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短編小説『黄色の目と冬のあの日』

冬も始まってきた。12月中旬—
その日、私は課外授業終わりで下校時刻が遅い時間になってしまった。
友人のほとんどは選択制の課外授業を選択しておらず、とっくに家で過ごしているかバイトに勤しんでいる頃合いだろう。
高校からは駅まで徒歩で20分歩き、電車では40分程度の時間がかかる。田舎町の電車であるので1時間に1本とちょうどの時間がない。
帰宅するにも一苦労であるこれからの時間を思うと毎日毎日億劫にはなるが仕方ない。この日常も文句は多いが友人たちや学校生活は充実しており自分なりに満足はしていた。
「うわ、さむっ…!!」
冷たい風が自分の顔に吹き込み、思いにふけっていてぼーっとしていた頭が一気に覚醒される。思わず声に出してしまうほどその冷気は顔がピリピリと痛くなるほどの寒さだ。
「早く帰ろ…。」
首に巻いたマフラーをしっかりと口元まで巻きなおし、立ち止まった足を帰路へと進め始める。街頭、住宅街から漏れ出る明かりで充分あたりの視界は明るいが時間帯は夜の17:30。空はすっかりと星が煌めいている。
道は細く、人通りもなくなってきた。友人と帰っている時には気づかなかった怖さが風の音も助長してますます大きくなる。
(しっかりしろ自分…。鬼教師の山口(本日の課外授業の教師)の授業よりましな状況だ。よし!!!)
自分を落ち着けるため気合を入れると同時にふとか細い声が自分の耳に聞こえてきた。
「にゃあ~」
「うわっ…!!...びっくりした~~猫かぁ~~。」
思わずその声に吃驚するが、黒く愛らしい姿をみて張り詰めた心が安心する。その声の正体は飼い猫であるのか不明だが、黒い毛並みの細身の黒猫であった。黒猫は人懐っこく喉をゴロゴロしながら私の足元にすり寄ってくる。
「んなぁあ~~~」
「か、かわいい~!!どうした?よしよし。いいこだね~。」
動物好きな私はその愛らしさに癒され、しばらく黒猫の頭や体を優しく撫でた。この時間がいつまでも続けばいいと願うがもう駅まで急がないと電車に間に合わないかもしれない。携帯を取り出し、時間を確認すると案の状自分の予感は当たっていた。
「ごめんね。もう行かなきゃ。今晩も冷えるから温かいところに行くんだよ?」
名残惜しくも後ろ髪惹かれる思いでそう声をかけ、頭をそっと最後にひと撫でする。猫は先ほどまでずっと私にぴったりと身体をつけて甘えていたはずが、私のその言葉とともにすっと身体をよけて距離をとった。
何かを訴えるかはわからないが私の目をじっと見つめてくる。私はなぜかその黄色い澄んだ瞳をみて吸い込まれるように身体が動かなくなった。このままだと本当に動けなくなりそうかもしれない。
少しの違和感とこの状況の気まずさを抱えながら「じゃあね。」と足早に立ち去る。
すたすたと何かを振り切るように歩く私の背後からまた声が聞こえる。
「にゃ~」
私は罪悪感からかちらりと後ろを一瞬見る。黒猫は元居た場所から動かず私のことをじっと見続けていた。
そのとき、聞こえるはずのない声が聞こえた。幻聴だと笑われるかもしれない。けれど、この時は確かに聞こえたのだ。

「「また、君も私を置いていくのか」」

別の日同じ道を通ってもあの黒猫に出会うことは2度となかった。私はあの時見た黄色い寂しい目を大人になった今でも忘れることはできない。

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