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【メタバース論】仮想空間での営みは人生やアイデンティティにいかなる影響を及ぼすか

近年、「メタバース」という言葉をよく耳にします。それらの3D空間は、Unityを使って開発されているものも少なくありません。

日本発のスマートフォン向けメタバース『REALITY』もその一つです。スマホだけでアバターの姿になって他のユーザーと交流したり、ライブ配信やゲームなどを楽しめます。2022年10月には全世界ダウンロード数が1,000万を突破しています。

また、メタバースと組み合わせて使えるツールも増えつつあります。2023年1月にソニーから発売された全身のモーションキャプチャーシステム『mocopi』は、頭と手足、腰に6つの小型センサーを装着するだけで、全身の動きを読み込むことを可能にしました。VTuberやライバー、メタバースの業界からも注目を集めています。

メタバースの中で人々はアバター化し、mocopiなどのツールを組み合わせて自己表現しながら、現実世界とは異なる人生を楽しめる世界が到来しつつあります。それはまさに、REALITYが掲げている「なりたい自分で、生きていく。」というビジョンにも通じます。

では、メタバース空間での営みは、私たちの人生やアイデンティティにいかなる影響を及ぼすのでしょうか?そして、Unityはそこでどのような役割を果たすのか。REALITY代表取締役社長のDJ RIO(荒木英士)さんと、mocopiを開発したソニー・モーション事業推進室 mocopiアプリ開発責任者のあきら(佐藤聡)さんに、アバターを中心とする世界でのコミュニケーションの在り方について聞きました。

アバターとは、3D空間における身体性

──ここ数年の「メタバース」の盛り上がりについて、どのようにお考えでしょうか?

DJ RIO:すでに多くの人々が感じていると思いますが、「メタバース」はバズワードだと思います。しかし、たとえそうだとしても、その言葉が示すコンセプトや未来像は変わっていません。

現実とバーチャルの境界はどんどん曖昧になり、人生におけるオンラインの重要性や比重は着実に高まり続けています。デジタル空間上でリアルとは別の自分になることで、自己表現の幅が広がったり、新しい友達ができたりする。こうしたメタバースが引き起こす変化は、人生の選択肢を増やすという意味で、基本的に良いことだと思っています。

DJ RIOさん

──なるほど。mocopiはデジタル空間上での表現の幅をさらに広げる製品ですよね。

あきら:そうですね。これまでのモーションキャプチャー技術はVTuberのような一部のクリエイターが使うものでしたが、近年は自分のアバターを作ってコミュニケーションする人が増えています。そのアバターの動きや表現をより豊かにするのがmocopiです。

僕はアバターを3D空間内での自分の体のようなものだと思っています。だから、アバターでの活動に慣れてくると、「もっと自分の体をこう動かして、こんな表現をしたい」というやりたいことが自然と増えます。それをサポートするのがmocopiの役割とも言えるでしょう。

あきらさん

──荒木さんは「DJ RIO」というアバターを持ち、活動されていますよね。Twitterのプロフィールには「人類総アバター化してシンギュラリティを早めたい」ともあります。

DJ RIO:はい。「デジタル空間上のアバターとは体を持つことに近い」というあきらさんの意見には僕も同意です。アバターがなければ、3D空間中心のインターネット世界では良い体験ができません。

現在のSNSは、2Dベースのインターネット空間上にアイコンとニックネームで存在し、テキストや写真を中心に自己表現している状態ですよね。でも、アイコンよりも顔の表情、声や動きをもって表現できるアバターの方が実在感がありますし、身体的なコミュニケーションや感情表現を通じて、より豊かな関係性を築けると思うんです。

あきら:僕はよくアバター同士でコミュニケーションを取っていますが、アバターの姿であっても想像以上に、動きのクセなどで相手が誰かわかるんですよね。その人の個性は、性格や発声だけではなく、動きのクセやちょっとした仕草も含まれる。mocopiにはそうした個性の表現を3D空間上に持ち込めるポテンシャルがあると思っています。

メタバースの生活は、現実世界のアイデンティティも変えるのか?

──REALITYのユーザーには「現実空間よりも仮想空間の居心地が良い」という人もいますか?

DJ RIO:いますね。最近面白かったのが、REALITYの年間配信時間ランキング1位の人が、一日の平均配信時間が20数時間というデータを見つけたことです。

当然、20数時間以上ずっと喋り続けているわけではありません。睡眠、食事、運動など、別のことをしながら流しっぱなしで配信しています。すると、その人を中心に毎朝「おはよう」と言い合うようなコミュニティが生まれるんです。

REALITYで仲良くなり、「現実世界で結婚しました」という報告もたくさんあります。中には、結婚式もREALITY内で開催した夫婦もいます。新郎新婦はウエディングドレスや白いタキシードを着たアバターで、結婚式場の空間で挙式を行う。そこには普段仲良くしているアバターの友達も集まり、3Dの花束ギフトを渡したり、投げ銭で祝福したりして、最後にはみんなで集合写真を撮っていました。

まさに、現実とバーチャル世界の境界が曖昧になっていることを強く感じた瞬間でした。それと同時に、REALITYが誰かの人生に大きな影響を与えていることを、素直に嬉しいと思いましたね。

──そんなことが起こっているんですね……!驚きました。

DJ RIO:現実世界のフィジカルな見た目はわからなくても、アバターを通じてお互い仲良くなれます。「同じ学校のあまり喋らないクラスメイトよりも、オンライン上でいつも話している人の方が精神的な距離が近いし、仲良くなりやすい」というユーザーの意見もあり、非常に納得しましたね。

アバターが可愛いと、現実世界の自分も可愛くなっていく

──メタバースが生活の中心に置かれると、その人のアイデンティティにはどのような影響があると思いますか?

あきら:僕はアバターに自分の性格や見た目が引っ張られると感じています。アバターでいつもコミュニケーションをとっていると、どうしても影響を受けるんですよ。たとえば、僕も昔は一人称が「俺」だったのですが、アバターで活動しはじめてから日常的に「僕」になりました。

「現実の自分の髪色をアバターに合わせて染める」「アバターのファッションを取り入れる」といった事例もよく耳にします。男性がメタバース内では女性のアバターで振る舞って「カワイイ」と言われていると、現実世界での仕草も少し柔らかくなる、という声も聞いたことがあります。

DJ RIO:アバターから現実の自分が影響を受ける、いわば「逆流」ですよね。僕もここ数年の経験でそれは感じます。アイデンティティは他者からの視点によって形成される。そう考えると、オンライン上のアバターの振る舞いが他者からいかに見られているかによって、現実世界の自分のアイデンティティまで変容するわけです。

要するに、「instagramに写真を載せるために現実世界で写真映えスポットに旅行する」のと、同じようなことがメタバースでも起きています。カワイイ、面白い、強そう……イメージはさまざまですが、他者から見えるアバターのイメージが現実世界の自分に逆流する。

佐藤さんが話していたように、「カワイイ」と言われると人間は本当に可愛くなります。また、喋り方や対人コミュニケーションがうまいとメタバース内でも人気者になれますが、そうした他者からの肯定が自信につながり、少しずつ自分が変わっていくんです。

アバターであれば、フラットなコミュニケーションが可能になる

──REALITYの社員は、みんながリモートワークかつアバターで仕事をしていると聞きました。全員がアバターでミーティングする会社には、どういったカルチャーが育まれていると思いますか?

DJ RIO:Slackでは好きなアイコン、Zoomでもアバターでコミュニケーションしていますが、何の問題もなく仕事はできています。困ることといえば、普段から相手のアバターとコミュニケーションしているので、むしろリアルの顔がわからないことでしょうか。

あきら:すごく共感します。特にニックネーム文化だと、本名がすぐに出てこない人も多いですよね。あとは年齢差があっても、見た目がアバターなので気にならない。

DJ RIO:アバターを通じたコミュニケーションはものすごくフラットになりますよね。たとえ相手が上司でも威圧感を覚えません。逆に上司側も、美少女アバターの部下に対して厳しい言葉は投げづらいので、全体的にやさしい雰囲気が生まれます(笑)。

あきら:僕のチームではアバターでの会議参加が普通になりつつありますし、結構みんな慣れてくるものですよね。最近はそのまま他の部署とのミーティングにも出ています(笑)。もちろん、最初は奇異の目で見られて大変かもしれません。

しかし、いま僕は他の部署の人からも「アバターの人」と認識されて受け入れられていますし、想像以上に周囲の人々は自然と慣れて、社内にアバターの文化が浸透していくのではないかと思います。

メタバースもリアルも、人間がそこにいることは変わらない

──先ほど話に挙がった「毎日平均20数時間」のアバター配信者にとっては、メタバースとリアルと、どちらが本当の人生なのか分からなくなりそうです。「REALITYが現実になっている」というか……。

DJ RIO:実は、それが狙いなんです。最初にサービス名を考案している時、「バーチャル」などの単語は絶対につけない方針でした。言い換えれば、リアルとバーチャルの対立構造は作らない。現実世界がサービスのREALITYと並列して存在し、何がリアルなのかわからなくなる……そんな撹乱状態を作ろうとしたんです。まさにいま、世界はその時に予測した通りに動いていると感じますね。

でも、REALITYが現実になっても人間は変わりません。僕はあくまで、メタバースはSNSの延長線上にあるものだと思っています。Twitterやinstagramを仮想世界だと思っている人はいませんよね。REALITYも現実世界の延長です。人間がそこに居て、コミュニケーションが交わされていることは虚構ではなく事実で、これまでのSNSなどと大きくは変わりません。

──「なりたい自分で、生きていく。 」というREALITYのビジョンは、メタバース上で現実世界とは異なるアイデンティティを構築し、複数の人格を使い分けて生きていくことが可能になるとも解釈できますよね。

DJ RIO:たしかに複数の人格を使い分けることはできます。ただし、ユーザーを見ているとVTuberのようにキャラクターまで作り込む人はごく少数です。SNSユーザーが別の人格を演じている人ばかりではないように、アバターも中身はそのままの自分というケースは多い。何かを演じるのはとても大変ですから。

あきら:僕のアバターは、もともとTwitterで何年も使っていたアイコンを3D化しただけですが、現実の自分がこのアバターの見た目になりたかったわけではありません。使い慣れて馴染みがあるから、「あきら」として使っているだけです。多くの人にとって、アバターはそれくらい気軽に扱えるものだと捉えたらよいと思います。

DJ RIO:現実の自分のまま過ごしたければそれでいいし、現実の自分とは異なる自分になりたければそれでもいい。どんな表現でも、それはなりたい自分。その個性を尊重することがREALITYのコンセプトの根底にあります。

まだ誰も想像していない「中間」を作るクリエイターに期待

──SF映画には、「現実世界の人格を捨てて、メタバースを中心に生きていく」という描写もあります。しかし、メタバースはあくまでSNSの延長線にある以上は、そうならないだろうと。

DJ RIO:メタバースという言葉を聞くと、どこかSFのように現実から飛躍した世界を想像しがちです。一方で、いま目の前の現実にある技術で実現されているもの、例えばWebで買い物するとかスマホで位置情報を調べるとか、そういうものはありふれていて、新鮮味がない。その“中間”を多くの人は想像できないんです。

たとえば、SNSは単に日記を共有できるようなところから始まったもので、空飛ぶ車のようなわかりやすいインパクトはありませんでしたが、たしかに数十億人の行動様式を変えて、世の中に大きな影響を与えましたよね。それと似ていると思います。

──先ほど、REALITY内の結婚式で「現実とバーチャル世界の境界が曖昧になる」という未来の到来を感じたとDJ RIOさんがお話していましたよね。SF的な未来と現実の“中間”を埋めるためには、クリエイターが(結婚式のように)メタバースの使い方を創意工夫して拡張することが大切だと感じます。

DJ RIO:そうですね。すでに存在している技術を組み合わせて、多くの人が価値を享受できるわかりやすい形で提示できる力が、今後のクリエイターにはより必要になってくると思います。たとえば、最近でもAIを活用した「AI VTuber」などが出てきていますが、SF的な未来ではなく、現在の技術でできることで表現を拡張している良い例だと思います。

あきら:「現実とバーチャル世界の境界が曖昧になる」という点で、mocopiでは最近、機能に大きなアップデートがありました。mocopiを使って、現実空間の中でアバターが動き回るAR動画を作れるようになったんです。

さっそく、この「AR背景モード」を使って色々な方が動画を撮影してTwitterなどに投稿してくれています。SF的な未来と現実の間では、まずこうした新しい技術やツールに興味を持つアーリーアダプターなクリエイターが活躍するように思います。

DJ RIOさんが「人類総アバター化」と掲げているように、僕もこれまでアバターが活躍できる幅を広げたいと思って活動してきました。今後はますますアバターを生活に取り入れる人が増えると予想しており、現実世界で人間とアバターがコミュニケーションするような未来もありえると思っています。

そんな世界に向けて、アバターの活動の制約をできるだけ減らし、家の中から屋外までどこでもやりたい表現ができるよう、モーションキャプチャーの技術やmocopiの研究開発を進めています。

ただし、Unityのようにメタバースを作れるプラットフォームも、mocopiのようなモーションキャプチャー技術も、それはあくまでツールでしかありません。目の前にある技術を使ってクリエイターが表現や創作をすることで、現実世界の延長上により豊かな世界が生まれていく……そんな未来を見ていますね。

 (構成・石田哲大/編集・長谷川賢人)

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