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【短編】海辺の散歩


 ホテルに泊まった。由比ガ浜の。
 朝、起きて、テラスに出た。
 海が見えた。
 着替えて外に出た。
 砂浜まで歩いた。
 海辺で、向こうから、着物を着た三人の女性と一人のカメラ持女性が歩いてきた。僕は、海のしっけを含んだ風が顔に当たっていたので気持ちがよかった。
 背後をその女性たちが通りすぎた。他には海辺には人は遠くにサーファーさんが見えてきた。
「ユーチューブ」
 そう聞こえたので、彼女たちの撮影はユーチューバーの収録だというのが分かった。
 その女性たちは僕の背後を完全に通りすぎた。僕は顔を傾けて彼女たちの背中を見やる。着物。左から白、紫、なす紺の後ろ姿。

 僕は海辺のレストランで、一人でモーニングをしていた。ホテルは早々にチェックアウトしていた。先ほどの紫の着物の女性がそばにやってきて話しかけてきた。
「鎌田先輩ですよね」
「あ」
 彼女は大学の後輩だった。名前は山田。
 私たちは先ほど浜辺ですれちがったが、どちらもお互いが知り合いだとは気づかなかった。でも、人がいること自体にはお互い気づいていた。偶然は人生の起爆剤ですねと彼女が言った。僕はそれは風変りな表現だねと批評した。
「五年ぶりですか」
「六年ぶり」僕は訂正した。
 彼女は、今、僕と同じくモーニングを食べている。
 彼女は、今朝、ユーチューバーの友達に誘われて着物を着て海辺を笑いながら歩いた。鎌倉の紹介企画。お金はもらっていないが昨日タダで旅館に泊まらせてもらった(美人は得だ)。これから残三人は銭洗弁天。私は午後予定があるので妹が車で迎えに来るのを待ってる。
 彼女が言った。
「メロン」
「うん」
「お好きでしたっけ?」
「嫌いじゃないよ」
「そうですか」
「そうだね」
 僕は、ある同棲中のカップルの話をした。彼女の旅行中に、彼女の飼っていたハムスターが死んで、彼氏はどうしようか困った。困ったあげく、彼氏は彼女が帰って来るまでハムスターを冷凍庫にしまった。
 彼女は言った。
「気持ちが悪い」

 レストランの前で、僕は彼女とさようならをすることにした。
 その時に目の前を自転車が通った。その後を小さな女の子が乗った自転車が追いかける。女の子が僕の目の前でこけた。すると、先行した自転車に乗った男性(お父さん?)が「ぼんやりするな」と女の子を叱った。
 僕は、この目の前の出来事の不具合について他人の意見を求めたくなったが、着物の彼女はもうそばにいなかった。残念だ。

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