[詩] 音楽
今夜、はつゆき、
降るのでしょうか
窓のそと
静まっていく足音に
目と耳が吸い込まれ
冬になる
都市に痛んだ雲の影に隠れ
かすかに湿った燐寸を擦れば
わたしより先に産まれなかった、ねえさん、
あなたの空に
貸し続けているものが浮かびます
それは雨、霧、霜、
それともこれから降るだろう、雪、のどれか
あなたがいちども触れることのなかった
わたしたちの故郷の
凍えきった空気が
肉の薄い花びらに変わり
いつまでも
わたしの夢の経路を埋めつくしています
雪に吸われた重さのない空へ
あなたの足音は消え
燐寸も燃えつき
瞼に残るのは
甘い墨のような
冬の
音楽
第一詩集『水版画』(2008年・ふらんす堂)所収。
【追記。日記として】
第一詩集『水版画』は現在あまり流通していないので、そのなかから数篇だけ。このnoteに載せている(「春待ち」「水しるべ」「出発点」)。
「音楽」もそれらの仲間。でもこの1篇は、第一詩集を作る基礎となった投稿作品ではなく、詩集を作る際に、さらっと絵筆を動かすように書き足したもの。
雪の白い肌のうえに、花弁のひと色を落とすような小さな一篇を書いてみたいなと思った。
しばらく前から、そしてこれからも、関心があるのは、雪や花、人や紙などの、傷みやすい肌と肌のあわいにあるほのかな色やあかり。
それらの微細な差を溶かしつつ、それでも溶け残るものの余韻や香りによって、読むひとの目や意識を、夢の奥や静かな場所へと誘うこと。
今年も、また冬がめぐってくるから。
もう少し、詩を書こうかな……と思っている。
記事のうえの写真は、遠い旅先の冬の葡萄畑。
何もない。だからほっとする。
ここも、喧騒から離れた場所の一つ。
隣にいたのがだれだったのかも、もう思い出せないほどに。