インタビューゴッ!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは 茶沢くちなわ さんです!


現在:小学生ぐらいの頃にどうやら世界にはそんなにわくわくしてない人も多いらしいというか、自分のこの状態は平均よりも、るんたかるんたかしてるらしいっていうことに気付くみたいな

bc:今何をしている人でしょうか?

茶沢:今はこれから始まる無名人インタビューが楽しみでわくわくしてます(笑)

qbc:ありがとうございます。

茶沢:前に、無名人インタビュー他の方のやつも読ませていただいたんですけれど。その、今何してる人ですかっていう質問から大体始まるじゃないですか?
それ聞いてて、お仕事のお話されてる方が多くて、ちょっとびっくりしたんですよね。

qbc:あー、はいはいはいはい。

茶沢:何してる人?って聞かれたら、みんな仕事の話するんだ!?と思って(笑) なんかそう、何してる人って自分だったら何かなと思ったときに、ちょっと思いつかなかったんですよね。これだけはこの質問されるんだろうなと思ってたんですけど、固定なんで。それすらどう答えようか思い浮かばず(笑)

qbc:仕事以外のことを答える人は、全体の1割ないと思いますね

茶沢:そうですよね。読んだ限りほとんどの方が、お仕事の話。

qbc:学生とか主婦とか、そういう言い方ですよね。

茶沢:ね、肩書きの話されますよね。でもなんか今何してる人ですかって言われたら、わたしは無名人インタビュー楽しみでわくわくしてますになっちゃう(笑)

qbc:日常的には何をしているという形ですか?

茶沢:日常的にも、わりかしずっとわくわくしてる人です。

qbc:何にわくわくするんですか?

茶沢:何に……? 好奇心なのかわかんないんですけど、目の前の状況がずっと変わっていくから、退屈するヒマがないので、常に次は何があるのかなと思って。気になっては期待し続けてます(笑) 仕事のときも、何の仕事をしてる人ですかって聞かれれば、事務職でOLをしています、になるのですが。そういう意味では、OLの仕事を楽しんでいる、楽しみにして楽しんでいる人、ですね。ふふ。次何やろうかな、何かできるかなと思って、わくわくしている、幸せな人です(笑)

qbc:いつ頃からそういうモードというか、いつからですかね?

茶沢:ずっとこんな感じで、小学生ぐらいの頃にどうやら世界にはそんなにわくわくしてない人も多いらしいというか、自分のこの状態は平均よりも、るんたかるんたかしてるらしいっていうことに気付く、みたいな。自分がこうだと、これが普通だと思っちゃうので。なんか世の中には悲しい人がいるらしいと気づいたって感じですね(笑)

qbc:なんでそう、わくわくできるんですかね?

茶沢:自分一人っ子で、周りに同年代の子供よりも大人の方が多かったんですね。で、大人ってやっぱり社会的に必要とされる責任が、子供よりも大きくなりがちなので、真剣にならざるを得ない瞬間っていうのはどうしても多いじゃないですか。

qbc:はいはいはいはい。

茶沢:子供がうっかりやってしまった失敗で人が死ぬことってそうそうないけれど、大人がうっかり運転のハンドルさばきを間違えると大勢が死ぬ、みたいな。そういう真面目モードというか、真剣な集中するときっていうのはあるから、それでシリアスな気持ちになっている大人っていうのを見てはいたんです。でもそれって大人と子供の差だから、ベースはこの……「無責任」って言い方が適当なのか分からないですが、責任が軽い状態であれば、るんたかるんたかしていられると思ってたんですね。身の周りに同年代の子供が少なくて比較もできなかったし。
それで小学校へ上がっていって、幼稚園はそこまで賢くなかったので、多分小学校ぐらいで気づいたと思うんですけど、同じぐらいの要求を受けて生活している存在であっても、もうちょっと悲観的な人というか、自分から見たら悲観的な人、世間的に見たら普通の責任感のテンションの人なんだと思うんですけど、しょんぼりしている人って多いんだなと思って。相対的に自分ってぱやぱやしてるんだなーって思った感じですね。ふふふふふ。

qbc:そういうのは自然にできたんですかね?

茶沢:そうですね。ずっとぱやぱやしてます(笑) もちろん特殊な、気の毒って言い方は好きじゃないけど、困難の多い環境にいた子供たちってのはいるとは思うんですが、世の中において、普通……って言い方も好きじゃないな、一般的……っていうのもあんまり好きじゃないな、「多くの人に想定されるような状態」の子供たちって、まぁまぁ愛されていることが多いと思うんです。
道を歩いていてお散歩中の保育園児とかみたら、とりあえずニコってするような状態。情報が何もなければ、好き嫌いの「好き」の方に、好きの方にちょっと評価がぶれるぐらいだと思うんです、子供たちって。幸いにして自分の両親はわたしのことをとても愛してくれて大事にしてくれていて、隣人たちもそういうふうに接してくれていて。だから、三、四歳ぐらいまでの頃までって、目に入る人、世界中の人、わたしの視点での世界中の人がわたしのこと好きだったんですよ。そんなの世界中に愛されてると思うじゃないですか、自分が。

qbc:はい、はい、はい。

茶沢:隣のおばちゃんも、マンションの下の階の姉ちゃんも、お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんもわたしのことが好き。つまり世界はわたしのことが好き! と思っていたんです(笑) だから、好かれて嫌な気はしないし、わたしも世界のこと好き、みたいな。
で、今どうしてですかって言われて考えたら、こういうふうに育ったから、そうなんじゃないかなって、後から思うのですけれども。こういうふうに育っても、悲観主義的な考え方をする人だっているんですよね(笑)
だから、どうしてですかっていうときに、こうだからですって言うと、同じルート辿ってもここに近い着地にならない方々もいるので、ちょっと自信ないです、本当にこれが理由かどうかは。ただ、自分に関して言えば、世界中に愛されていたので世界中を愛していますっていう状態の小さい子供で、こうなりました。

qbc:ふうん。なんかそれって自分の中でテーマとしてます?わくわくするしないっていうのは。

茶沢:何か別に狙ってそうしてるわけじゃないんですよ。意図的に楽しいことを求め続けているわけでもないし。まぁ退屈したら、何か面白いことないかなと探したりはするんですけど。退屈とか停滞に対して恐怖することもないし。気がついたらずっと面白いことが目の前にあるだけなんで、自分のテーマにしてるという感覚はないですね。

qbc:なんかこう、この人はわくわくしてるかなみたいな、自分は常にわくわくしても、この人わくわくなのかなどうかなっていうのを常にチェックしたりしてます?

茶沢:あんまり他人のことは気にしてないですね。近しい隣人が傷ついているようであれば心配をしたり、何か嬉しそうにしていれば何かいいことあったの? あったら教えてよ! と思ったりはしますが。こちらは勝手に幸せでいるので、そちらも勝手に幸せでいればいいよっていう感じですね。

qbc:わくわくも一応度合いがあるって言うていで聞くんですけど、最近、最もわくわくしたことを教えてください。

茶沢:最近最もわくわくしたこと……最も?(笑) 
一昨日、お正月で自分の実家に帰ったんですよ。夫と2人で、わたしの両親の家に帰ったんです。そのときに、夫と一緒にお正月に里帰りするっていうのは2回目なんですが、去年よりも夫がわたしの両親に対して、打ち解けていたように見受けられたので、わたしの好きな人である両親と、わたしの好きな人である夫が仲良くしていて楽しく、嬉しくなりました。

qbc:楽しくなると態度が変わるとか、何かこう言動に出るとかそういう出力はあるんですか?

茶沢:あー、どうなんだろう? まぁ、笑顔にはなってると思います(笑) 笑顔にはなってると思うけど、そうだなー、まぁ無自覚なので、自分では気づかないような気がします。一般的な喜びの表現とそんなに変わらないと思います。ニコニコするとか、お喋りになるとか。そういう感じじゃないかな。

qbc:わくわくをするコツみたいなものってあるんですかね?

茶沢:あのー、先に話した夫の話をしてしまうんですけれども、夫が割と悲観的な? いや悲観主義ではないな、現実主義と言えばいいのかな、そんな人なので同じ質問をされたことがあるんですね。どうやったらそんなに、なんか希望ばっかり抱いてられるのみたいな(笑)
でも、意識してそういうマインドセットを持っているわけではないので。自己啓発本を読んでこういう思考で生きようと思ってそう意識してます、というわけじゃないので。困ってしまいましたね、希望の持ち方を聞かれたとき。
なんだか、小さい頃に自転車に乗る練習をしたときに、練習中の期間って、もうちょっとこっちに力を入れてとか、視線をこっちに向けてとか、すごく意識して頑張るのに、一旦乗れるようになったら、もう何も気にしないで乗っていると思うんですね。日常的に、普段の足として自転車に乗れるようになった時点で、自転車ってどうやって乗るの?って尋ねられたら、困っちゃう。意識してないなぁ、という感じに近いのかなって思います。

qbc:趣味は何ですか?

茶沢:趣味はですね、お芝居を見るのが好きで。コロナ禍で、がっとお芝居の公演数が減るまでは、しょっちゅう、小劇場演劇みたいな呼び方したらいいんでしょうか、劇場に行って観るタイプのお芝居を見てたんですね。いわゆる大手のところ、そのチケットが何万円もするようなところっていうよりは、町のちっちゃかったり……ちっちゃいって言ってしまうと失礼に当たっちゃうかもしれないんですけど……まあ、いわゆる小劇場のお芝居を見ることが好きでよく行ってました。コロナ禍であんまり行かなくなってしまって、そこから配信で見るほどでもなく、生で見たかったなって感じで配信でわざわざ見てないっていうのもあって、今観劇が趣味ですって言うかどうか、ちょっと迷うっていうぐらいの距離感にはなってますね。
で、ええと。なので、今現在の好きなものっていう意味では観劇は今でも好きです。本を読むことも好きです。アナログゲームで遊ぶのも好きです。映画を観ることも好きです。ただ1年に1000冊読みますみたいな、qbcさんみたいな熱量じゃないですね(笑)

qbc:はい。

茶沢:あと、しいて挙げるなら、俳句が好きです。週に1回、句会をやってるところがあって、そこに顔出したり出さなかったり、っていう感じで。現在も続けていると言っていい趣味だと、俳諧で遊ぶことぐらいですかね。

qbc:屍派の?

茶沢:そうですね、りぼん句会っていう、俳人の北大路翼さんって方がやってる俳句の会があって。それが好きです。

qbc:新宿でしたっけ?

茶沢:元々歌舞伎町にあったのですけれど、今は高円寺ですね。拠点が変わって。趣味って言ったら、それくらいかな。

qbc:あとは、お芝居。お名前、下北沢と三軒茶屋の間の茶沢通りの、茶沢ですよね?

茶沢:そうです。はい、えへへ。

qbc:どのぐらい行ってました?小劇場的には。

茶沢:小劇場は、この、俳諧で言うとで屍句会が好き、みたいに、演劇もいわゆる「推し」の劇団がありました。おぼんろさんって今もある、ありましたって過去形に言っちゃったけれど、劇団自体は今もありますが。追いかけていた当時は5人でやっていらっしゃった。そこの公演によく行っていました。それは同じ物語でも、その回によって、演劇なので毎回全く同じものが観られるわけではないので、同じシナリオの公演中に何回も通うみたいなことはしてましたね。

qbc:なるほど。そうか、推しのところも常にやってる訳じゃないですからね。

茶沢:はい、そうですね。

qbc:全公演制覇とかしたりするんですか?そういう形って。

茶沢:全公演制覇はしていないですが、1公演に5回も6回も通うみたいなことはしてましたね。

qbc:初日と千秋楽とか?

茶沢:そうですそうです。初日観て、2日目見て、中日観て、千穐楽観て、というようなことはしましたね。

qbc:どこが好きでした?

茶沢:そこの劇団の方を1人、たまたま別の劇団の舞台で客演をしてらっしゃるときに知って。普段はこっちでやってるんだって感じで、おぼんろさんを知ったんです。その方は自分が中学生のとき、人生ではじめてみた小劇場演劇に出ていらしたんです。これは完全に偏見があると思うので、最初の刷り込みでしかないよというか、そんなことないよって言われるかもしれないんですが、小劇場の演劇の俳優さんって、すごく命のほとばしるような熱意とか力とかが、弾けるようにエネルギッシュでダイナミックな演技をされる方がすごくたくさんいる。もうなんか魂の叫びみたいな。それでちょっと圧倒されたんですよ、こんな世界があるんだって。それまでお芝居って、もっと大きな劇場の遠い座席から見るものしか知らなかったから。ごく近い距離で、もう汗のしずくすら見えるような距離で、叫ぶようなお芝居を見て驚きました。
その中で、1人だけ、複数いたかもしれないですけれど、当時のわたしが感じた限りは1人だけ、とても冷静に、「今の動きをもう一度やってください」って言ったら、多分この人はできるんだろうなっていうお芝居をされている方がいらっしゃって。なんだかその異質性を、どちらがいい悪いではないけれど、とても誠実だなって思ったんですね。一瞬しかないエネルギーの奔流みたいなものをその場で爆発させてくれるっていうことも素晴らしい表現ではあると思うのですけれども、結局何回見たってチケットの値段は同じわけだし、同じお芝居をしますと言って、一応そういうていで出している公演なわけで。その方は回によって違うものを見せない、一定したクオリティのものを精密に正確に提供するっていうお芝居をしているように受け取れたんですね、わたしからすると。で、こういう人もいるのかと感動して。ものすごい努力とエネルギーを凝縮させた末に凪いで見えるような人なんだなと思えて、その人のお芝居が観たくなってずっと追っかけてたっていう感じですね。
ただお芝居を追いかけるっていう知識というか、どうすればいいかが分からなくて、うわーすごい!ってなったまま、しばらくネットとかでの情報だけ見ている時期があって、ずいぶん経ってからです、実際に通い始めたのは。

qbc:おぼんろさんは割とユニークな世界観ですかね。

茶沢:そうですね。ただ直近の舞台は実は見てなくって。海外でもやっていたみたいなのですけれど、その海外のやつは観ていないです。その俳優さんがいらした頃の劇団は、そうですね、ユニークと言えばユニークな、寓話とか、絵本っぽい世界の芝居をよくされていましたね。

qbc:はいはいはい。

茶沢:それで、その俳優さんのお芝居を見たくて、ずっと追っかけてたっていう感じですね。

qbc:その俳優さんのお名前を聞いてもいいですか?

茶沢:藤井としもりさんという方です。今はいらっしゃらないんですけど、退団されて。今のおぼんろさんの4人の語り部の中には入ってらっしゃらないんですが。

qbc:茶沢さんは周りの人からなんて性格を言われます?

茶沢:楽観的、は言われますね。「楽観的」と「理屈っぽい」は割といろんな人から言われていて、親族や親しい人からは「負けず嫌い」。あまり親しくない人からは「真面目」「優等生」って感じですかね。ふふふふ。

qbc:身近な人から負けず嫌い以外は何かあります?

茶沢:あぁ、「意地っ張り」も言われますね。甘えちゃうからつい素が出るっていうとこだと思うんですけど。

qbc:はいはいはい。自分自身ではどう思います?

茶沢:自分自身では、四半世紀以上生きたことによって、あー楽観的なんだっていう、周りとのすり合わせができた、でき始めている感じですね。自分では自分のことをそこまで楽観主義だとか思ってなかったのですけれど。どうやら、相対的にはそうでもないらしい。相対的には普通よりは楽観的らしいっていうのを、納得し始めてるところですね。

qbc:好きな食べ物って聞きましたっけ?

茶沢:好きな食べ物。えーと、いろいろ食べること自体が割と好きなので。ただそうですね、食感が楽しいものが好きです。こりこりしてるとか、にゅるにゅるにしてるとか、プチプチしてるとか。生春巻きの皮のぷにぷにしてる感じとか、もずくみたいなちゅるちゅるちゅるちゅるっとしてるものとか好きですね。

過去:案の定その先生以外の授業を楽しむ能力がわたしに欠けていて。楽しいんですけど、それと様々なプラスマイナスを天秤にかけたときに、つらい方が勝ってしまうような大学で。

qbc:過去に移って行くんですけど、子供の頃はどんな子供でした?わくわくさんだったということだんですが、それ以外に何かありました?

茶沢:子供の頃はー、うーんと……。子供の頃はって言い方をすると、今と違ってみたいな含みを感じてしまってちょっと迷ってるんですけど、現在とそんなに変わらなかった気がしていて。好奇心の奴隷でした、ずっと(笑)
ずーっと好奇心の奴隷で、楽しそうとか面白そうって思ったものはもちろん、面白そうかどうかとか限らず、どうなるんだろう?って気になったらやっちゃうみたいな。落ち着きのない方でした。

qbc:遊び自体は何してました?

茶沢:遊び自体は、身体を動かすのが好きで。東京生まれ東京育ちなので、あんまり野山を駆け回るような経験はないんですが、児童公園だとかそういうところではもう、泥だらけになって、木に登ってみたいなそういうタイプでした。お人形遊びもしましたけど、どちらかというと、お人形とかままごとセットみたいな、役割が既に決まっているおもちゃよりも、紙とクレヨンだとか、レゴブロックだとか、自分で何でも作れる遊びの方が好きでしたね。

qbc:小学校はどんな子でした?

茶沢:小学校もそのまんまで割とずっと体を動かすのが好きで。でも、友達と遊ぶっていうときに、やっぱり小学生ぐらいになると、女の子は女の子グループで男の子は男の子グループで遊び始める傾向にあったとは思うんですけれど、自分は割と男友達が多い方だった気がします。
あとは同年代の友達よりも、大人の友達が多かったように思います。親の友人が、「おじさんおばさん」として遊ぶというよりは自分らは「友達」だと思ってるみたいな。その30とか20とか年の離れてる大人に対して、面倒を見てくれる大人というよりは、年が離れている友達という形で自分としては見ていたし、相手方も小さな友達として扱ってくれていたように感じています。

qbc:何をするんですかね?

茶沢:主にお喋りですね。喋るのが好き。走り回ってると大人の体力にどうしても不満が出てしまうので、子供としては。お喋りをして、大人の友達が好きなものの話を聞くのが好きでした。
えっと、今思うと、いわゆるオタク気質の大人が語る自分のコレクションの話とかを、ふんふんふんって、もっと言って!もっと言って!って感じで、分からないなりに聞くのがすごく好きで。ちょっと昔の記憶なんで断片的なんですけど、確か特撮の話とか、エアガン、トイガンっていうのかな、その話とか。あと三国志の話、なんか「お前に言ってもわかんないかもしんないけど」みたいな感じで話してくれるのを聞く。
オタクって喋るの好きな生き物だと思ってるので(笑) ふんふんふんと聞かれると、喋るのって楽しいから喋ってくれるんですよね。多分このインタビューもそうなように。だからその楽しそうに喋ってる友達を見て、楽しそうだな〜って聞くのが好きでした。

qbc:接点というか、大人の友達と会う機会が多かったんですか?

茶沢:そうですね。両親が、友達を家に呼んでお酒飲んだりご飯食べたりするのが好きだったっていうのがあって、うちに遊びに来たりとか、逆にそういう友人の家に家族でお呼ばれしに行ったりとか。イベントで春はお花見するぞと、夏だしどっか天気のいいとこでピクニックでもしようよ、秋になったら月見なんてどう? みたいな感じでワーッていくところに付いて行ったりとか。

qbc:エピソード覚えてます?なんかそのときに印象的だった、これまだ覚えてるみたいな話。

茶沢:1人すごく仲良かった友人に、特撮好きのおじさんがいて(笑) イリスっていう怪獣……雑な説明でいうと怪獣がいるんですけど、イリスがいかに美しいかっていう話を、語ってくれるんですね。ちょっと覚えてない、どういう演出がどう素晴らしかったという話はとりあえずもう全部、いろいろ語ってたな〜って感じで流しちゃうんですけど、造形がいかに美しいかっていう話をすごく熱が入って語ってくれてるときに、持ってたスケッチブック?っていうよりはもっと子供向けのおえかきちょうに、クーピーみたいなサクラクレパスみたいなやつで、「ここの曲線が素晴らしく云々」や「この殻が割れて云々」と絵を書いてくれたんですよ。その前後のページには、子供が書き殴ったよくわからない絵があるのですけれど、突然めちゃくちゃ上手いイリスの絵が出てくるっていうのが面白かったなと。年数が経ってからも、ちょっと笑えますね、それは。見返して「アッあのとき書いてもらったやつだ!」って。

qbc:中学校からはどんな感じで?

茶沢:中学高校もそんな感じで。中高までもずっと友達は、年齢層が上の友達が多かったんですけど、中高に入ると、自分の部活の友達で同年代の友達がちょっと増えたっていう。圧倒的に大人の友達が多かった小学校時代と比べて、まぁ同じぐらいか、年上の友達の方がちょっとだけ多い程度になるくらいに、自分の学校のコミュニティが広がったかなとは思います。ただ、やっぱりそこで話していると、大人と喋ってる方が楽しいなと思ったりはしましたけれど。

qbc:何が違いました?覚えてます?

茶沢:娯楽が。女子中学生の話題の中心って、まぁ好きな人の話が多いんですよね。新しく来た先生がかっこいいとか、芸能人の誰々がかっこいいとか。タレントさんとか。
あとは何組の誰くんが好きなんだけど内緒だよとか。そういう話、嫌いじゃないんですけど、そこまで興味がなかったというか。好きになるのは異性という前提で話されるのも訂正が面倒でしたし。なんかそんなにね、距離の近い閉じた空間の話ばっかりしてても息が詰まるじゃんねぇ、みたいな。人間関係の話ばっかりしてるなっていうのがありましたね。ただ、部活は楽しかったですけど。

qbc:何部だったんですか?

茶沢:バドミントンです。

qbc:高校はどうだったんですか?

茶沢:高校もバドミントン部で。バドミントン部と、途中でやめちゃったんですけど天文気象部と文学部っていうのに入ってて。文学部は副部長で最後までいたんですけど、天文気象部は途中でやめちゃいました。高校は部活以上に、一般的な高校で言う「生徒会」になるのかな。執行委員会っていう委員会に入って、そこが楽しかったですね。

qbc:何してたんですか?

茶沢:クラブ管理局っていう、委員会の中でいくつか、書記とか会計とか局に分かれてるうちの、クラブ管理っていうとこに入ってて。そこにいて、部活のグラウンドの使う順番とか、何部はどこの週末にどこに遠征してるみたいなのを管理してましたね。あとは部費の配分とかを、部長同士で、来年はこういうことやりたい、あれ買いたいからこれくらい必要ですみたいなのを、会計で会議してるのを会計局と取りまとめたりとか。先輩にすごくかわいがっていただいて、楽しくやってました。楽しく……そのときは、やること多くて大変!ワー忙しい!先輩怖い!とも思っていましたが、楽しかったですね(笑)

qbc:人間関係が楽しかったんですか?

茶沢:そうですね。そのときの先輩、組織的には上司にあたるそのクラブ管理局の局長をやっていた先輩っていうのが、すごく合理的な面白い方で。言葉はキツいんですけど、八つ当たりとかじゃなくて、真っ直ぐ厳しくしてくださる先輩だったので、とても尊敬しています。めちゃくちゃ怖かったですけれど。ふふふふふ。

qbc:その後は、進路進学どうされてたんですか?

茶沢:その後は大学に、公立大学に行ったんですが、そこを中退して。元々高校の進路指導の先生には反対されながら行った大学だったんです。お前は多分その学校だと自分をもて余すぞって言われて。もうちょっとチャレンジして、いわゆる難関校に行ってもいいんじゃないのって勧められ続けていました。高3の夏中、「お前は早稲田受ければいいのに」「えー、いやだー」みたいな。「早稲田ならまず受かるんだから受験しろって」「第一志望じゃないしどうせ行かないもんイヤですう」みたいなケンカごっこして遊んでました。担任は応援してくれましたが(笑)
どうしても授業を受けたい教授が、その地方の公立大学にいらしたんですね。高校の図書館で読んだ本の後ろの方に書いてあった。その本、著者っていうか編者かな。その教授が、今も教鞭をとっていらっしゃるところに行きたくて、ここがいい、と。「そこまで偏差値を下げなくてもいいだろう」みたいなことを言われながらその大学へ行って。案の定その先生以外の授業を楽しむ能力がわたしに欠けていて。楽しいんですけど、それと様々なプラスマイナスを天秤にかけたときに、つらい方が勝ってしまうような。そのお目当ての教授が、定年で離職されたタイミングで大学を辞めました。教授がいないなら、もういいや!って。

qbc:その先生はテーマ何だったんですか?

茶沢:その先生は、近世文学ですね。近世日本の……江戸時代って言い方したら分かり易いのかな?
歌舞伎とか俳句とかやってらっしゃる先生で。
あの、入学式の後に、「先生の授業が受けたくてこの大学に来ました」ってお伝えして、そしたら教授が「もうお前ゼミに来いよ」と言ってくださって、1年生のときにはゼミは取れないんですけど、だから「単位は出せないけど、別に教室にいても追い出さないから来ればいいじゃん」って言われて、1年ときから他学年やゼミ、大学院の授業を聞かせてもらってました。必修の授業も抜けて。

qbc:地方だったんですか?

茶沢:地方です。山梨県なんですけど。で、先生に師事できている間は、本当に毎日楽しくて。ただその先生が定年退職されて、東京の私立大学の方に行かれたんですね。正式な教授じゃなく。で、残ったのが、人生初の田舎暮らし、一人暮らし。
授業がつまらなかったって言い方をするとしっくりこないんですけれど。授業は楽しかったのですけれど、やっぱり一人暮らしを今までやってこなかった、高校卒業まで23区でぬくぬく過ごしていた一人っ子にとって、結構ストレスだったんですよ田舎の一人暮らしって。それに打ち勝つほどの楽しさは残った授業になくって。で、しんどくなって。しんどいけど喰らいつくという根性みたいなものはあいにく持ち合わせてなかったので、辞めちゃいましたね。

qbc:その後は何をされていたいんですか?

茶沢:その後戻ってきて、実家も東京なので、少しの間実家に住みながらパート勤務をして、ちょっとお金貯めて一人暮らしを同じく東京で始めて。その中途半端な時期に、前期休学、後期退学みたいな感じで、秋口に大学を辞めちゃったんで、働き口があんまりなくて。そのタイミングでもいいよってところがあったので、短期パートをやったんです。産休に入っちゃう保育士さんの穴埋めみたいな。産休終わったら戻ってくるっていうのがもう見えてる、終わりが見えるパートを、その先生が産休育休をとられている3年間くらいやって。
パートが終わったぐらいで、実家を出て。その後、派遣をちょっと。派遣でしばらく働いて、今の仕事に就いたって感じですね。

qbc:なんか気分の浮き沈みみたいなのってあるんですか?その人生の中で。

茶沢:あぁ、ありますあります。あの、沈みと言っていいのか、わたしの沈みごときが世間的に沈みかどうかはひとまず置いておいて、わたしの中での浮き沈みはあって。やっぱり一番へこんだ、沈んだのは、大学でその教授が退職なさったとき。教授がいない大学を、即辞めるっていうつもりはなくって。頑張れたら卒業してもいいかもなと思っていたんで。頑張れるかなーと思いながら、教授のいない大学に半期行ってみたものの、やっぱり頑張れなかった。
そのときは娯楽に飢えていました。身の回りの娯楽が肌に合わなかったので。楽しみが無い町ではないのですけれど、やっぱりどうしても中学で感じた違和感と近いような、閉じた社会の感じが。遠くてせいぜいバイト先みたいな。誰々先輩がどうしたってとか、どこどこのクラスのなんとかちゃんと誰々が付き合ってんだって、みたいな話を娯楽としては受け取れなくて。そういう話で満ち続けている空間で、消耗したといえば消耗したんだろうなと思います。

qbc:先生は、何年生のとき辞めたんですか?

茶沢:2年生ですね。

qbc:3年の前期は通ってた?

茶沢:そうですね。だからお前のゼミは見られないぞっていう、お前の卒論は見られないぞっていうのは言われてて。

qbc:そうなんですね。

qbc:そう。だからこそゼミ来いよっていう話をしてくれて、先生が。まぁ、ていのいい雑用係も兼ねつつだとは思うんです、カバン持ちみたいな。学会があるからお前も来て、俺のコートを持ってろ、みたいな感じで、付き人のようなことをちょっとやらせてもらったりとかして。掃除しといてくれたら助かるんだけどどう?っていうことを理由に、資料室に入れてもらうみたいな。そんな感じでしたね。

qbc:今の、満足度っていうのを点数でいうと、何点ぐらいですかね?人生。

茶沢:100点満点でですか?

qbc:100点満点で。

茶沢:100点です。

qbc:常に100点をキープしてるっていう理解でいいですか?

茶沢:そうですね。悲しいとか、退屈だとかはありますけど、それがマイナス点ではないと思うので。

未来:この楽天感、楽天気質って、上昇志向があまりないからだなって思うことがあって。現状に不満があるとより良くしようと思って頑張れると思うんです。現状幸せなので、未来をより良くしていこうみたいな気持ちに持ってきにくいというか。

qbc:未来、5年10年、30年40年、最後死にます。そこまでイメージして、未来って今どういうふうに思い描いてます?

茶沢:それがすごく苦手で。へへへへへ。将来設計が苦手なんですよ。わたし、自分が楽天家らしいということを認めてはいますけど、最近。この楽天感、楽天気質って、上昇志向があまりないからだなって思うことがあって。現状に不満があるとより良くしようと思って頑張れると思うんです。現状幸せなので、未来をより良くしていこうみたいな気持ちに持っていきにくいというか。今が充分ハッピーなので、だから未来をこうしていきたいという希望を抱くのが下手なんですよね。
ただ、何も根拠のない感覚としては、どうせわたしのことなので(笑)未来も幸せなんだろうな思ってはいます。

qbc:なんか場所とかあります?どこどこに行きたいなとか、居たいなみたいなとか。

茶沢:行ったことない場所は行ってみたいなと思いますし、行ったことある楽しかった場所もまた行きたいしなって。ただ自分が幼少期からずっと東京生まれ東京育ちで、高校まで家族で暮らしていて。大学生時代にちょろっとだけ地方で過ごしたけれど、また東京に戻ってきて東京で過ごしているので、暮らすっていう意味では、地方は多分苦手かもなって思います。田舎嫌いとかでは全くないのですけれども。不慣れなので、いかんせん。わたしが幸せになりやすいのは都会だろうなという思いはあります。

qbc:都会の良さについて語れるぐらいの思いってあります?

茶沢:お互いに対して距離があるというか。人が多いので、匿名性が高い気がしているんですね。何丁目の何とかさんとこの息子くんみたいな、細かいその面々と連なっていく、人いきれのする娯楽みたいなものがあんまりない。
もちろん人間関係として、よくすれ違う近所の犬とその飼い主とか、お隣さんとか大家さんぐらいと、別にそれは仲良くはしているし、柔らかい人間関係はありつつ、その人間関係を娯楽消費するような関係ではないことが多いんじゃないかなって思うんですね。人間関係は人間関係として、しなやかに柔らかく温かく保ちつつ、そのこと自体を面白がって消費しないっていうのが、そのドライさがすごく心地いいですね。
自分に対しても、どうせこの人わたしのこと忘れるんだろうなっていう相手と接し続けている喜びはありますね。例えばコンビニの店員さんは、いつも来るOLさんだなぐらいのことは思ってるかもしれないんですけれど、どうせこの人があと5年後10年後、まで行かなくても半年後でも2週間後でも、バイトやめたら多分人生においてわたしのことを思い出さないだろうなっていう。人間関係がカラッとしていて、気分がいいですね。

qbc:なんか好奇心で失敗したエピソードとかってあります?

茶沢:好奇心で失敗したエピソード?小学校低学年ぐらいだったと思うんですけど、ガードレールを平均台みたいに歩いてて、その切れ間に差し掛かったときに、ジャンプして次のとこ行けるかなと思って行けなくて、顔面から次のガードレールの角に突撃して、めちゃくちゃ痛い思いをしたっていうのが、あります(笑)

qbc:縫ったりはしなかったんですか?大丈夫だったんですか?

茶沢:それが友達の家に遊びに行って泊めてもらう約束の日で、病院に行くと帰れって言われるだろうなと思ったので、鼻血が止まったらそのまま友達の家へ行ったんです。でも、今鏡で鼻を見ると、曲がってるんですよ、ちょっとだけ。多分折れてたんですよね(笑)

qbc:えー。

茶沢:痛みをどうにかするよりも友達の家に遊びに行きたい、一緒に遊ぶっていうことの方がよかった。なんか興味というか、その方が絶対面白いと思ったから、病院と比べて。初対面で見て分かるほどは曲がってないんですけど、よく見ると確かにちょっと歪んでるので、そういう意味では、好奇心に負けたのかなって思います(笑)

qbc:あの、楽天的だけれども、理屈っぽいっていうようなところは、なんか相反する感じがするんですけども。

茶沢:理屈っぽいは、多分他人の感情に対して、「それは理屈じゃないよね」っていうときにあまり寄り添えてないんだと思うんです。なんだろうな。もう失くしてしまったものとかを、壊れてしまったけど大事だったものとかに対してずっと悲しんでいる人とか、例えば割れてしまった花瓶を、大事だったのに……ってすごくへこんでる人を見るときに、まあでも泣いてもその花瓶自体が戻ってくるわけではないしなって思っちゃうんですよ。それをこう、「いやもっと気持ちに寄り添ってあげなよ、そういう理屈の話じゃなくてさ!」みたいな。理論の話をしてるんじゃなくって、泣いても戻ってこないことは分かっているけれど泣いているんだよ、みたいな話に対して、あまり共感的ではない、ですね。
で、自分に対しても、こうこうこうだから悲しくないよみたいなことも、「いや、それは普通もっとへこむんじゃないのあんた」みたいなことを言われたりするので。友人が亡くなったときとかに、そのこと自体は、今後彼女と遊べなくなってしまうことは、つまらない、もったいない……もったいないって言い方するとあれだけど、なんだろうな、惜しいなと思うのだけれども、さかのぼって、去年彼女と遊んだことは悲しい思い出にはならないんと思うんです。わたしが去年彼女と遊んで楽しかったこと、今それを思い出して、あのとき楽しかったということに、可逆性はないと思っているので。2023年の楽しかった思い出が、2024年の悲しかった思い出によって、さかのぼって悲しい思い出にはならないと思ってるんです。だって楽しかった時間っていうのはもう終わっているじゃないですか、そのときに。例えば彼女と一緒にプール行ってて一緒に泳いで楽しかったねっていうことを、そこで完結した楽しい思い出だから、今から思い出して悲しくなりようがないじゃないって思うんですけど。「そういう話じゃねーんだよ」っていう突っ込まれ方をまあまあするので、そういう、ここが理屈っぽいって言われるところなんじゃないかなって思いますね。

qbc:自分自身もそうですかね?

茶沢:そうですね。

qbc:自分自身がそうだからってことですよね。

茶沢:そう、そうなんですよ。

qbc:なるほど。パートナーの方と合う部分っていうのは、そこですか?現実主義的だっておっしゃったんですけど。

茶沢:そうですね。うーんと、合わないです、基本的には(笑) 基本的には合わないんですけど、全然違うルートをたどって着地点が近いことがあるっていう意味では合う面もあるかもしれないですね。今悲しいことは今悲しいとしても良い、良いというか……ここにある悲しみを、悲しむ。っていうのは、うん、そうだねって思いはするんですね。これから起きそうなことを考えてしんどくなっているっていうのを見てると、まだその場にない脅威に対して悲観に暮れるのって、存在しないもの、虚無に対して怖がるなんて無意味じゃない?って思うときもあるんですけど、今ここにある悲しみに対して全力であるっていうことに関しては、大いに同意するので。
だから、夫と未来の話をしているときには「不思議な考え方をする人だな〜」と思いますが、現在の捉え方って点ではそんなに乖離はないと思いますね。

qbc:もしもの未来という質問をしています。もしも自分がわくわくさんじゃなかったら、その要素がなかったらどういう人間なっちゃうんだろうと思います?

茶沢:そしたら、負けず嫌いの要素が残るので、よりゴリゴリの上昇志向になってたかもしれないですね。

qbc:なるほど。

茶沢:他人に期待してたと思います、もっと。「もっと世界は良くなるはずなのに、なんでお前ら努力しないんだ」みたいな。多分他人への要求が強くなってたんじゃないかなと思います。常に、その幸せではない状態で、且つ幸せになりたいと思っているのであれば、みんなで、社会みんなで幸せになる方向に動いていこうよって思っていたのではないかしら、と考えるので。今わたしは幸福な人、満ち足りてる人なんですけど、満ち足りてなかったら、「満たそうよ、満たしてくれよ」っていうふうに動いていたんじゃないかなと思います。

qbc:ご両親ってどんな人なんですか?

茶沢:母は割と、自分と考えが近い、ぱやぱやっとしている人で。父の方が負けず嫌い要素、理屈っぽさみたいなものはおそらく主に父に育まれたものですね。
よく言われる、「困っていることが障害であるので、欠損自体は障害ではない」みたいな表現をする人たちがいると思うんですよ。発達障害関連の話題でよくある、「困ってること自体が障害なのであって、できないということ自体は、障害ではない」みたいな? そういう意味では、母を見ていると、彼女は困っていないがために何も診断が下りていない人なんだろうなって思います。

qbc:なるほど。

茶沢:彼女は幸せで、壁にぶち当たっているように見えないためにハンディキャップではないとされているだけであって、変わり者というか、外れ値、という意味では「普通」じゃない人だろうなと思います。

qbc:どんな普通じゃなさ?

茶沢:すっごい天然さんと言えばいいのかな。自分もそうだし、母も割とありのままで幸せであるように見えます。で、前提として他人の悪意とか害意とかを考慮しないから、嫌味とか言われたときに、教わるまで指摘されるまで嫌味だと気付かないタイプっていうか。「幸せそうだね」「そうなの、幸せなの」みたいな。「悩みなさそうだね」「うん、あんまりないよ」みたいな。ぱやぱや、ぱやぱやっとしてるんですね(笑)
露悪的に言えば、ボケてるんです(笑) 焦点が合ってないっていうか。割と阿呆なんですよ、我々は。賢い方ではないと思います(笑)

qbc:最後の質問ですね。最後に言い残したことは?っていうことで、インタビュー振り返ってでもいいし、読者メッセージ、遺言みたいにしていただいても、大丈夫なんですけど。最後に言い残したことがあればお伺いしております。

茶沢:無いかも。あはははは。なんか多分1ヶ月後とかかな、原稿が上がりましたって言われて見たら、これ言っときゃよかったなとか、あれ喋ったら面白かったかもなって思うこともあると思うんですけど、それはそれで1時間って時間で区切ったインタビューの面白さかなと思うんで、今思いつかないから、言い残したことは、無いです(笑)
しいて言うなら、ここ最近、無名人インタビューさんって発達障害の話をいくつか投稿されていらっしゃってたと思うんです。自分も、診断を受けてて、薬もらって生活してるので、その話してれば良かったかなとは思ったんですけど、別にそれって、自分の人生における重要事項ではないので。そういえば左足の親指が巻き爪なんだよねとか、なんか寝不足だと右目だけ一重になることあるんだよねみたいな、そういうレベルの話だと思ってるんで、触れなかったけど、まぁいっか!みたいな感じですかね。

qbc:なるほど。ありがとうございます。

茶沢:楽しかったー!

あとがき

インタビュー中聞くことができなくって、終了後の雑談で聞いたんです。
「ぱやぱや」って、家族で使っていた言葉ですか? って。
お答えはイエスでした。

→これ気になって軽く調べたんです。
どうやら「ぱやぱや」を東北方言だとする説があるそうです。
実家のルーツは少し遡らないと東北に結びつかないので、テレビか何かで拾ってきたのかな?
有名人ではマツコ・デラックスさんがたまに使われる語彙らしいです。
特に註を入れなくても夫に通じていたのは夫が東北出身だからかも?
あとは陸自の方も使うらしいです。こちらは九州に多いらしく、謎……!
別に自衛官の知り合いも多いことないんだけどなぁ

茶沢くちなわ

家って、大事ですね。
長くふれているものというのが、大事なのだ。
長く。

【インタビュー・あとがき:qbc】

【編集:mii】

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