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心霊スポットと将棋配信は似ている

『心霊スポット考――現代における怪異譚の実態』の話をわかりやすく書けそうなので書く。将棋民向け。 この本では心霊スポットは「悲惨な事故現場ではないし、必ず幽霊に会える場所でもない」と語られている。 つまり、将棋ウォーズ配信における悪手/妙手≒霊に出会う、である。

心霊スポットで必ず霊に出会う訳では無い。 将棋ウォーズ配信でも必ず悪手/妙手に出会う訳では無い。 他方、観光者/視聴者は霊や妙手に出会わずとも一定の満足感を抱いて帰る。 このことを前掲書は「心霊スポットも条件は観光地であること」としているが、将棋ウォーズ配信でも似た傾向がある。

たとえばこれは大人気将棋系Vtuberポメヒの配信アーカイブである。この配信において視聴者は撮れ高に満足しているだけでなく、ポメヒに会えたことで満足していることも観測される(*1 うんふぇ)。

心霊スポットにおいてこれは重要な要素で、霊に会えなければ駄目だとなると、そこが心霊スポットとしてヒットすることは難しい。前掲書はこの点を「霊に会えなかったが怖かった」「雰囲気を味わえた」など、観光地的な側面に注目している。

将棋ウォーズ配信も似た条件が揃っている。 将棋ウォーズは将棋の中でもカジュアル向けに設定された結果、制限時間が厳しい。そのため、悪手や妙手が発生しやすくなる。そのため、将棋ウォーズ配信は必ず悪手や妙手を見れる場所ではないが、高い確率で見れる場所だ。

また、心霊スポットにおいては語りの重要性があるという。つまり、廃墟と化した民家や古びた地蔵があってもそれだけでは心霊スポットたり得ない。優れた-専門的な-語り手が語りを通してその場を心霊スポットに「する」のである。

この部分も将棋ウォーズ配信と強く共通する。 たとえば前掲配信では「現ぽ良」という専門用語が使われている。これは「現局面はポメ良し」の略語であり、配信者ポメヒが局面に対する評価をする際に使われる。

将棋でどちらが勝っているかは非常に難しく、素人には判別できない。ここに専門性が介在する。 稲川淳二のような専門的な語り部が心霊スポットを作るように、配信者にして将棋指しのポメヒが局面を作る。それに対して視聴者が共感したり反論することでそこに「場」が現れるのである。

なお前掲書は稲川淳二とは別のタイプの心霊スポットへの関わりも示している。それは心霊スポットに専門性を持ち込まないパターンだ。ただ心霊スポットにいって暗さへの恐怖をつぶやいたりするだけで、分析を行わないというものだ。

これも将棋ウォーズ配信でも類型を見つけることができる。ポメヒが饒舌に局面を作る配信をする一方、将棋を「実況」する配信も多い。してみるとやはり将棋配信はだいたい心霊スポットであると言える。

真面目な話、前掲書にあげられる霊感を持つ人間が霊を語り、霊感を持たない人間はそれに圧倒されてしまうという下り。これは将棋における棋力のある人が行うあの専門的な形勢判断と、なんとなく指している人との差を連想させるのだ。私はなんとなく指している人間に属する。

専門性という意味で一番明解なのはやはり現在進行中の王位戦のようなプロ棋戦だろう。この辺は多くの将棋指しも「よくわからない」と言う。そこで棋力のあるプロ棋士や有力なアマ高段の言葉が信用される訳だが、やはりこの部分も霊感に通ずるものがある。

「心霊スポットは別に霊に出会えなくても構わない」 「心霊スポットは観光地」 「心霊スポットを作るのは専門家としての語りと、 素人による実況」の下りは実に興味深い。

おわり