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叫ぶ男

「お前たちは何を望む?」男は叫んでいた。群集は皆頭上にクエスチョンマークを携えたまま、ただ波のように揺れるだけだった。

男はもう一度叫んだ。「お前たちは何を望む?」しかし群集は何も変わらない。波のように揺れている。

そして男はもう一度叫んだ。「お前たちは何を望む?」
すると今度は群集はまるで一つの大きな渦のように、一斉に笑い出した。それは地表が震えるほどの轟音を持っていた。

暫くの間、この地響きは続いていたが数分後にはこれも収まった。男と言えば顔を真っ赤にしながらも、何かを叫んでいたが、群集の声に掻き消されてしまい誰も彼が何を言っていたかは分からない。

そうして騒音が止むと今度はまた男が叫ぶ。「お前たちが欲しいものはなんだ?」群集はまたクエスチョンマークを携えながら波のように揺れる。しかし先ほどと違い、モーセが出エジプトの際海を割ったように、波が真っ二つに割れ、その中から一人の少年が叫んだ。「俺は金が欲しい。俺は貧乏人なんだ!」

貧乏人のその様はモーセのような風体とは裏腹に、神に泣いて縋りついているようだった。

「良いだろう。お前には金をやる。たんまりやる。それがお前の願いだから。」男はそう叫ぶ。そしてポケットの中から大量の金貨が入った袋を取り出し少年に向けて投げた。

群集はそれをまるで映画を眺めるかのように見ていた。

すると今度は1人の老人が彼に向かって叫んだ。「私は亡くなった妻に会いたい!一度でいいから」

男はまた「良いだろう。妻に会わせてやる。一度だけ会わせてやる。それがお前の願いだから。」と言うと、今度は老人の後ろを指さした。老人は振り向く。群集も振り向く。そこには一人の老婆が腰を曲げ、杖を突きながらかろうじて立っている。

老人はそれを見るやいなや泣き出した。老婆も泣いた。そしてそれから二人は一言二言会話をするだけで、ほとんどの時間は泣きながら抱き合っていた。

群集はそれをまるで餌を待つ猫のように見ていた。

男はまた叫んでいる。「お前たちは何を望む?」すると群集はまるで競り市のように、或いは賭博場のように次々に自分の欲望の内を曝け出した。

辺りは狂乱、狂気が渦巻いているといってもいい。群集は止まらない。

この狂気は幾分かは続いていったが、大変な騒音を掻き消すような轟音が辺りに響いたため、人々は冷静に戻り、辺りは静かになった。

人々は音の先を見た。男も見た。そこに立っていたのはこの国の王様だった

「お前は本当に何でも望みを叶えてくれるのか」王は問う。

「お前は何を望む?」男はそう返す。

「そうか、なら私はすべてだ。すべてを望む。知識も土地も金も全てだ。」王は男に要求した。

男はまた「良いだろう。すべてをお前にやろう。知識も土地も金も何もかもを。」そう男が言った瞬間。すべてが弾けた。まるで風船が割れたようにすべてが弾けた。男も、群集も何もかも。

辺りは閑散とし、残ったのは王だけだった。いや辺りというのは正しくない。この地球の上に存在する生物も何もかもが無くなり、王だけが一人取り残された。

そして王は悟った。自分は何もかもを手に入れた。知識も土地も金も男の力も命も何もかも。

それから王は生物を生み出し、人間を生み出し、知識を生み出した。人間に社会を与えた。人間に欲望を与えた。

そして王は叫んでいた男のように人間に向けて叫んでいる「お前たちは何を望む?」

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