ちいさき翼の英雄
昔々、地球には「足のある人類」と「足のない人類」とが住んでいました。
「足のない人類」は、歩くことが出来ないので、腕で地面を這って移動しました。
「足のある人類」は、しかめっ面。そんなふうに地面を這いずられては、うっかり踏んづけてしまいそうになるし、それにいつも地面にぴったりくっついているから、なんだか汚いと思ったのです。
最初のうちこそ踏んづけてしまわないよう気をつけて歩いていたのですが、そのうち面倒になって、踏んづけても構わないと思うようになってしまいました。
そんなわけですので「足のない人類」は、まるで「そこにいないひと」のように扱われていましたが、じっさい彼らは、こころだけが宇宙の果てで暮らしていたので、たいてい、そこにはいませんでした。
足のないかわりに空想の翼をもち、いつでも好きな時に、好きな場所へ飛んでいけたのです。
「足のある人類」にも優しいひとたちがたくさんいて、なんとか「足のない人類」を助けようと一生懸命に手を差し伸べました。
けれど「足のない人類」にとって、手は、じぶんたちが移動するためにどうしても必要なものですから、差し伸べられた手をとることができません。
そのかわり空想の宇宙の果てで見聞きした、おもしろおかしい物語をたくさん話して聞かせました。どれも荒唐無稽だけれど、キラキラ輝く宝石のように人々のこころを捉える不思議な物語でした。
すると、物語に夢中になるひとたちが現れました。こんな物語を知っている「足のない人類」は、「足のある人類」よりも、もっとずっと素晴らしいのではないかと考えるひとたちが現れました。そして、そのことを、とてもよくないと考えるひとたちも現れました。
なぜって地球が「足のない人類」だらけになったら、「足のある人類」はおろか、すべての人類が滅びてしまうに違いない、そう考えるひとたちがたくさん集まって協議した結果、「足のない人類」は、地球から追い出されることになりました。
全員まとめてロケットで打ち上げられてしまったのです。
こうして本物の宇宙へ放り出された「足のない人類」は、ほとんどみんな死んでしまいました。
かろうじて生き残った者たちだけが、苦労に苦労を重ね、ついに本物の翼を背中に生やしたのです。
それは、どこまでも自由に飛んでいける力強い翼でした。この翼で、もっと遠くへ飛んでいくか、地球へ帰るか、「足のない人類」たちは話し合いました。
そして半分がもっと遠くへ、半分が地球へ帰る道を選んだのです。
地球をめざす一行は「足のない人類」という呼称をおかしいと思い始めました。そこで「翼もつ人類」と名乗ることにしました。
「翼もつ人類」が地球へ降り立ったのは、あれから何百年だか何千年だかが経ったあとでした。なにしろ宇宙の果てから帰ってきたのですからね。
地球は変わらずそこにありましたが、そこに住む人々は変わり果てていました。
驚いたことに、かつて残していった物語が、地球に住む人類に多大な影響を与えていたのです。
ボロボロに汚れたツギハギだらけの物語を身にまとい、つくりものの翼を背負った人類たちが、貼り付けたような満面の笑みで「翼もつ人類」を出迎えました。その人類には足がありませんでした。
「同胞よ、おかえりなさい。この日をずっと待っていました。さあ、ともに翼もたぬ者どもを殲滅しましょう、いまこそ積年の恨みを果たす時です」
「翼もつ人類」は、地球解放戦線を名乗る、この「偽りの翼」とともに、『翼なき者殲滅作戦』に駆り出されていきました。
それは地球にとって大事なことだと思えたからです。
地球人類は醜悪に見えました。
足のある者、ない者、腕のない者、翼憎む者、偽の翼を誇るもの、さまざまにわかれて、だれが悪い、あいつが悪いと四六時中も罵りあっていたからです。
おもしろおかしい物語を紡ぐ者は、ひとりもいませんでした。
そう、この世界では、物語が崇められていたのに、そこに美しい物語はひとつも存在しませんでした。
けれどここに一匹、ちいさき翼をもつ者がいました。このちいさき翼は戦いません。ただおもしろおかしく話して聞かせました。荒唐無稽な物語を。
それは未来の地球でおこった物語でした。
未来の地球では、どんな人類もみんな楽しく、歌ったり踊ったり笑ったりして、げんきよく暮らしています。
それらの物語は、宇宙に散りばめた星のように瞬いて、人々のうえに降り注ぎました。
ほとんどのひとは気づきません。でも、ひとりかふたりは気づきました。
ちいさき翼が物語るたび、ひとり、またひとりと気づいていきます。これが本当の物語なのだと。
すると、偽の翼が、このちいさき翼に目をつけました。
「あなたの物語は素晴らしい、次はどうか『足のある人類』を懲らしめる物語をつくってください」
ちいさき翼は反対に、『足のある人類』をげんきにする物語をつくりました。
「なにをやってるんですか、せっかくの才能が台無しですよ、次こそは『足のある人類』に深い傷を負わせてやるのです、過去の恨みを忘れたのですか」
すると、ちいさき翼は歌うように語りました。
「かつて『翼もつ人類』は、失われた足のかわりに腕で地面を這っていました。だから差し伸べられた手をとることさえできませんでした。けれどいま翼を得て、この両手は自由になりました。いまこそあなたがたと手を繋ぎ、共に生きていきたいのです。そのために帰ってきました」
これを聞くと「偽の翼」は激昂しました。偽の翼しか持たない彼らは、誰とも手を繋ぐことが出来ないからです。そこで狂ったように、ちいさき翼を糾弾しました。
「裏切者」
「こいつこそが偽の翼だ」
「はぎとれ、偽の翼を」
追いかけられて、ちいさき翼は逃げました。つかまったら、きっとバラバラにされてしまうでしょう。
逃げながら呟きました。
「宇宙をみていたんだよ」
涙のように言の葉が、はらはらと落ちていきました。
「そんなとき、ぼくたちは、ずっと宇宙をみていたんだよ」
『ちいさき翼の英雄』おしまい
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