たとえ200年生きても意味なんてないのさ

 小さい時、大叔父の家に泊まるのが大好きだった。一人で泊まりに行けるのは、姉である私の特権だったのだ。ほとんどが空き部屋の、もしくは倉庫のようになっているだだっ広い荒屋。寝室は土間になっているキッチンのすぐ横にあって、夏でも妙にヒンヤリとしたことを覚えている。そこは裏口に繋がっていて、私たちはいつだってそこから出入りをする。蔦だらけになった正面の門は、廃れていつも固く閉じられていた。大叔父は大変なヘビースモーカーで、夜半もよく一人で裏庭の木椅子に座り、もくもくとタバコを吹かしていた。さり、と砂が素足を静かに擦る音がその合図だった。私はその気配を察知して静かに煎餅布団を抜け出し後を追う。ぱたぱたと土間を抜けて、大叔父に布団に戻るよう催促するのだ。見慣れない和式の家で1人ぼっちはとっても怖かった。
 鍵もろくにかからないような戸口を開けると大叔父はいる。よく祖父と声を荒げて大喧嘩していたその人物は、夜になると努めてしんとした雰囲気に早変わりした。ろくな手入れをしないせいで森のようになった生垣から外灯の光がのぞき、くっきりと彼の存在を明示する。雑然と組まれた木製の椅子に腰かけ、目が合っても微動だにしない彼を、戸口にしゃがんで仰ぎ見た。逆光で影しか見えないが、なんという美丈夫だろうと思った。寝巻きの着流から覗く高い等身に、骨張ってがっしりとした肩。長い手足。“タキシード仮面様みたいな王子様って、老けたらこんな感じの歯抜けになっちゃうのかな。ヤダな” と思ったのを未だ鮮明に覚えている。「おいちゃん?」沈黙に耐えきれず彼を呼ぶと、じゅ、と音を立て火種をバケツに放り込む。「ん、寝るかァ」と語尾が潰れて間延びしたようなアクセントで呟き、私の手を引いて、思惑通り優しく布団へ連れ戻してくれる。さりさり砂を踏みつけて部屋へ戻る道中、土間の高い窓から入った光が日本人離れした顔の凹凸を這った。きれい。幼い私は、余分なモノが一切無いこの男が愛おしくて堪らなかった。

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