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【香水小説】香はかく語りき11キモノ ツヤ

毎月香水からインスピレーションを受けた短編小説を綴る本連載。
第11回目の香水はDECORTEよりキモノ ツヤ。

それではどうぞ
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気がつくと病院のベッドの上だった。
交通事故に巻き込まれて、死の縁を彷徨っていたようだ。
激烈な痛みの次に思い出したのは、さっきまで見ていた夢のことだった。

夢の中で、私はとある女性と同じ部屋にいた。
彼女に話しかけたくて仕方ないが、ずっと勇気が出ずにいる。
伝えたい想いを喉元に感じては飲み込む。時間だけが過ぎる。
ふう…と、向こうが大きなため息を吐いた時、一度だけ目が合い、少し困ったように微笑んでくれた。
そこで目が覚めた。

あの女性は誰だったろうか。確か数えるほどしか会ったことはない。
しかし、浮足だった気持ちやこびりついた憧れだけは覚えている。
彼女が去った後は甘い空気が充満し、その場の人間の動きを止めてしまうのだ。

感情から記憶を辿っていく。絨毯に直で座ってちくちくする太ももや、ジュースをこぼした友達を尻目に高まる緊張感、手に持ったトランプ、回し読みした少女漫画。
そうか、彼女は友達の母親だ。
友達の家で彼女にもてなされて以来、頭の片隅にずっと存在していた。
友達に嫉妬したりはしなかった。けれども、私は彼女と二人きりで話す機会をずっと夢に見ていたのだ。

あなたみたいなお母さんがいい。次はあなたから生まれたい。
小学生が伝えるにはあまりにも重く、無邪気というには生々しすぎる本音は、チョコレートの包み紙にくるんで捨てていたつもりだった。
それをこんなふうに思い出すとは。

スマホが使えるようになってまさきに、友達のFacebookを見てみた。
最終投稿日は私が目覚めた日だ。
「本日、母が亡くなりました。優しく、自慢の母でした。今までありがとう。これからも空から見守っててね。」

病室は甘い空気に満たされ、私はそっと目を閉じた。





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