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何でも話せる人が側にいる安心感

朝から冷たい雨が振り続いている。風も強い。時折、雨粒の音や空気を揺らす轟音が聞こえてくる。そして今日も相変わらず、近所で救急車のサイレンが何度も鳴った。

今日は在宅期間の家での過ごし方を書いてみる。

先々週頃から一緒に住んでいる彼女も家で仕事することになった。だが、今日は会社に行くかどうかで少し揉めた。クライアント事情や業務的に対面で上司らと話したい用事があったそうなのだが、今の時期に電車に乗って都心に行くリスクを伝え、できれば家にいてほしいとお願いした。最終的な判断は彼女に任せたが、結局は上司に家で仕事することを伝えてくれた。

料理が趣味であり、ある意味、仕事でもある彼女が家にいると、平凡な毎日でも食卓は華やぐ。試作や勉強を兼ねて様々な食材を買い込み、既知と未知の料理がキッチンで生み出される。その経緯を側で眺めるのは興味深くて、愉しい。

彼女に全てを任せている訳ではなく僕もたまに料理をする。だが彼女がたくさん作っている分、普段以上に食器洗いや家事全般には前のめりで担っている。3食とも家なので洗い物は多く出るが、僕はラジオを聴く時間に充てるため、苦ではない。

掃除、洗濯、ごみ捨て、食材の買い出し。そういった家事が好きなので、家で過ごす生活が続いていても大したストレスではない。この前は洗濯機の洗濯層を除菌したり、電子レンジの中を掃除したりした。これまでできていなかった家事が捗る。夏場にエアコンが動かないと地獄なので、今のうちにとフィルターの掃除も終わらせた。

この前の前の休日には彼女と近所を一緒にお散歩した。これまで歩いたことがない方面を目指していくと、知らなかったスーパーを見つけた。心が踊った。商品の配置も種類も量も近所のそれとは全然違っていて、世界は広いなぁと思った。

そのスーパーは、近隣に大きなマンションが立ち並ぶ場所柄もあり、土曜の午後だったのに店内にはけっこうな数の人がいた。それも距離感を保てないくらいの。この室内で感染する可能性もなくないな、とちょっと注意深くなった。

先の見えない日々で不安になったり気持ちが落ち込んだりもするが、家の中になんでも話せる人がいて話を聞いてくれると安心する。誰かと住んでいてよかった。こんな時だからこそ、思いやりを持って仲良く過ごしていきたい。

また読みにきてもらえたらうれしいです。