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作品に寄せて(作家と演出からのコメント)

「すみだ川ラジオ倶楽部 川を流れる七不思議編」は、魚田まさやが劇作を、uniの阿部健一が演出を担当しています。
ここでは今作に寄せたそれぞれのコメントを公開!
作家と演出がどういうことを考えながらクリエーションを進めてきたのか、その裏側を伺うことができます。


作家より

「隅田川」について個人的に思い出すのは、都内の予備校に千葉から通っていた時に毎朝渡る大きめの川、その上を走る間数秒の鉄橋と電車の衝突が生む騒音。あるいは大学を出て足立区に住みはじめた頃、生活の全てが自分の手に負えないと感じて体を「く」の字に曲げてひたすら川岸を歩いた足元の、繰り返す石畳のパターン。運動しようと思い立って土手のランニングコースを走ってみたら、走っても走っても折り返し地点がなくて「あの世だ」と思った事。
憩いの場所、観光資源、交通手段としての水辺が再定義されて、川岸はどんどんと居心地のよい場所になっています。一方で川と都市を分断する無骨な堤防もまだまだ残されていて、今の隅田川沿いは川と人との接し方の試行錯誤の痕跡を感じられる、ある意味とても東京らしい場所と言えるかもしれません。
しかし、東京が東京となる前からこの川は流れていました。古い隅田川にまつわる文学や怪談は無数にあります。それらを紐解けば、単なるまちあるきで感じ取れることのそのさらに奥に、全く別の「すみだ川」が流れていることに気が付きます。その川は消えてしまったわけではなく、上に書いたような、匂いや光、気分というごく個人的な記憶を伝って、今でもアクセスできるものだと確信しています。
この作品はリサーチをベースにしていますが、史実に忠実ではないですし、隅田川の歴史に詳しくなることもありません。ただ、この地で川と人とが関わり始めたその時から、人々の中を流れ始めたすみだ川の、その特別な質感が立ち現れることを目指して7つの作品を書きました。


魚田まさや
劇作家。
大学在学中より演劇に携わる。
アーサー・ミラーや別役実といった作家の影響を受けつつ、現実と地続きの夢のような独特の浮遊感のある作風が特徴。
uniのプロジェクトでは初めて作家としての参加となる。

練馬から墨田へ(演出より)

「すみだ川ラジオ倶楽部」はuniとしてリリースするラジオ演劇の第2弾です。
ラジオ演劇のはじまりは、練馬区での「今日のたかまつ アーカイブス」でした。これは高松という都市農業エリアを題材にしたプロジェクトの最終章として取り組んだもので、練馬で10年近く活動してきたこと、あるいはそこでわたしが生まれて31年過ごしてきたことの節目ともいえる作品でした。ここでは、作中のラジオは時代をまたぐ器でした。

それに対して、「すみだ川ラジオ倶楽部」ははじまりの作品です。「今日のたかまつ」をもって練馬を「離れる」という関わり方を選んだわたしたちが、ラジオ演劇というアイディアを携えて訪ねたまちが墨田区で、隅田川でした。ここで試みたいと考えたのは、まっさらな状態でまちの何かをかたちにすることではなく(墨田の場合、それはさまざまなアーティストが20年以上前からやって来ているとも考えました)、土地由来ではないアイディアを持ち込み、それを墨田の土壌に蒔いて育む、ということでした。ラジオ演劇の変奏曲をつくっていきたいということと、そのことを通してまちと出会うという一種の研究開発が、今回の作品の目的だったということもできます。ある部分ではエゴイスティックであること、作為を大事にすることで生まれるフェアで偶発的なコミュニケーションにも、関心を向けていました。
積極的に「持ち込む」ため、劇作家として魚田さんに最初から加わってもらいました。彼の書いたテキストはわたしにとっても異物です。でも取材のエピソードが散りばめてあることによってどこか見覚えがあるという、奇妙な距離感の作品でした。(住民への取材はわたしが担当し、魚田さんに共有していました)

ラジオ演劇の大きな特徴は、いつでも・どこでも聞けるということです。それは、まちを舞台にすることと逆のベクトルのようでありつつ、そうすることで生活の多様さに対応していけるのではないか、という部分に可能性を感じています。劇場を出たのだから、普段劇場に足を運ばないひとと(うっかり)出会いたい。スポットにベンチを置いたのも、実はそのねらいのほうが大きかったのです。道行くひとがQRコードを読み取っているところを見ると、ここに小さいながらも新しいコミュニケーションの回路が生まれたようで、うれしくなりました。

「すみだ川ラジオ倶楽部」はまちを紹介するわけでもなく、まちの魅力を伝えるわけでもありません。でも、だからこそ浮かび上がる隅田川の景色があり、それは住民にとっても、わたしたちもきっと知らないものです。
その平等さは、まちとアートが関わるときの大事な手がかりのように感じられます。


阿部健一
1991年、東京都出身。uni代表・演出。ドラマトゥルク。千葉大学大学院園芸学研究科博士後期課程。2010年、日本大学芸術学部在学中にuniを立ち上げ、すべての作品で演出を担当。環境と身体、時間と存在の間に立ち現れるものをテーマに、演劇とまちを横断して活動している。uni以外での最近の活動は「移動祝祭商店街 まぼろし編」(Festival/Tokyo20)、「地域の物語2021」(世田谷パブリックシアター)、「くらしチャレンジ(大人とこどものための戯曲集)」(東京芸術祭2022)など。また、大学院で地域計画学を専攻し、舞台芸術の観点からまちづくりや公共空間の研究に携わる。
https://www.uni-theatre.com/company-profile/kenichi-abe/

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