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『団地のふたり』書評|団地やネットにおける「価値」の変遷(評者:山崎ナオコーラ)

最新エッセイ『ミルクとコロナ』(白岩玄さんとの共著)に「江國香織や松浦理英子や藤野千夜などの作家にも憧れている(…)」と書かれ、兼ねてより藤野さんへの憧憬の念を示されていた山崎ナオコーラさんに、発売したばかりの『団地のふたり』を読んでいただきました。


これまでも、団地という建物になんとなく惹かれてはいた。そういう人は多いと思う。今でも団地には人気がある。私は、団地を見かけたら、「もしも、自分がここに住んだら、どんなふうに住もうかなあ。家族とこういう生活をして、もっと年を取ったらこういうインテリアにして……」と自分の生活と重ね合わせて想像してきた。

でも、『団地のふたり』を読んで、奈津子やノエチや空ちゃんみたいな友情で結ばれた生活、もっとご高齢のひとり暮らしの人たちの細くも長い繋がり、店を営む人たちの事情、自分とは似ていないキャラクターによる、自分には繋がっていない生活も思い描けるようになった。たとえば、ご高齢の人が団地付きの小さな庭でやたらと凝った園芸をしているのを見かけても、ニヤリとしてしまう。なんというか、「価値」を感じる。

自分ひとりの生活や想像の中においては、自分だけの価値観で大事なものが決まる。でも、集団生活の中では違う。団地の中で、ネットの中で、「価値」はどんどん変化していく。物語のおかげで、その集団にいない赤の他人でも、その「新しい価値」を尊いものだと感じられるようになる。

『団地のふたり』の“ふたり”とは、イラストレーターの奈津子と非常勤講師のノエチのことだ。幼なじみで、ふたりともアラフィフだ。それぞれ仕事を持っているが、のんびりとやっているみたいで、ほとんど毎日会っている。電車が苦手で、団地の中かその周辺で物語は回っていく。

奈津子はネットオークションやスマホのフリマアプリで物を売り買いするということに生活の多くの時間を使う。それを知った団地の人たちが「これ、売れるかしら」なんて具合にいろいろな物を持ち込んでくるので、代行して売ることもやる。それは仕事ではないわけだが、社会活動だ。ゴミのように見えていた物が時間の経過とよくわからない付加価値で思ってもみない売上になり、ふたりでちょっといいごはんを食べ、社会の中の「価値」をぐるぐる変化させていく。

ふたりが住む団地は築六十年以上というわけで、長い間「価値」を変化させてきた。老朽化のためもう新しい住人は迎えないらしいが、「価値」の変化はギリギリまで続く。そう、ネットオークションの値段が、ギリギリまでわからないのと同じように……。

小さな物語が、あの窓に、この窓に、見え隠れする。

小さな物語は、続くのだ。


山崎ナオコーラ(やまざき・なおこーら)
1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』でデビュー。その他の小説に『美しい距離』『ニセ姉妹』『リボンの男』などが、エッセイに『かわいい夫』『母ではなく、親になる』『ミルクとコロナ』(白岩玄との共著)などがある。目標は、「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。


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