影法師のお姫さま

むかしむかし、ある国に、とても元気な姫がいました。

姫には、ともだちがいなかったので、いつもじぶんの影法師とあそんでいました。手を繋いで花畑を探検したり、夕焼けを見ながらおしゃべりしたり、夜には同じベッドで眠りました。

影法師は昼間は小さく、夕方には大きくなって、夜は蝋燭の灯にゆらゆらと揺れながら、片時も離れず姫を見守っていました。

ある日のこと。

となりの国の王さまが、お城にやってきました。

それは、たいへん尊い光の国の、それはそれは立派な王さまだったので、国をあげて何日も祝宴をもうけ、盛大におもてなしすることになりました。

そして、この王さまには王子がひとりありました。

この王子は姫と遊びたがりましたが、姫のほうでは王子を嫌って口をききませんでした。

姫の父君と母君が「ご挨拶しなさい」「レディらしく優しくしなさい」と宥めても、すかしても、ぷいと顔をそむけてどこかへ行ってしまいます。

じつは、この王子、礼儀正しく優しそうなふりをして、本性は恐ろしく残酷な子供でした。ちいさな生き物を嬲り殺したり、侍女に酷い悪戯をして笑いものにしたりするのです。

姫は毎日、兎のように城じゅうを駆け回っていたので、王子の邪悪な行いもこっそり観察しており、まえもってそのことを知っていました。

ですから慎重に王子を避け、膝を折って御辞儀をしたり、手をとってダンスしなくて済むように、うまく逃げ回っていたのです。

光の国の王さまは、そんな姫の跳ねっかえりを見て、最初は愉快そうに笑っていました。けれども、あんまりいつまでもずっと意地をはるものだから、だんだん不機嫌になっていきました。

困ったのは姫の父君です。王子と仲良くするようにと、どんなに頼んでも、姫は頑として聞き入れません。父君は面目がつぶれて怒り狂い、ついには我を忘れて、この生意気な姫を絞め殺してしまいました。

ですから、姫は、このとき死んでしまったのです。

姫が急にいなくなったので、かわりに影法師が連れてこられました。

姫の影法師ですから姫にそっくりです。それに片時もそばを離れず、いつも一緒に遊んでいたので一挙手一投足まで姫とそっくり同じことができます。

姫と違うところは影がないことです。

それと影法師ですから色というものがありません。

けれど、そのことにはどうやら誰も気がつきません。

姫の母君でさえ、言われなければ本物か影法師かわからなかったくらいです。

父君も、はじめこそ薄気味悪く思っていたものの、影法師がとても優しく、だれの頼みも素直に聞き入れるので、すっかり気をよくして、こちらのほうが、ほんとうの我が子だったと錯覚するようになりました。

それもそのはず。

影法師というものは、もともと人の心を敏感に察して、そのとおりに動くものだからです。


さて、それから十年以上が過ぎました。

光の国の王子さまも年頃になり、影法師のお姫さまを、お嫁さんに欲しいと思うようになりました。

王子はあれから十数年も経つのに、いまだ残酷な子供のままでした。

それでも尊い光の国の第一王位継承者です。

ひとも羨む玉の輿と、父君と母君は大喜び。影法師の姫には断ることができませんでした。

こうして、ふたりは結婚しました。

影法師のお姫さまが光の国へやってくると、王子は毎日のように姫をからかい、どこまでひどい嫌がらせをすれば泣きだすのかを試しました。姫がうろたえたり、恥じ入ったりすると、鬼の首でもとったかのように喜ぶのです。毎日毎日飽きもせず、ずっとその繰り返しでした。

王子の母君である王妃さまは、ほかにやることもないので、一日じゅう姫の行動に目を光らせ、なにかと難癖をつけました。姫が少しでも自由にふるまうことを許しません。

ところが姫は影法師ですから、人間とおなじようなふるまいはできません。

朝な夕なに姿をかえ、月のない夜には完全に消えてしまいます。

それを知った時の王妃の怒りは凄まじく、影法師なら本来床に貼りついているものだから、これからは犬のように這いつくばって食事するがいい、と無茶なことを言い出します。

また、それを聞いた王さまは、その話をおもしろおかしく家臣に話して聞かせました。光の国の王さまは冗談が好きで、いつもおもしろい冗談を言って家臣を笑わせます。城中で姫以外のすべてのひとが王さまの冗談で笑っていました。彼らにとっては、王妃のヒステリーも、困り果てた姫の泣きべそも、愉快な笑い話だったのです。

影法師の姫は、ますますぼんやりして輪郭もかすみ、気づくといつも、昔いっしょに遊んでいた姫のことを考えていました。

(あの姫君は、どこへいってしまったんだろう。いつも元気に話しかけてくれた。すこし汗ばんだちいさな手をぎゅっと握って、どこまでもいっしょに駆けていった。夜は同じベッドに眠った。さびしいときなどなかった。いつもそばに姫がいたから)

そんなことを考えていたら、からだが勝手に父君と母君のいるお城に戻ってきてしまいました。

影帽子は影で出来ていたので、いつでも自由に、どこへでも飛んで行くことが出来たのです。ただ、そのことを今まで忘れていたのです。

影法師は城じゅうを飛び回って姫を探しました。

そしてお堀のそばの空井戸の底に、すっかり骨になった姫をみつけました。そこで、またひとつ思い出したのです。姫君が父君に首を絞められ、この井戸に投げ捨てられたことを。

影法師は姫の骨をかきあつめ、体に纏うと、ぐんと大きくなりました。

闇の力を得たのです。

乾いた骨をカラカラ鳴らし、城じゅうを練り歩くと、気味悪がって逃げまどう人々で、たいへんな騒ぎになりました。貴婦人は気を失い、侍女や従者は悲鳴をあげ、護衛の騎士たちは腰を抜かして死んだふりをしました。

しかし王さまは、とっくに嫁にやった娘が、不気味な姿になって帰ってきたことに、たいそう怒りました。

「なんという恥さらしか!」

勇敢な王さまは戦斧を持ちだし、いまや怨霊と化した姫を一刀両断にしようとしました。

すると姫は骨だけの腕で王さまにすがりついて泣きました。

「お父さま、わたしを二度も殺さないでください」

王さまは恐くなって叫び声をあげながら、力の限りに戦斧を振り回しました。影法師は、斬られても斬られても、ものともせず、どんどんおおきくなって、すっぽり王さまに覆いかぶさると、ぎゅうぎゅうに締め上げて、ついには窒息させてしまいました。

王さまを丸のみにして、ぐったりと死んだように横たわった影法師は、しばらくすると、こんどは王さまのかたちになって起き上がりました。

こうして影法師の姫は、影法師の王となったのです。


影法師の王のもとには、闇に属する者たちが続々と集まってきます。最初はとても小さかったひとつの影が、いまでは国一番の権力者にまで昇りつめたのですから、闇の世界では、ちょっとした英雄扱いというものでした。

影法師の王は、闇の力で王国を支配しましたが、この国の民は思いのほか豊かに暮らしました。

なぜって、戦争で光の国に勝ったからです。

『影法師のお姫さま』おわり

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