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一日

ジリリリリ… 少しうるさい。まるで汽笛みたいだ。この列車はいつになったら終着駅に着くんだ。何はともあれ、始発列車には乗らなければ。じゃないと。じゃないと?どうなるっていうんだ?…

疑問を持っちゃいけない。疑問を持っちゃいけない。疑問を持っちゃいけない。人生に意味なんて特にない。とにかく針に糸を通すように、始発列車に乗らなければ。もし乗り遅れれば、僕が自由の風に乗りこなすことは出来ない。自由を乗りこなすためには不自由を許諾しなければならない。ちょっとしたパラドックス。何、神様ほどではない。よくあること。

目が慣れてきたらしい。明順応。桿体から錐体へ視細胞の船渡。目が覚めると家賃5万のアパート。この辺では普通らしい。普通、普通、普通。魔法の言葉。

貝殻のような布団の中にぬくもりを感じる。僕は貝の身。外に出なければいけないと感じたので、布団から這いずって出る。布団はまるで焼かれた貝のように口を開き、身はそがれていた。貝柱すらあとに残さない、きっと捕食者はとても腹が減っていたのか、几帳面だったんだろう。いや、きっと物好きだ。

念のためにベットの下の火が消えているか確認をしておく。家が火事になったら困るし。…火はそもそもついていなかった。やれやれ。

時計の針は7時。ハトは鳴かない時間。急がなねば。ハトが鳴く頃には仕事が始まってしまう。疑問を持ってはいけない。疑問を持ってはいけない。疑問を持っては…

時間もないので機械汁を胃に流し込む。脳を騙す。この瞬間だけ僕は詐欺師に成れる。ポアロもホームズも金田一耕助も僕の正体は暴けないだろう。少しほくそ笑みながら汁をすする。まるで悪役になったみたいだ。「悪代官様も悪いですね~」「おぬしも悪よの~」 台詞劇

機械汁のいいところは消化が悪く腹持ちがいいところだ。悪いところは不味い。凡そ人間がもともと食べているようなものではないのだから仕方ない。僕は頭を掻いた。監視カメラすらないのに役者だな。

7時15分 ハトが準備を始める時間。どうやってハトは発声練習をするんだろう。喉の調整にはのど飴でも舐めてるんだろうか。僕はまるで期限の迫った論文を抱えた研究者のように、脳に余白を与えながら、体はオートマチックに駅との距離を概算した。勿論マクローリン展開も余弦定理も使っていない。四則演算が出来れば事足りるのだ。

駅に着くと人の群れ。これじゃあちょっとした湖だ。毎日この光景を見る僕は日に日に固体が集めれば液体になるのではないかと考えるようになっていた。水だって広義では固体の集まりだ。分子を固体というかは定かでないが。

液体とは”容器に合わせて形を変えるもの”だ。この定義でいうと猫も液体らしい。ならば我々人間も液体だ。それに加え群れとなった人間は流体だ。アクティブマター。

汽笛が鳴り、人間達は電車に乗り込む。ほら流体だろ?フレミング

電車の中には様々なにおいが立ち込める。女性の付ける甘ったるい香水の匂い。おじさんの加齢臭、またはそれを誤魔化す消臭剤の匂い。男子高校生の汗の匂い(いや朝からか)、整髪料の匂い。または憂い、暗澹、希望、驕り、幸福、その他諸々の薫りが鼻腔にホールインワン。「お客さんうまいですねー」声が木霊する。僕は誰に喋っているんだ。はぁ

目的地に辿り着いた。これから僕は脳を荒廃させ、命を削る。自分を殺し、媚び諂うのだ。疑問を持っちゃいけない。

上司の声を反芻する。「なんでこんなことも」「なんでこんなことも」「なんでこんなことも」… リフレイン

疑問を持っちゃいけないのだ。
言われたことをやる。僕らの仕事。
少し考えたふりをする。僕らの仕事。
何かを変えたふりをする。僕らの仕事。
誰かに何かを伝えたふりをする。僕らの仕事。
なんでこんなことも出来ないんだという。僕らの仕事。
It is our work.

お昼を食べに行かなきゃ。ロボットのような上司は「なんでこんなことも…」やれやれ。
お昼も機械飯を探しに行く必要があるみたい。
機械飯のいいところは消化が悪く腹持ちがいいところだ。悪いところは不味い。凡そ人間がもともと食べているようなものではないのだから仕方ない。僕は頭を掻いた。監視カメラにその姿が写った。僕は役者だからね。いつでも気を張ってるんだ!はぁ

午後の仕事も変わらない。上司の声も反芻する。「なんでこんなことも」「なんでこんなことも」「なんでこんなことも」… リフレイン

疑問を持っちゃいけないのだ。
言われたことをやる。僕らの仕事。
少し考えたふりをする。僕らの仕事。
何かを変えたふりをする。僕らの仕事。
誰かに何かを伝えたふりをする。僕らの仕事。
なんでこんなことも出来ないんだという。僕らの仕事。 
既視感(デジャヴ)

午後十時 ハトが飛ぶ時間。もうこの時間は鳴かないらしい。友達の生物学者が言っていた。僕はそいつの事を似非科学者と言っているので真偽は分からない。でも自称生物学者は「この時間は鳴かないんだ」といっていた。大事なこと。ハトはこの時間鳴かない。

2時間前には夕飯も食べた。お昼に買った。おにぎりを一つ。勿論、機械の作った。機械飯のいいところは… もうくどいね。 タイムリープ。
最近は機械飯しか食べていない。人の飯は食べれないんだ。科学が生み出した食材を、機械が調理する飯。僕らは機械に生かされている。今日も機械のために働いているんだ。金で買える幸せは所詮自分には訪れない。なぜなら機械の為に働いているからね。

ミスタービーンにはなれないか。はぁ。

帰路につき。様々な香りが鼻腔にホールインワン。朝とは少し違う。青色が少し多く含まれている。「お客さん、どうしたんですか?」誰に聞いているんだ。ラジオのパーソナリティならきっと「それでは聞いていただきましょう。ビートルズでA Hard Day’s Night!」というだろう。イッツビナハ~デイナイト… 僕は特に”When I’m home feeling you holding me tight, tight” という歌詞が好きだ。一人暮らしの僕には刺さるね。ははは。moan

家に着くとそこはまるで工場。人間を生み出す工場。
僕の工場はまだまだ工事中。僕の隣の部屋では日夜、社会人を作り出す音が聞こえる。ガヤガヤガヤガヤ。

部屋に入る。パチン。

だんだん暗闇から灯りに目が慣れる。明順応。

僕はスーツを脱ぐと、そのまま倒れる。おっと。友達のお笑い芸人が言ってた。スーツは仕事着だ。そうスーツは仕事着。言うなれば仮面ライダーの仮面。もしくは着る”普通”。魔法の言葉。

お風呂に入らねば。湯舟は勿論ないので、シャワーで済ます。少し桶を見てみよう。埃まるけだ。なので見て見ぬふりをした。くさいものには蓋。みんなやってる事。水の滴る音が反響している3分間。急いで済ませなければ。烏の行水。

都会のビルは煌々と輝いている。ここからは見えないけどきっとそうなんだろう。僕のベットは薄い行灯が照らしている。入射角と反射角は?わからない。まったく。

僕は目をつむる。行燈は布団に隠れた。かくれんぼなら僕の方が強いぞ。結局見つけられなかった。やるな君。

僕は夢を見た。僕は飛んでいた。雨空の中。気分はとても悪かった。僕の下に走る電車は当てのない道を走り続けている。あれに乗らなきゃ。あれに乗らなきゃ。あれに乗らなきゃ。自由を乗りこなすためには不自由を許諾しなければならない。ちょっとしたパラドックス。何、神様ほどではない。よくあること。

暗転

僕は仕事をしていた。「なんでこんなこともできないんだ」僕が怒鳴っていた。僕の皴は3割増しだった。

ジリリリリ… 少しうるさい リフレイン

僕はテレビの電源を切った。もう寝なきゃ。 

ジリリリリ…







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