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偏愛本紹介3月 また明日を祈る本

大量飛散
今が最盛期
10年に一度のレベル
これでピンとくる貴方、鼻にやさしいティッシュを進呈。
気がつけば鼻水。呼吸が辛い。顔が痛いし頭が重い。春の訪れを花粉で感じる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

出会いと別れの春。自分はいつ花粉症になったのだろうと記憶を探ると、高校時代に友人同士ティッシュの品評会を開いてはおススメの一品を自分の机にお守りのごとく置いていた記憶がふと蘇りました。なんだずっと前からじゃないと思いつつ、そんな出来事をすっかり忘れていた自分にも少し驚きます。
卒業間際の、今の日常が終わってしまうという叫びだしたいような寂しさ、ずっと連絡し合おうねと約束だけを頼りにする心もとなさ。

本にも似たような出会いと別れがあります。もっと一緒に物語に浸かっていたい、登場人物たちの世界にずっと続いてほしい。最後の頁なんてなければいいのに。今日はそんな思いを抱かせる、「また明日」の存在を祈ってしまう本をご紹介。


金環日蝕

阿部暁子著(東京創元社)
知人の老女がひったくりに遭う瞬間を目にした大学生の春風は、その場に居合わせた高校生の錬とともに咄嗟に犯人を追ったが、間一髪で取り逃がす。犯人の落とし物に心当たりがあった春風は、ひとりで犯人探しをしようとするが、錬に押し切られて二日間だけの探偵コンビを組むことに。かくして大学で犯人の正体を突き止め、ここですべては終わるはずだった──。《本の雑誌》が選ぶ2020年度文庫ベスト10第1位『パラ・スター』の著者が、〈犯罪と私たち〉を真摯かつ巧緻に描いた壮大な力作。

みんな幸せになってくれ。
最後の頁を読み終えた後、とにかく一心にそう願ってしまいました。本書はフィクションなので彼らは勿論実在していません。しかしあまりに生き生きと動くので、いまだ彼らの会話が聞こえてくるような気がするのです。とにかく会話がいいんです。例えばこんな感じ。

「何かほしいものとかないの?」
「それは正直百個くらいありますけど」
「それなら、おすしを食べながら考えてみたら? これ以上イクラを乾燥させるのは大罪だと思う」
「そうですね、現行犯逮捕されても文句は言えないです」

大学二年の春風と高校二年の錬が、ひったくりの目撃という奇妙な縁で知り合い、その後の情報共有という理由で初めて食事に出かけたシーン。年下の男子高校生となんて何を話せばいいのよと困っていたはずが全く気づまりになることもなく…。少し年上ぶる春風と、飄々としてユーモアと余裕のある錬の妙な相性の良さが伝わってきませんか?
コンプライアンス研修でよく耳にする「不正のトライアングル」。すなわち「機会」「動機」「正当性」が揃った時に不正は発生するという話ですが、へえ~と聞いていた話が本書で色と匂いと形を持って現れました。
詐欺という犯罪を軸に、「誰を」信じられるかという王道のミステリーと、「自分を」信じられるかという人間ドラマを掛け合わせた本作。
善意の行動が必ず善になるとは限らないように、愛情による行為が抜け出せない苦しみになることもある。どんなに居心地のいい場所でも入れ替えなければ空気はよどむように、幕切れは必須であるとわかってしまう。
著者の仕掛けがいたるところに散らばっているので、登場人物たちにこれ以上言及できませんが、彼らの選んだ結末が一陣の風となり、どうか幸せに導いてくれますように。どうか二人がお寿司を食べたり、たわいもない軽口をたたきあって、幸せに暮らしてくれますように。
頁を閉じて強く祈ります。


パリでメシを食う。

川内有緒著(幻冬舎)
三つ星レストランの厨房で働く料理人、オペラ座に漫画喫茶を開いた若夫婦、パリコレで活躍するスタイリスト。その他・規格外アーティスト、花屋、国連職員……パリに住み着いた日本人10人の軌跡。

2022年 Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞した『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』著者・川内有緒さんが2010年に出した作品です。2004年に渡仏した川内さんが、パリで出会った人々について書いた10編からなるエッセイ。
注目すべきは、「メシを食う」がグルメ話ではなく、単身日本を飛び出した人間がいかにして自分にメシを食わせるかという自活の話であるということ。そして登場する人々がけして“パリ好き”や“立身出世”の人ばかりではないこと。

料理人、スタイリスト、写真家、絵描き。作品で取り上げるのはいかにもパリらしいアーティスティックな仕事を生業にしている人が多く、「ほらやっぱり」と言いたくなるかもしれません。でもページをめくるとあら不思議。まるで同郷の知人が試行錯誤するような生活が綴られていました。パリという舞台で何かをなし得た人・なし得ようとしている人。成功と失敗がそれぞれあって、そして恐らく今後もその波は続くだろうと思えそうな人。強い目的と信念で舞台への切符を手にした人もいれば、結果的にパリがついてきたなんて人もいる。誰の生き方が最も尊いとかそんなことは考えず、ただ目の前を通り過ぎる人々を眺めるように、人の人生の軌跡を眺めてみる。そんな読書体験でした。
10ページにもみたない各人についてのエッセイですが、2023年のパリでもどうか元気でやっていてほしいと願ってしまいます。

「僕の生き方なんか誰の参考にもならないですよ。しょうもない人生ですから」
 そう言ったのはパリコレで活躍するスタイリストの人だ。もっと成功している人がいるから紹介しましょうか、とも言ってくれた。
「いえ、いいんです、私は誰かの参考になるような話やサクセスストーリーを聞きたいわけではないんです」
 そう答えると、彼は戸惑っていたが、私は内心嬉しかった。「しょうもない」話は一見すると「普通の人生」と呼ばれるような内容かもしれないが、その蓋を開ければ、二つとない話だということはわかっていた。

本書あとがきより抜粋


アンデッドガール・マーダーファルス

青崎有吾著(講談社)
吸血鬼に人造人間、怪盗・人狼・切り裂き魔、そして名探偵。
異形が蠢く十九世紀末のヨーロッパで、人類親和派の吸血鬼が、銀の杭に貫かれ惨殺された……!? 解決のために呼ばれたのは、人が忌避する“怪物事件”専門の探偵・輪堂鴉夜と、奇妙な鳥籠を持つ男・真打津軽。彼らは残された手がかりや怪物故の特性から、推理を導き出す。
謎に満ちた悪夢のような笑劇(ファルス)……ここに開幕!

実はわたくしはホラーが大の苦手でして、血みどろ系かな…?と本書を避けていました。あるときえいやと読んでみたら強烈に面白い。ハートのど真ん中を撃ち抜かれたのです。

「お初にお目にかかります。あたくし日本からはるばるやって参りました、“鳥籠使い”真打津軽と申します。名前は真打ですが器は前座というちゃちな男でございます、どうかお見知りおきを」

このうさん臭さ!痺れます。

著者は2012年に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞し、小説家デビュー。フェアプレイ精神に満ちたミステリーの書き手として名高い著者の作品らしく、対峙する謎のヒントはすべて読者に提示されます。そして“怪物事件専門”の探偵が解くだけあって、怪物の怪物たる所以が見事な伏線になり、なるほどこれは人間の出る幕はないわとこの舞台設定の面白さも際立ちます。
さらに少年漫画のような激しいバトルシーンに、隙あらば放たれる津軽の駄洒落と周囲からの辛辣なツッコミ。笑って考えてまた笑ってとページをめくる手と顔が大変忙しい作品です。
第一巻では吸血鬼と人造人間<フランケンシュタイン>が登場し、続く二巻、第三巻ではルパンにホームズ、オペラ座の怪人などみんなが知ってる怪物大集合とヒートアップ。
“鳥籠使い”一味の旅には明確な目的がありますが、いつまでも旅をし続けてほしいと願ってしまう、何年でも待つのでずっと書き続けてくださいと著者にお願いしたくなるとっておきのシリーズです。


終わりに

いかがだったでしょうか?
作品世界から抜け出したくない、そう思わせる素敵な作品を集めてみました。
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