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【試し読み】古着仕入れの加納くんが語る過去の美しく切ないエピソードー寺地はるなさん『スカートの乱』

寺地はるなさんの連作第3弾。
古着屋「コメット」の店主・滝谷と交流がある加納がスナック「路傍の石」に一言もの申しにくるのですが、話は加納の昔話に・・・。
加納の思い出のあるシーンがとってもとっても美しく、素敵なので、ぜひそこまでお読みいただきたいです!
タイトルの「スカートの乱」とは?
シリーズの転換点となる第3弾、まずは試し読みからどうぞ。

イラスト:朝倉世界一 デザイン:小川恵子

■著者紹介

寺地はるな(てらち・はるな)
1977年、佐賀県生まれ。大阪府在住。2014 年、『ビオレタ』で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2020年、『夜が暗いとはかぎらない』が第33回山本周五郎賞候補作に。令和2年度「咲くやこの花賞」(文芸その他部門)受賞。2021年、『水を縫う』が第42回吉川英治文学新人賞候補作にノミネートされ、第9回河合隼雄物語賞を受賞。『大人は泣かないと思っていた』『今日のハチミツ、あしたの私』『ほたるいしマジカルランド』『声の在りか』『雨夜の星たち』『ガラスの海を渡る舟』『タイムマシンに乗れないぼくたち』など著書多数。

■あらすじ

売れない小説家・啓のもとを訪れたのは、啓に一言物申したい古着屋の加納。「小説って消費じゃないですか」と大上段に構えた加納の話は徐々に彼の生い立ちへと向かっていく。しがらみと因習にがんじがらめの片田舎で育った彼には忘れられない思い出の景色がある。それは綺麗でたくましくて、でも少し苦みが残るもので…。キャラクターの魅力だけではなく、寺地作品の真髄に迫る、シリーズの「転調」となる第3弾。

■本文

録音日時 七月八日 十三時~開店前の『文学スナック 路傍の石』にて
メモ これはのうくんの話を録音し、文字に起こした記録である。小説に使ってもいい、と彼は言ったが、今のところその予定はない。
 え、録音? ぼくの話を録音するんですか? もうしてるって? えー、なんですかそれ。いやまあ、いいですけど。べつに緊張してるわけじゃないですよ。へー録音なんかするんだなーと思っただけです。取材とはそういうものだって言われても、わかるわけないですよ。だってぼく、取材を受けるなんてはじめてなんですもん。あ、フリーペーパーに載ったことはありますよ。おしゃれスナップ的なやつ。でもこんなふうに、小説家の人を相手に喋るのははじめてです。それがレコーダー? へえ、けっこう小さいんですね。こっそり録音してもばれなさそう。
(レコーダーに見入る加納くん。なにか悪いことをたくらんでいる人の顔をしている)
 けいさんっていつもこれ使ってスナックのお客さんたちの会話とかをこっそり録音してたりして。しない? するわけがないって? そうですか。いくら啓さんでも勝手に他人の会話を録音したりはしないのか。嫌だな、そんなに怒らないでくださいよ。いやいや、あなたが「あたりまえだろ」なんて、そんな言葉を使うとは思わなかったな。だって啓さん、もし自分がそれ言われたら激怒しません? 「あなたの『あたりまえ』とぼくの『あたりまえ』はぜんっぜん違うんですよ」とか、額に青筋立てて怒りません? ね、言ったことあるでしょ。このまんまじゃなくてもこれに近いことは言ったことあるでしょ、一回ぐらいは。あるわけないって……噓でしょ、自覚ないの? あなたね、かなりの表現警察ですよ。いや警察はだめだな。若干かっこいいしな、正義みたいになっちゃうもん。啓さんはもっとこう、ねちっこく小うるさく他人の表現にケチつけて相手をうんざりさせる人でしょう? 「御用だ! 御用だ!」って感じで。あ、表現岡っ引き。これでどうです?
 あのね、啓さん。あなたが小説を書く人だってことはもちろん知ってる。あなた、毎日毎時毎分、ずーっと言葉について考えてるんですよね。言葉、言葉、って、とりつかれたみたいに。でもね、ほとんどの人はそうじゃないんです。言葉って単なるコミュニケーションのツールなんです。だから「あなた今どういう意図があってその表現を用いたんですか?」なんて訊かれても答えられませんよ。スナックに来たお客さんによくそういう質問してるでしょう。だめですよ、あれ。客減りますよ。
 あなたの第一印象ですか? 『路傍の石』に住みついてる妖怪かな。座敷わらしみたいな。けっこう本気でそう思ってました。そう、たきたにさんに連れてこられたのが最初です。連れていってもらったって言ってもこの店、滝谷さんの店のすぐ隣ですけどね。四、五年前の話か……もうそんなになるのか。
 あなたは他のお客さんやママさんと会話するでもなく、黙ってカウンターの隅っこの椅子に座って静かに本を読んでました。客ではない気がしたんです。だってママさんがいっさいあなたを気にするそぶりを見せないから。ただ黙ってるだけなら無口な客かな、と思うところだけど、客なら店の人もそれとなく気を遣うはずでしょう。じゃあお店の人かというと、そういうわけでもなさそうだった。だって店のスタッフがただ座って本読んでるわけないし。ぼくら客が入ってきても「いらっしゃいませ」とか言うわけでもなく……え? 言ってました? 気づかなかった。きっと声が小さかったんでしょうね。だからぼくの目にしか見えない妖怪なのかなと思いこんでしまったんだ。そう、座敷童。童っていう見た目でもなかったし、座敷おじさんかな。
 そのうちお客さんが増えてきて、すると座敷おじさんは、いやあなたは、音もなく席をたって二階に続く階段を上がっていこうとしました。その時ママさんが、え? 愛里咲ありささんと呼べって? どうしてですか? ママさんという語感が嫌い? なんだよそれ……めんどくせえな……まあいいや、愛里咲さんがあなたに「げんこうやりなさいよ」って声をかけたんです。で、あなたが「わかってるよ」って答えた。あれ、完全に中学生男子の態度でしたね。反抗期かよっての。でもぼくは「げんこうってなに?」って、そっちが気になっちゃって。だって「げんこう」って言ったら「元寇」しかないし。蒙古襲来ですよ。この人たちなに考えてんだよと思いました。
げんこうって言ったら原稿に決まってるって? 啓さん、あなたね、普通の……「普通の」もだめなんですか? じゃあ古着を扱って生計を立てている、本もめったに読まないぼくにとっては、「原稿」なんて単語、日常的に使う機会がないんですよ。とっさに脳内で変換できませんって。
 愛里咲さんの言いかたも悪いですよ。「げんこうを書きなさい」だったらぼくだって変換できましたよ。「やりなさい」だもんな。怒らないでくださいってば。奥さんの日本語の間違いには甘いんだな。はいはいわかりました。夫婦仲が良いってステキダナー。
 はい、あなたが売れない作家で愛里咲さんの夫だってことは、その時に知りました。滝谷さんが教えてくれたんですよ。いやあなたの本は読んだことないです。というか本自体読まないんですよ、ぼく。だって小説って消費じゃないですか。他人の人生を起承転結? 序破急? そういう物語のパターンに落としこんで、それを消費して楽しんでるわけですよね、読むほうも書くほうも。
 べつに否定する気はないです。すべての娯楽ってそういうものですから。スポーツ観戦が好きな人は試合を、あるいはアスリートという存在を消費する。アイドルが好きな人もアイドルを消費している。ぼくたちは他者を消費することなく生きることはできない。
 ようは自覚の問題なんです。他人を「物語」として消費するという行為に自覚的であってほしい。わかんないかな。じゃあこんな例えではどうですか。啓さんは「わたしは差別なんかしない」「わたしには差別意識がない」って言い切る人に会ったら、どう思います? こわくないですか? 差別意識は、すべての人間に備わっている。自覚しないかぎり、何度でも差別をくりかえす。歴史がそれを証明している。「わたしは差別なんかしない」と思ってる人は「わたし、ばりばり差別しちゃいます」という姿勢で生きてる人より、ずっと手ごわくて恐ろしいんですよ。なんせ自覚がないんですからね。
 なんの話でしたっけ。ああそう、自覚的であれという話でしたよね。ぼくが思うに、あなたにはその自覚が足りないんじゃないのかなって。『令嬢ルミエラ』、読みました。雑誌、あ、文芸誌っていうんですか? 小説誌? どっちでもいいんですけどとにかくそっちじゃなくて、最初に滝谷さんにわたした原稿のほう。問題ないかチェックしてくれって、渡したでしょう? あれをぼくに読ませてくれたんです、滝谷さんが。
 そのナントカ誌に載った時には、名前を変えてたんですよね。滝谷さんの名前も、『コメット』っていう店名も、ぜんぶ。
 いやでも知ってる人が読めばだいたいわかるでしょう、どこの誰の話なのか。わかってます、わかってますよ。あのマネキンのことは滝谷さんのほうからあなたに打ち明けて、「小説に使ってもいいよ」と許可したんでしょう? それもちゃんと聞いてきましたよ、ここに来る前に、本人から。
滝谷さんは優しい人です。あなたがネタに困ってるのを見て、そういうふうに言ってくれただけですよ。すこしでもヒントになれば、ってね。そんなこともわからないんですか。それをあなた、聞いた話をそっくりそのまま書きますかね。小説ってのはそんなにお手軽なもんなんですか?
(加納くん、手にしていたペットボトルをやや乱暴にカウンターに置く)

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