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罪人達の船 第八章

罪人達の船 第一章
罪人達の船 第七章

 明日を耐え抜くために必要なものだけを残して、あらゆる過去を締め出せ。
 ウィリアム・オスラー

「フリーデルさん、いなくなったね」
 日も沈み風が教会の窓を鳴らしていた。
 ジムゾンは「皆さんに見せる為に地図を持ってきます」と言い、リーザを連れ一度教会まで戻ってきていた。だがそれは建前で、実際はリーザにオットーを食べさせるためだった。
 一生懸命オットーを食べているリーザを見て、ジムゾンがそっとリーザの頭を撫でる。
「美味しいですか、リーザ」
「うん、オットーさんのパンやケーキが食べられなくなるのは残念だけど、でもオットーさんが美味しいからいいの」
 今のところ恐ろしいほど上手く行っている。だが気を緩めることは出来ない。
 フリーデルが異端審問官であったことは本当だし、このままここでぐずぐずしていればいつかこの村にも審問官達がやってくるだろう。その前に全てを終わらせなければならない。
「さて、食べ終わったら地図を持ってレジーナさんの所に行きましょう。その頃には、ディーター達も戻ってきてると思いますよ」
「うん」
 上手く行っているように見えるが、得てしてこういう時に足下をすくわれる。ジムゾンはディーターの言葉を思い出し、表情を引き締めた。
 ここで誰一人欠けさせるわけにはいかない。その為にはここからの行動が肝心だ。リーザが食べた後を片づけながら、ジムゾンは次の行動を考えていた。
 厄介な人間はまだ残っている。それを何とかしない限り、全ては終わらない。

 ジムゾンやリーザが戻り、この村からケルンへの位置を説明した後、レジーナの宿では皆に夕食が振る舞われていた。今日は豆のスープなどと、オットーが昨日焼いたパンに、レバーペーストやチーズを塗ったものだ。
 そのパンを、カタリナは少しずつ大事に食べていた。ここにあるパンがなくなれば、オットーが作った物はこの世から消えてしまうのだ。カタリナはそれが怖かった。オットーが死んだだけでなく、作った物まで消えてしまったら皆はオットーのことをきちんと覚えていてくれるだろうか。
「…………」
 それが分かっているのか皆、無言で食事を取っていた。フリーデルを処刑したことで人狼がいなくなっていることを祈るしかない。その中で、ニコラスは誰よりも沈んでいる。
「シスターも人間だった……」
 ニコラスは、今ほど自分の能力を呪ったことはなかった。
 何も見えずにいられれば、フリーデルを処刑したことで人狼がいなくなったと信じられただろう。だがニコラスの目には、恨めしそうに自分を指さすフリーデルの姿しか見えない。声は聞こえないが、その口元は村人達に『地獄に堕ちろ』と言っているのが分かる。
「確かに、私は地獄に堕ちるべきかも知れない」
 本当なら人狼が退治できていないことを、皆に告げるべきなのだろう。だがニコラスにはそれが出来なかった。それは自分が人狼扱いされるかも知れないという恐ろしさと、フリーデルを死に追いやった罪の呵責からも来ていた。
 確かにフリーデルは嘘をついていた。それは事実だが、今となっては本当に異端審問官だったのかも知れないと思う。手紙に関しては行き違いになったりすることもある。
 だがそれを今更言った所で、フリーデルの命は返ってこない。結果的に自分も人狼と同じように人を殺してしまったのだ。
 そんな時だった。レジーナがスプーンを置き皆の顔を見ながら、静かにこう言った。
「今日から皆、ここに泊まらないかい? 前にパメラが言ったけど、もうバラバラじゃ誰が人狼で、誰が人間か分からないよ」
 そう言って溜息をつくレジーナは、かなり疲れているようだった。
 無理もない。人狼が現れてから人が無惨に殺されていき、人狼を退治するために処刑を行っている。普通の神経なら参っている所だろう。それにパメラやヴァルターは頷く。
「いいんじゃないかしら。皆でいれば安心だもの。そうよね、お父さん」
「レジーナの言う通りだな。オットーは一人でいて襲われた。だったら、今日から皆でまとまっていれば、人狼がいたとしても隙を与えられないだろう」
 トーマスやヨアヒムも、特に異論はないようだった。ペーターはリーザと一緒なのが純粋に嬉しいようで「一緒に寝ようか」などと言っており、パメラは自分の隣に座っているカタリナと話をしている。
 そんな中、ジムゾンはディーターに囁きを送った。
『いいんですか、ディーター』
『そろそろ一緒にいてもいいだろ。それに、ここで反対するのは不自然だ』
「ディーター達はどうかしら?」
 パメラの言葉にディーターが頷く。
「そうだな。皆がここにいりゃ、たとえ人狼が残っていたとしても、襲われることはないだろう。ジムゾンはどうだ?」
「私も構いません。着替えなどを持ってくるのは明日になってからでいいでしょうし、私も今日からお世話になります」
 ジムゾンがそう言ったときだった。
「すまない、私から一つ提案していいだろうか」
 そう言ったのはニコラスだった。ニコラスはテーブルの上で指を組み、真剣な表情をしている。それにトーマスが顔を上げた。
 トーマスから見て、ニコラスは謎の多い人間だ。帽子とマントは部屋の中でも絶対取ろうとしないし、必要なこと以外あまり話さない。一度人狼騒ぎにあったことがあるというが、どうやってニコラスはその騒動から人狼を退治できたのかその経緯も興味がある。
「何だ? 提案とは」
「いや、人狼は夜になると姿を現すという。だから、今日は朝まで皆同じ場所で起きてないか? それで、まだ人狼がいるかどうかを確かめたいんだ」
 それはニコラスと、人狼であるディーター達以外には不思議な提案だっただろう。だがニコラスは真剣だった。オットー達が襲われているのは確かなのに、自分の目に処刑された人狼が映らない。と言うことは、まだ人狼がこの中にいるのだ。夜に変身するというのは伝説の一つでしかないが、それでも何かの手がかりになるのであれば、それにすがりたい。
 それを聞き、皆が顔を見合わせる。
『ニコラスは、人狼が退治できてないことに気付いてるっぽいな』
 ディーターの囁きに、ジムゾンがテーブルの下でそっと指を組む。
『では、ニコラスを襲いますか?』
『待って。リーザ、ニコラスさんの秘密知ってるの。ニコラスさん、右と左で目の色が違ってて、それを帽子で隠してるって言ってたの』
 それを聞いたディーターは心の中でニヤッと笑った。
 オッドアイ。ニコラスが死んだ人間を人狼か人間か判別できるのは、おそらくそれのせいだろう。だが、この村のように迷信深い所では、目の色が違うだけでも異端になる。おそらく、それでニコラスは真実を言い出せないのだ。
『ニコラスを襲う必要はねぇ。そのうちなんとかするさ』
 そう囁きを交わしている間に、パメラがスプーンを置き前に身を乗り出していた。どうやらニコラスの提案に乗り気らしい。
「そうね、今までは皆夜のうちに襲われたみたいだから、いいかもしれないわ。それに皆で見張っていれば大丈夫よ。カタリナはどう?」
 カタリナは俯きがちにパメラの顔を見る。
「そうね。私はシスターが人狼だったと思うけど、まだ仲間がいるかも知れないもの。それに、皆でいれば安心だわ」
 リーザとペーターは、心配そうにお互いの顔を見合わせた。
「僕、朝まで起きてられるかな」
「リーザも途中で寝ちゃいそうなの。でもちょっと面白そう」
「ペーターもリーザも遊びじゃないんだよ。でも、ごめん。僕も実は自信ない」
 ヨアヒムの言葉に皆が笑い、ヴァルターが溜息をつく。
「じゃあ今日は一晩お互いを見張ることにしよう。異論のある者は?」
 全員の意見が一致し、フロアでお互いを見張ることが決まった。もし誰かが人狼になった時に備え、武器になりそうな物をおのおの用意する。
 ディーターはいつも持っているナイフを手入れしながら、トーマスの方を見た。
「まあ、使わないに越したことはないんだけどな」
「自衛には多少仕方がないだろう。神父さんは何か必要か? 必要だったら道具入れの中に刃物があるが」
「いえ、そういうのは皆さんにお任せします」
 手斧を用意しながらそう言うトーマスに、ジムゾンは首を振った。
 武器など必要はない。自分達は人狼だが、自分の意志に関係なく変身するわけではないのだから、そんな物を使う必要がない。まあ、自分がただの人間だったとしても刃物を持つことはためらっていただろうが。
 ヨアヒムはその様子を見ながら、服の下に投げ矢を忍ばせていた。
「これで皆を守りやすくなる」
 今日から一カ所に固まるということで、ヨアヒムは多少ホッとしていた。今まではペーターが側にいて外に守りには行けなかった。いや、ぺーターが守れたのだからそれはそれでいいのかも知れない。子供が人狼の犠牲になるのはあまりにも惨すぎる。
 しかし誰が人狼なのかと問われたら、ヨアヒムからはペーターが人狼ではないということぐらいしか言えなかった。あと、カタリナは少なくとも違うだろう。カタリナが人狼であるのなら、オットーとの秘密をわざわざ自分達に話す必要はないからだ。
「これ以上、誰も犠牲が出ませんように」
 投げ矢の感触を確かめながら、ヨアヒムはそっと祈っていた。

 大きなやかんにお湯がたっぷり沸かされ、コーヒーや紅茶の用意がされた。
「朝まで起きてるなら何か飲み物があった方がいいだろうからね。でも酔っぱらって眠りこけたら困るから、今日は酒は遠慮しておくれよ」
 そんな事を言うレジーナに、ディーターは煙草を吸いながら呟く。
「酒なしか。俺は酒飲んでた方が調子いいんだけどな」
「まあまあ、今日は遊びじゃないんですし」
 ジムゾンは聖書をめくりながらディーターに向かって微笑んだ。ニコラスとトーマスは全員分のカップなどを用意して、お茶を入れている。
 台所では、パメラとカタリナが仲良くお菓子を作っていた。ペーターとリーザも、その周りで一生懸命手伝いをしようとしている。
「何かしてた方が少しは気が紛れるでしょ。こんな事しか私には出来ないけど」
 粉をふるいながらカタリナが頷いた。確かに今一人だったらその寂しさに押し潰されていたかも知れない。でも自分を心配してくれる人がいることに、カタリナは感謝していた。
 まだオットーの元に行くには早すぎる。本当に人狼がいなくなったことを確かめない限り、自分は死ぬわけにはいかないのだ。
「ありがとう、パメラ」
「いいのよ。私はいつものカトゥルカールを作るけど、カタリナは何作るの?」
 その言葉にカタリナは少し俯いた。
 そう言えばこの不安は新年から始まっていたのかも知れない。ただの恋占いだと思っていたリンゴの花が咲かなかったこと。それがすべての始まりを教えていたような気がする。その不安が小さな棘だったときに、もっと真剣に……いや、過ぎたことを言っても仕方がない。自分はどんなことがあっても、オットーの側を離れるべきではなかったのに。
「カタリナ姉ちゃん大丈夫? 何処か痛い?」
 ペーターが不安そうに聞くのを、カタリナは慌てて首を振る。
「ううん、何でもないの。そうね、私はオットーから教えてもらったリンゴのケーキを焼くわ。オットーほど上手くできないかも知れないけど」
 するとペーターは、カタリナの手をそっと握る。その後ろでは、リーザが心配そうにカタリナを見上げていた。
「僕、ちゃんと手伝うからね」
 ああ、そうだ。
 ペーターも、大事な者を亡くした一人だ。モーリッツは悪魔に魂を売っていたのかも知れないが、それは決して利己的な願いからではなくペーターを思っての事だった。
 悲しいのは自分だけではないのだ。この村にいる者は皆同じように悲しみ、苦しんでいる。オットーを失った事が大きすぎてつい忘れていたが、今まで亡くなったゲルトやヤコブ、モーリッツにアルビン達も、自分が悲しんでいることをよしとはしないだろう。
「ありがとうペーター。美味しいケーキが焼けるように、お手伝いしてね」
「リーザは、パメラお姉ちゃんにお菓子の作り方教えてもらうの。どっちが美味しいか競争ね」
 それを聞きパメラが微笑む。
「どっちも美味しいわよ、きっと。さて、そろそろ始めましょ」

 台所からパメラ達の作るケーキの美味しそうな匂いが漂ってくる頃、ニコラスはヨアヒムやディーターと話をしていた。
「ディーターはここに来る前は何を? ケルンにも行ったことがあるようだが」
 皆から聞いた所ではディーターはずっとここに住んでいる村人ではなく、自分と同じように旅をしていて、春になるまでここにいるということらしい。
 ディーターはコーヒーを飲みながら、それについて話す。
「ああ。お前さんと同じように旅をしてて、ここに来る前にはちょっと大きな街にいた。だけど色々野暮用が出来てね、それでまた旅に出てきたんだ。街にいたって言っても、ヨアヒムのように、手に職があったわけでもないからな」
 それを聞きヨアヒムは困ったように笑った。ニコラスは今度はヨアヒムの方を向く。
「手に職とは、ヨアヒムは職人なのか?」
「いや、そんなに偉くないけど、一応銀細工師なんだ」
「充分手に職あるじゃねぇか。俺なんかせいぜい、ポーカーの腕がいいぐらいだぜ」
 そんな事を話ながら、ヨアヒムは全く別のことを考えていた。
 フリーデルが言った『異端審問官』と言う言葉が、ずっと心に引っかかっている。もしフリーデルが本物の異端審問官であれば、いつかこの村に審問官達がやってきて村人全員を魔女裁判にかけるだろう。それがヨアヒムは恐ろしかった。
 この騒ぎが無事に終わったら、街に出るのもいいかもしれない。
 ヴァルターやパメラは、それについてどう言ってくれるだろうか。村の皆がそれに同意してくれればいいのだが、レジーナはここに愛着があるようだし、全員でこの村を出るのは難しいだろう。せめてパメラだけでも同意してくれれば。
「どうした、ヨアヒム」
 考え込むヨアヒムに、ディーターが声を掛ける。
「い、いや、何でもないよ。ただ街もいいかなぁとか、ちょっと思っただけなんだ」
 するとディーターもニコラスも、同じようにコーヒーを飲んだ。
 確かに街は人も多いし、ヨアヒムが生きて行くにはいいだろう。こんな小さな村にいるような腕ではないのだから、チャンスがあれば街に出て行くべきだ。
「まあ、楽しいことばかりじゃねぇけどな」
「そうだな。でもこの騒ぎが終われば、街に出るのもいいだろう。コーヒーのお代わりは?」
「ああ、もらうわ。ヨアヒムは?」
「お願いします」

「この前は、聖母像をありがとうございます。なかなかお礼を言う機会がなくて、遅れてしまってすみませんでした」
 ジムゾンはトーマスに聖母像の礼を言っていた。新年のパーティー後に教会に持って行くはずだった聖母像は、人狼騒ぎのせいでまだこの宿屋に置かれたままになっている。トーマスはそれを聞き、首を横に振った。
「いや、礼を言われるようなことはしていない。ところで神父さん、ディーターはどんな奴だ?」
 いきなりな質問に、ジムゾンは背筋が凍るような思いがした。だが動揺を悟られないように、いつもの微笑みを浮かべる。
「とてもいい人ですよ。私が病気だったときもずっと看病してくれましたし、お世話になりっぱなしです。それがどうかしましたか?」
「いや、それならいいんだ。変なことを聞いてすまない」
 そう言いながらも、トーマスはディーターを疑っていた。
 この村にいた者が人狼だとは思えない。人狼騒ぎがこの村に伝わってきた頃にちょうどニコラス達がこの村に来ていたが、その前にこの村に入り込んでいたよそ者がいた。
 それはディーターだ。ディーターは確かにジムゾンの看病などをしたり、隣村に住んでいた子供のアーロイスが川で死んだときにも、率先して遺体の引き上げをしていたが、それがトーマスには引っかかっているのだ。
 そして今日フリーデルを処刑したときに見せた、あのふざけた仕草。あの後フリーデルは、確かにディーターに何かを言おうとしていた。結局最期の『地獄に堕ちろ』しか声にならなかったが、もしかしたらあの時、フリーデルは自分達に何かを伝えようとしていたのではないだろうか。
「…………」
 だがトーマスの疑問にジムゾンは気付いていた。
 トーマスは基本的に話すことだけではなく、嘘をつくのも下手だ。何もないのにいきなりディーターのことを聞いてくるはずがない。ディーターが自分を看病してくれたのは本当なのに、それを「変なこと」というのもおかしい。
 ジムゾンは、ディーターの方に視線を向けずに囁きを送った。
『トーマスさんがディーターを疑ってます。どうしますか?』
 それを聞き、ディーターは顔を上げてトーマスを見た。するとトーマスも自分を見ていたらしく、慌ててトーマスが目を逸らす。
「面白くなって来たぜ」
 ディーターは心の中で笑っていた。トーマスには疑われるだろうとは思ってはいたが、こうもあからさまに振る舞うとは。確かにトーマスの作る刃物は、真っ直ぐで邪念がない。自分が秋に作ってもらったナイフからも、それが分かる。
 だが、何でも真っ直ぐであればいいというわけでもない。狡猾である人狼の裏をかきたいのであれば、より狡猾に事を進めるしかないのだ。トーマスにはそれが欠けている。
『ああ、好きにさせとけ。どうせそいつは生かしておくつもりはねぇ。ジムゾン、トーマスはお前を信用してるみたいだから、疑われるようなことはするなよ』
『分かりました。でも、お願いですから処刑されないでください』
 祈るようなジムゾンの言葉に、ディーターは囁きで笑う。
『分かってる。そこまで俺も馬鹿じゃない』
 ここで自分が処刑されるわけにはいかない。群れというのは、リーダーがいなくなったときにいきなり崩れることがある。それを考えると、自分が最初に倒れるわけにはいかないのだ。
「そろそろ、ペーターにも協力してもらうか」
 ディーターはそう思いながら煙草に火を付けた。

 パメラの作ったカトゥルカールに、カタリナの作ったリンゴのケーキ、そしてレジーナが「甘い物ばかりだと飽きそうだろ」と言って出してきた、ピクルスやハムなどがテーブルに並べられ、夜はだいぶん更けてきていた。
 フロアの長いすに座っているヨアヒムの膝をリーザが枕にし、ペーターも一生懸命目をこすりながらもたれかかっている。
「ペーター、眠かったら寝てもいいんだよ」
「うん……」
 パメラはそんなペーター達に毛布をかけながら、ヨアヒムに向かって微笑む。
「何か今日は大人気ね、ヨアヒム。大丈夫?」
「うーん、二人とも暖かいからつられて眠っちゃいそうだよ」
 そんなヨアヒムを見て、ヴァルターが皿にケーキなどを乗せてやってきた。
「ここに置いておくから、何か飲み物が欲しかったら言うといい。無理をしなくても、皆起きてるから安心しなさい」
「村長さんすみません。男手なんだから、僕も起きてなきゃいけないのに」
「いや、子供に好かれるのは悪い事じゃない。リーザ達が安心してるのだからな」
 そんな事を言いながら戻っていくヴァルターの背中を見ながら、パメラがくすっと笑う。
「お父さん、ヨアヒムのこと結構信用してるのよ」
「そうかなぁ。何か僕も眠くなってきたよ。ごめん、パメラ。何かあったら呼んで」
「はいはい、おやすみなさい。風邪ひかないように、毛布かけとくわね」

「……そろそろ夜明けだな」
 口数も少なくなった宿の中で、ヴァルターは窓の外を見ながらこう呟いた。外はうっすらと明るくなりかけているが、誰も人狼になる気配はない。
 カタリナとパメラも机に顔を伏せ、うとうとしている。ジムゾンやトーマス、ディーターとニコラスは起きてはいるが流石に口数は少ない。夜の間、眠気覚ましにやっていたカードがテーブルに無造作に置かれていた。
 レジーナは皿などを片づけながら、ヴァルターに向かって溜息をつく。
「この様子だと無事に夜明けを迎えられそうだね。それにしても、ユーディットがここにいなくて良かったよ」
「そうだな」
 その懐かしい名前にヴァルターは頷いた。遙か昔に好きな男と駆け落ちし、三年前に娘のリーザをここに置いていったヴァルターの妹の名前。だがユーディットがここにいなかったのは、幸運なのかも知れない。
「いつ帰ってくるんだろうね。ユーディットのことだから、この騒ぎが終わった頃にひょっこり戻ってきそうな気がするよ」
 その存在を知っている者はこの村には少ない。騒ぎが終わる事も大事だが、その時のためにリーザは無事でいて欲しい。ヴァルターはそう思う。
「そのうち帰ってくるだろう。大人しそうに見えて、しっかりしているからな」
「そうだね。それまでに、こんな事が終わっていればいいんだけどね……」

 やがて夜が白々と明けてくる。だが、宿の中の誰も人狼にはならなかった。

罪人達の船 第九章


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