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なぜ井野卓はプロで必要とされたのか 〜抑え捕手についての考察〜

こんにちは!シュバルベです٩( 'ω' )و

新年初投稿を何にするか悩みましたが、最近よく耳にする(?)「抑え捕手」について考えてみたいと思いました。

過去にもSB高谷捕手やロッテ細川捕手ら「抑え捕手」と呼ばれる起用をされた選手はいましたが、私の贔屓であるスワローズにも昨年は「抑え捕手」と言われた選手がいました。それが2020年末をもってプロ野球を引退した井野卓選手です。

以下、井野選手の球歴を振り返りつつ、抑え捕手の役割と実際の井野選手の運用などを見ていきましょう。

1.井野選手の球歴

井野卓選手は1983年生まれ。前橋工業から野球の名門東北福祉大へ進学すると、強肩を武器に2年からレギュラーを勝ち取り、全日本大学選手権でチームを優勝に導きます。勝負強い打撃も含めて評価され、2005年に地元楽天イーグルスから大学生・社会人ドラフト7位で指名されました。

しかし、2007年に入団した嶋選手が正捕手としてルーキーイヤーから起用されると井野選手の出番はほぼなく二軍暮らしを送っていました。2012年に金刃・仲澤⇄井野・横川の2:2のトレードで巨人へ移籍。

しかし一軍で出場したのは移籍初年度の10試合のみで、2年後の2014年に巨人を戦力外になってしまいます。

その年のオフにトライアウトを受験。そこで獲得に乗り出したのが、同年に正捕手だった相川選手がFAで巨人に流出したヤクルトスワローズでした。

2015年は二軍出場のみに留まりましたが、2016年は13年以来に一軍出場。2018年に13年目にしてキャリアハイとなる47試合に出場し、原樹理投手らと先発バッテリーも組みました。

2020年は中村選手・嶋選手の怪我により開幕早々の6月20日に一軍昇格。試合終盤での出場を中心に32試合に出場しました。その起用法から「抑え捕手」として(ひっそりと)知られた他、7月7日の中日戦では延長10回に勝ち越しとなる押し出し四球を選んだこと、西田選手が負傷退場後に出場しスリーベースを放ったことなどがコアなスワローズファンの中では記憶にあるのではないでしょうか。

2.抑え捕手とは

耳なれない方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそも「抑え捕手」とはなんでしょうか。クローザーやオープナーのような明確な定義はありませんが、試合終盤にマスクを被り、セーブシチュエーションやホールドシチュエーションでクローザー・セットアッパーをリードする捕手、といったところでしょうか?

ソフトバンクの高谷選手は2019年のシーズン前にインタビューで次のように語っています。

──試合の終盤に起用されることが多いことについて、どう思っていますか?
「かなり痺れます! 負けたら僕の責任だと思ってマスクを被っていますよ。だから、勝ったときはより一層うれしさがこみ上げてきます」

また、2019年に主に試合終盤の「抑え捕手」として出場したロッテの細川選手は契約更改で次のように語っています。

今シーズンは試合終盤から出場し、主に“抑え捕手”としての役割を果たした。「ド緊張ですよね。楽天2年目(18年)は1年間ずっと2軍にいて、1軍の雰囲気は違いますし、勝たなきゃいけない場面で出させていただいた」と最終戦まで続いたAクラス争いは、ベテランでも緊張があったと明かした。

同年、細川選手は31試合に出場していますが、打席数はなんと僅かに8。それでも100万円の増額を勝ち取っているところから、細川選手の抑え捕手としての役割に球団が一定以上の評価をしていることが分かります。

近年は投手の出力が上がり、150kmを投げるピッチャーは珍しくありません。2014年は両リーグの平均球速はともに141km台でしたが、それから6年が経過した2020年はセリーグが145kmパリーグが144km。スポーツ科学の進化によるトレーニング方法の変化も作用し、プロだけでなくアマチュア球界にも波及することで入団時点での投手の球速も上がっています。変化球もカット・ツーシームといった高速化が著しく、1人で何球種も持ち球とする選手が増えています。それが先発から抑えまで何人もいる今のNPBはこの5年でとてつもなくレベルが上がっているように感じます。

例えば山本由伸選手のこんなトレーニング。10年前は誰もやっていなかったようなトレーニングを若い内から取り入れている代表例のようなものですね。

何が言いたいかというと、進化していく投手のボールを受けるキャッチャーの負担もこの5年ちょっとで大きく増しているということです。

かつての古田・矢野・谷繁・阿部・城島・伊藤などなど一年間フルにマスクを被る正捕手は減少し、多くの球団で複数人が先発マスクを被るようになっています。また、フレーミングの概念がMLBから導入され捕手の指標に加わり、アーム/ブロッキング/フレーミング/リードなど多くの観点で優劣がつけられるようになりました

例えばですが、こちらはBaseball Sarvantに掲載されているVictor Caratini選手のフィールディングスタッツ。

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二塁や三塁への送球のポップタイムの他、フレーミング技術の指標など様々なデータで選手が評価されています。MLBだけでなく、日本でもこの流れは着実に進んでいます。

これらの背景から生まれたのが抑え捕手で、正捕手にかかる負担を減らすために試合終盤を任せられるパワーピッチャーを受けるという発想が起点になっているのではないか、というのが私の考えです。投手が先発/中継/抑えと分業化したように、捕手も適正に応じて分業化することで最適化と負担の分散を図るという考え方は理にかなっているように思えます。

改めて私なりに抑え捕手を定義するのであれば次のような形でしょうか。

抑え捕手とは、捕手としての基本的な能力適性に応じた分業化のトライアルとして生まれた役割で、試合終盤に出場し高強度なリリーフ投手のボールを受けることで正捕手の負担を減らすことを目的としている。

まぁあくまで私なりの仮説に基づく定義付けなので、そうじゃない!等ぜひ教えてください笑。

ではどんな捕手が抑え捕手に向いているのでしょうか?

真っ先に浮かぶのはブロッキング能力が高いということです。ランナーを無条件に進ませてしまう後逸・暴投は試合終盤では致命的です。リリーフピッチャーはほぼ必ず落ちるボールをマネーピッチとしており、リリーバーが最大限にパフォーマンスを発揮するという観点からも、後ろに逸らさない"壁能力"は抑え捕手に最も必要な能力だと考えられるでしょう。

逆に、試合終盤に足で仕掛けることはアウトカウントを増やすというリスクに繋がることから、アームについてはある程度目を瞑れるとも考えられますよね。

次の章では実際に抑え捕手として井野選手がどのようなパフォーマンスを発揮できたかみてみましょう。

3.井野卓のパフォーマンス

井野選手は昨年32試合に出場しましたがその内訳は、5試合でスタメン、28試合で途中出場となっています。9回及び延長10回の最終イニングからマスクを被ったケースが15回と最も多く、試合の最終局面で主力野手の代走や守備固めと入れ替わるような形で主に出場してきました。

±2点以内の僅差の場面での出場は14試合でちょうど半分。残りの14試合では6点差の試合もあるなど、私が思っていたよりも抑え捕手としての出場機会は少なかったです。セーブシチュエーションを迎えられるような3点以内リード場面での出場については5試合、同点時の出場も5試合

出場機会から鑑みるに、首脳陣の考えとして井野選手を抑え捕手として固定はせず、あくまで2番手・3番手捕手の1人として運用していたとは考えられます。しかし、試合終盤を任せていたのも事実で、中村・嶋の両捕手の怪我により年間通して正捕手が不在で西田選手に偏りがちだった負担の軽減を果たしていたというのが私の見立てです。今年は変則ルールで延長10回までという制限があったことで、打撃成績が悪くても終盤は打席が回らないという状況に加え、打撃面でのマイナス以上に守備面での貢献を重視していたとも言えます。高津監督からの信頼も厚く、ヒーローとなった8月6日の試合後には次のように語っています。

高津監督も「自分の役割を理解した上で、自分のやらなければいけないことをよくわかっていて、プレーしてくれたと思う」と目尻を下げた。

前の項目で書いたブロッキングについてですが、今年の井野選手は捕逸0暴投は2つあるものの、2つとも2−13で大敗した10月3日の広島戦。その他の試合ではバッテリー間での大きなミスなくシーズンを終えました。やはりこの高いブロッキング能力を評価され、試合終盤に起用されていたのでしょう。

試合終盤で出場した際にバッテリーを組んでいた投手ごとの成績を見てましょう。

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最も多くバッテリーを組んだのはスワローズの誇るクローザー石山投手。11試合10 1/3イニングで10三振ながら15安打で4失点と、石山投手のシーズン成績(44イニングで10失点)と比べるとやや打たれる傾向にありました。逆に、二番目に多くバッテリーを組んだ清水投手とは相性が良く、8 2/3イニングで5安打1失点。井野選手は若手投手と組んだ時に能力を引き出せるのか、長谷川投手も4 2/3イニングで2失点(長谷川選手の今シーズン防御率は5.82)。イニングは1イニング前後ですが、寺島・梅野・今野といった20代前半の3選手とのバッテリーではいずれも無失点です。

偶然のようにも思えますが、かつてのチームメイトである今浪隆博氏が2018年に文春オンラインに寄稿したコラムを読むとあながち偶然とも片付けられないような気がしてきます。

彼は、長いキャリアがあるのに絶対に偉そうにはしない。それどころか、こちらの感情まで汲み取って話を聞いてくれる。うなずいてくれる。それだけで、話を聞いてもらう相手は安心するし、ストレスも解消されるのだ。結果が問われるプロ野球の世界において、不安やストレスは常につきまとう。自分のことで精一杯になりがちな中、相手を思いやることができる。これは、小学校で習った道徳的には当たり前の話なのかもしれないが、なかなかできる人は多くはない。

こちらのコラム自体、かなり秀逸ですのでぜひご覧ください。今浪氏も日本ハムから移籍し複数球団を渡り歩いているという点では井野選手と同じで、同じプロ野球選手が同僚をここまで人間性で褒めるのは余程のことでしょう。

同じコラムの中で、当時高卒3年目の高橋奎二投手とバッテリーを組んだ時のことを次のように書いています。

高橋は、井野卓だったからこそ安心して、信頼をしてミットめがけて投球をすることができたのではないかと思う。もちろん、ファームでボールを受けたことがあるということも加味しての起用だとも思うのだけれど、私の目にはとてもいいバッテリーだと感じた。他の投手にしても、投げやすそうに投げているなと感じることが本当に多い。

実際、井野選手がマスクを被っている時、若手の投手はすごく投げやすそうに見えます。技術的には、大きくミットを正面に向けて構え、リリース前〜リリース後にかけて微動だにしない捕球の姿勢があるでしょう。2017-18シーズンにバッテリーコーチとして在籍した野口寿浩氏は井野選手の構えについて、原樹理投手とバッテリーを組んだ時の印象から次のように語ります。

井野は広く構えてくれて、カウントの取り方が上手かった。ストライク先行になれば、腕を振って思い切って投げられる。それで気持ち良く投げることができたんだと思います。(2018年11月4日ニコニコニュース 「ヤクルトMVPは井野卓」前コーチが語る控え捕手の大切さ)

そして立居振る舞いという面でも、井野選手がピッチャーに向かって苛立ちを表したり、判定に不服な素振りを見せたシーンは見たことがなく、投手への声がけの時には笑顔が目立ちます(しかもイケメンなので映えますよね)。30代半ばになっても二軍の灼熱の戸田で若手に混じって汗を流し、積極的に声がけをする井野選手は投手からの信頼は厚かったとおもいます。

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ちなみに、アマチュア時代は評判だった肩は衰え、今年は7つの盗塁を許してしまいました。しかし、そのうち5つは9月26日以降の4試合で、言い方は悪いですが肩がバレるまでの24試合では2許盗塁でした。2章で書いたように、やはり終盤での盗塁はどこのチームもリスクと考えているのでしょう。

井野選手で「抑え捕手」が語れるかは首脳陣の運用から考えると微妙ですが、リリーフ投手が最大限のパフォーマンスを発揮するためにも終盤に出場する捕手に求められるのはまずブロッキング能力で、それに加えて投手から信頼を得られているという点が重要視されるべきではないか。これが私なりの結論です。

4.最後に

ここまで全く触れませんでしたが、井野選手の通算打率は.142。一軍での出場試合数も通算148試合でしたが、それでも15年にわたってプロ野球選手でした。キャッチャーというポジションがあるにせよ、3章で書いた今浪氏のコラムが物語るように、井野選手の人間性が球団からチームにとってプラスを招くと考えられているのでしょう。セパ3球団渡り歩いたこともそれを証明しています。

昨年で引退、長いプロ野球生活に終止符を打ちました。引退後のコメントでは自身の応援歌ができたことを思い出として話しており、ファン思いの優しい性格を感じさせます。

「選手の中でも話題になるんですよ。『今年は○○の応援歌ができているらしいよ』って。応援歌ができると、なんかプロ野球選手という感じがして。生え抜きでもないのに、本当にうれしかったですね、あれは」。みずから調べてメロディーを聴き、歌詞も読んで喜びを実感した。

今年からは球団スコアラーとして裏方でスワローズに貢献します。3球団渡り歩いた経験を活かせるお仕事だと思います。普段球場で見かける姿は減ってしまいますが、スワローズの勝利の裏に井野卓あり、となってほしいですね。これからも期待しています。

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