暗吾ちゃんはアンドロイドの夢を見るか?

フィリップKディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んだ。

軽くあらすじ


この本のジャンルはSF。
戦争によって人類はほぼ壊滅状態になり、アンドロイドも勢力を伸ばした世界。主人公は機械じかけの偽物の羊、タイトルにもある電気羊を飼っている。戦争で生き物はほぼ死に絶えているので、生きている本物の動物を飼育している人はスゴイやつという価値観になっている。そんなディストピアで、本物の動物が欲しい主人公が賞金首になってるアンドロイドをぶっ殺したりといろいろ奮闘する話だ。

完走した感想

SFだから当たり前なんだけど、知らない造語がいっぱい出てきて初見じゃ意味わかんねえ〜〜〜〜〜〜〜!!マーサー教ってなんだよ!!!フォークト=カンプフってなんだよ!!!まあSFは星新一ぐらいしか読んでない私が悪いんだけど!!!と、些細なことから宗教に至るまでアンドロイドが考えた造語で埋め尽くされているのだ。
まあそれだけ我々人類から価値観が離れていってしまった世界なんだなあ、と考えることでなんとか納得できた。

この作品において、アンドロイドと人間を判別する方法は感情移入ができるか否かだ。アンドロイドは他者に同情しない。喜びも苦しみにも共感しない。偽物の動物にも同じだ。蜘蛛の脚を8本もいらないだろう、4本ぐらいちぎってもいいだろうと思うような奴らだ。(ちなみに映画版だとアンドロイドはレプリカントって呼ぶらしい。かっけー)
タイトルの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」という問いかけだが、これらの点を踏まえるとおそらく見ない。夢なんてそもそも見ない。ましてやペットの羊を想うなんてよりありえない話だ。

しかし、アンドロイドのように冷酷な人間、逆に技術の進歩により精巧に作られまるで人間のようなアンドロイドも現れてくる。そんな世界の中で、主人公は賞金首として追っている、最初は殺す為の対象としてしか見ていなかったアンドロイドに次第に同情し始めるようになる。人間らしさ、アンドロイドらしさとは何かと葛藤し苦しむ。

結局なんの話なん

この作品は、一見ただのディストピアものに見えて実は「人間らしさ/アンドロイドらしさ」について問いかける作品だ。
「人間らしさ」と問えば様々な答えが返ってくるだろうが、この本における人間らしさとは「感情移入ができるかどうか」だろう。
自然から生まれたか、人工物であるかは本質的な問題ではない。感情移入ができれば、何かを想う力があればそれは人間である。…とこの作品は伝えたいのだと私は思う。


正直小説としてはクソ読みにくいけど、SF好き、アンドロイド好きならぜひ読むべきだ。
表紙カッコイイし最悪インテリア代わりになるよ!!!!ハヤカワ文庫最高!!!!!!!!

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