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深夜の講義

夫が優しくて良かった。そう思う瞬間は幾度となくあるが、夫の優しさはこれから私だけでなく私の子どもや子どもと関わる人々をも救ってくれるのではないかと思う。

私は馬鹿で学がない。社会科が大の苦手だった私は、27歳になったいまも日本地図を埋められない。元彼が長崎に行くことになったとき、「東北なら新幹線ですぐだね」と口走り赤っ恥をかいた。
私は映画が好きだが、歴史が頭に入っていないので時代背景や人種問題に疎く、どの国の植民地だったから何語を話すとか、何人は何人への敵対心があるとか、そういったことがわからない。そもそもロシアとソ連とドイツの見分けがつかない。そんなことを我が夫、郵便屋さんに話す。「俺もそんなもんだよ」みたいな軽口が出てくるかと思いきやおもむろに立ち上がって私の横に座ると筆記用具を片手に適当な裏紙を探し始めた。そんなチラシの裏はやめて、こっちに書いて!と、常に持ち歩いているリングファイルノートを手渡すと、郵便屋さんは第二次世界大戦の関係図を書き始めた。第二次世界大戦に関わる国とその大統領、思想、共闘関係など、わかりやすい言葉で伝えてくれて、それはいつの出来事なの?と訊けば、何年だよ、と教えてくれた。私は彼が書いてくれた関係図に今まで観てきた映画を書き込み、大体どの時代を描いているか把握した。そして映画のシーンを思い出しては「あれはこういうことだったのか」と天を仰いだ。
続けて私は隣のページに世界地図を書き始めた。日本が真ん中にある地図しか知らないんだよね、なんて言いながら、画像検索したなるべく簡便な世界地図を見よう見まねで書き写した。
「カナダでか!」「アラスカってアメリカなの!?!?!?」「オーストラリア、四国みたいな形なのに日本の倍くらいデカいじゃん」
私はこれらの発言がどれほど無知で恥ずかしいことなのかわからないから、外ではずっと口をつぐんできた。知るは一時の恥、知らぬは一生の恥、とは言うが、私は知る一時の恥でさえ毎晩寝る前に思い出しては歯を食いしばり、奥歯の青酸カリを飲み下して自害する兵士のように苦しんでしまう(こういうことばかり知っている)ので、知ることを恐れていた。しかし郵便屋さんのおかげで青酸カリも辛酸も舐めることなく、私は知る恥を乗り越えたのだ。もちろん、まだまだ勉強は必要ではあるが。
そうこうしている間に時計の針は深夜3時のゴールテープを切り、なお走り続けていた。こんなに深夜まで文句一つ言わず妻の無知に付き合ってくれる男がいるだろうか。

翌日、夜勤に向かう道中で不意に思い出した。小学五年生くらいの頃、父の実家で年賀状を書いているとき私は父に訊いた。
「がんばる、って漢字でどう書くんだっけ」
父は言った。
「お前は小五にもなって頑張るが漢字で書けないのか」
その後父は紙に書いて教えてくれたが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。教えて欲しいと言ったことに対して、無知をさげすむ言葉をぶつけられたこと、自分を大きく見せるためにわざわざ相手を侮蔑するような物言いをされたこと、教えられたことで主従関係が発生したこと、素直に教えてもらえなかったこと、これらの思いが当時の私の脳中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、涙として流れ出た。
実家にいることで父も気が大きくなっていたんだと思う。それを理解した私は、父の実家にいる間、母の顔色が必ず悪くなっていたのを思い出した。帰省の度にこの調子の父と二人の子どもを引き連れて飛行機に乗り、「まったくお前は」という言葉を浴びて帰ってきたのだろう。
帰省から帰宅するなり「やっぱりうちが一番」と父が言おうものなら、私だったらティファールの取っ手も取らずにフライパンの面で頭を殴りつけていると思う。
母はきっとそうやって自尊心を失っていった。生きる気力をなくし家事が出来なくなった母によって育児放棄された私は、今も彼女を毒親認定して生きている。エッセイにして売っている。
夜勤に向かっているはずだった私はいつしか秋の空を見上げて涙を流していた。この涙の意味はもう少し大人になれば言語化できるだろうか。

夜勤を終えて帰宅し、仮眠から目覚めた布団の上で、同様に昼寝から目覚めたばかりの郵便屋さんに伝えた。私を一つも責めることなく知りたかったことを教えてくれたのが嬉しかったこと、自分が救われて興味の幅が広まったこと、これからも恥を恐れることなく郵便屋さんに聞いて大人になりたいと思っていること、母は辛かったんじゃないかと気づいたこと、そして母の愛や苦悩を今までとは違った意味で知ったこと、私に子どもが出来ても郵便屋さんのように何でも教えてあげたいこと。
郵便屋さんは私の涙を拭いながらこう言った。
「知ることの壁が一度立ってしまうと、そこから先に進めなくなっちゃうもんね。積み重ねで理解しなきゃいけないことなんかは特に、初めでつまずくと取り返すのが難しいからね。知識の芽を摘んでしまうのはその人の将来も潰してしまうよね」
私は深く頷きながら猛省した。よく郵便屋さんに「これを知らないなんて、嘘でしょ」と言っていたからだ。私は知らず知らずのうちに郵便屋さんの知識の芽を摘んでいたのだ。ごめんね、郵便屋さん。そして気づかせてくれてありがとう。

これからは夫婦で無知の土壌に沢山の芽を植えよう。恥の実をかじっては酸っぱい顔をして笑いあおう。私たちはそういう家族でいよう。そう心に誓いながら、再び二人分のぬくもりに顔をうずめるのであった。

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