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第一詩集から第二詩集『ひかりの途上で』までのこと

第一詩集を刊行するタイミングは人それぞれ。
所属する同人誌や投稿欄に掲載された詩があるていど溜まったのでそろそろ刊行を、と思いつく人もいれば、それらが版元の編集者の目にとまり、出版をすすめられる人もいるかもしれない。

私の場合は2008年に、松浦寿輝さんに「ユリイカ」の新人に選んでいただいた時点で、掲載された詩が10篇近く溜まっていたので、それらを一冊にしようと考えた。
なぜか、いま、しなくては、と思った。
そして、架空の一冊のなかに小さな杭を打つように手元の作品を並べ、その隙間に新しい詩10篇を加えてゆき、約90ページの本とした。

詩集を刊行したあとには、新聞や文芸誌の詩のコーナーや、複数の詩誌に作品を掲載する機会も少しはある。
けれど、詩を掲載する媒体の数は限られているし、同人誌に所属せず、個人誌も作らない場合、次の詩集を出すまでは、基本的には人から見えない場所で作品をこつこつと書きためてゆくということになる。

私は第一詩集刊行から4年が過ぎたころ、そろそろ次の詩集を作ろうと思った。
そう思いついたのは、昼夜を問わずに2時間おきに律儀に目を覚まし、火がついたように泣き出す乳飲み子を抱え、真夜中でもなかなか眠れずにかなり疲労していたときだった。
人生のなかでもっとも、夢とうつつの間を生きているような季節だったと思う。

もう少し赤ん坊がまとまって眠るようになったら詩を書こう……と決めていた。
まだ硬い蕾がゆっくりと開くのをじっと待つ気持ちだった。

小さなあかりのような赤ん坊の眠りを傍らに置き、そのほのかな明るさのなかで何か書くことで、第一詩集とは違う詩が書けそうな気もしたからだ。

「絵空事に見えるかもしれない」。
尊敬する書き手の何人かが、私の第一詩集の詩を、まずは評価しつつも、愛情をもってそうご指摘くださっていた。

それならば、第二詩集では、絵空事は絵空事のままで、その「空事」のなかに、読んだ人の実際の指に生々しく触れる花の色や香りをもたらす方法を模索しようとも思っていた(これはいまもなお、基本的には変わらない詩作の考えではあるけれど)。

そこでまず、複数の詩誌や1号のみで終わった個人誌に載せた詩から使えそうなものだけを選び、一冊を通して、蕾をゆっくり開くように、ある季節の流れに沿って詩を書き足していった。

そうして完成した原稿を、住まいから一番近い場所にある詩の出版社だった七月堂さんへと運んでいった。
七月堂さんは、私の偏愛する『冬の本』の作者である松浦寿輝さんの初期の詩集や同人誌「麒麟」を手がけた版元であったため、一度お願いしてみたかったということもある。

現在の豪徳寺の店舗とはだいぶ雰囲気が異なり、たくさんの本が積みあがってやや倉庫めいた(すみません……)七月堂さんの一角で、当時の社長だった知念明子さんが、親身に相談にのってくださった。
久しぶりに自分の詩のことを、隠さずに人に話せた、という充実感があった。

第二詩集は、原稿をお渡ししてから約4か月で仕上がったと記憶している。
第一詩集が3000円近い価格でハードカバーだったので、第二詩集は、学生の頃から好きだったフランスのペーパーバックのように軽く、極めてシンプルな造りにしたかった。
ハンドバッグのなかにも入れられて、無理なく持ち運べる詩集に。

私自身、高校生の頃からつねに鞄には詩集を入れていた。
だから、私の第二詩集も、通学、通勤時にも気軽に読め、旅先にも携帯できる、そんな風通しのよい「軽やか」な姿にしたかった。

第一詩集から第二詩集の刊行へと進められるのは自分しかいない。
いつ出すのか、どんな本を作るのか、も自分で決めなくてはならない。
言い換えると、自分で「決められる」。
でも、それがよかったと思う。

書くことや制作を人に待たれたり、もっと期待されていたら。
私の場合、雑念や雑味や変な色気が、言葉のなかに入ってしまっていたかもしれない。

同人誌にも属さず、個人誌作りも1号しか続かず、乳飲み子を眠らせるためだけに昼も夜もひどく疲れていた、たった一人の静かすぎる時間のなかに、第二詩集の杭となる小さな作品たちが眠っていたと思う。

このあまりに個人的でささやかな詩集『ひかりの途上で』は、刊行後にさまざまなご縁に恵まれて、奇跡的にH氏賞を受賞し、現在までに4回も刷っていただいている。
そして、いまも、たぶんひっそりとした場所でたまたま手にとってくださる(らしい)新しい貴重な読者とも幸運なことに出会えている。

本書が刊行されたのは2013年8月。
今年でちょうど10年になる。
10年間、刷り続け、売り続けてくださる稀有な存在である七月堂さんには感謝しかない。

詩集を作るのは、小さな私事でしかないと思う。
けれど、その私事を、ご自身の「私事」としてお読みくださる方が一人でもいれば、私はもう少し、「ひかりの途上」にいられるとも感じている。
そのことに深く感謝しつつ。


詩集『ひかりの途上で』(七月堂)の詳細は下記へ。

『ひかりの途上で』初版(左)と四刷目(右)