贅沢貧乏
森鴎外の娘、森茉莉のエッセイ集に「贅沢貧乏」というのがある。
私が19歳の頃、大勢で居酒屋に来ていた。
未成年なので隅の方でソフトドリンクを飲んでいた。
6歳年上の女性が隣に座ってくれた。名前は「クロエさん(仮名)」
他の人から馬鹿にされていた私をクロエさんは「ユニー君は良い感じだね」と褒めてくれた。
2人で本の話をした。クロエさんは鞄から文庫本を取り出し見せてくれた。
『森茉莉 贅沢貧乏』
「バイブルなの」と言ってページを開き「読んでみて」と渡された。
私は、パラパラとめくり「正直、この状況で何にも頭に入んないです」「でも、これ絶対買って読んでみます」と言って返した。
クロエさんは、少し寂しそうな顔をしていた。
その後、すぐに本を買って読んだ。
クロエさんとは、その後も会って本の感想を伝えたり、柳家小三治の落語を見に行ったりしたが、恋人関係にはならなかった。
私は好意を抱いていたが、クロエさんにそれを感じなかった。
そして、静かに心は離れていった。
あの時、居酒屋で集中して本を読んでいても、クロエさんに好かれることはなかっただろう。
それとは別として、あそこで読めばよかったな。と思う。
昔の本はたくさん処分してしまったが、本棚を見たら、あった。
読む。その、つかみどころがなく自由で天真爛漫な森茉莉という人の独特の美学とこだわり、情景描写の美しい文章が眩しい。
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