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『令和枯れすすき』書評|一読忘れがたいほどの衝撃(評者:豊﨑由美)

朝倉かすみさんの短編シリーズが始まりました。
その第一作目『令和枯れすすき』を、朝倉作品の愛読家である書評家の豊﨑由美さんに読んでいただきました。

 早川千絵の監督・脚本作『PLAN75』が、第75回カンヌ国際映画祭でカメラドール特別表彰という栄誉に輝いた。75歳以上が自らの生死を選択できる架空の制度を媒介に、社会的弱者に易しくも優しくもない現状に大きな「?」を投げかける問題作だ。でも……、正直言うと、還暦を迎えたわたしは老後が不安でたまらず、「PLAN75」が実現されてほしいと願ったりもしている。ニッポンはもう、長生きしたいと思えるような国ではない。
 長篇『にぎやかな落日』(光文社)で、80代女性の心の声に耳を澄ませ、記憶の結び目を優しくときほどき、笑いや涙、いろんな感情を喚起させる文章で「老い」を深く豊かに描いた朝倉かすみの短篇「令和枯れすすき」は、それとは一転、「老い」の始末を見つめて一読忘れがたいほどの衝撃を与える物語になっている。
 語り手は20年以上働いた勤め先で人員整理の憂き目にあい、時給1000円で派遣の仕事を受けている53歳の〈わたし〉。かつて結婚していたものの、37か8くらいの頃、夫がよそで子供を授かったために離婚。以来、独りで生きている。作者はそんな端から見て幸福とはいえない〈わたし〉の過去と派遣社員として働く現況、老いていく自分と向かい合う日々を丁寧に描いていくのだけれど、〈あのね、つっとのおうちの話なの〉という不思議な声と手描きの地図に導かれて、〈わたし〉がおんぼろ平屋にたどり着く物語冒頭の不穏な気配をたたえたエピソードには、なかなか触れようとしない。
 週に一度、事務所で現金でもらうことにしている日給。そこで出会った変わり者として有名な〈あの人〉。〈その場に居合わせた人たちの関心を引くために、わざわざちょっとだけ奇妙な動きをしているように見えた。あるいは、本心から話し相手を探しているように見えた。そして、始終そわそわと動いてなければいられない、やむにやまれぬものを抱えているようにも見えた〉その人に、〈わたし〉はある日、〈似たもの同士〉として見込まれることになるのだ。
 年齢より若く見えるから、派遣先では〈「掃き溜めに鶴」感を強めたくて、わざわざ年長者グループに交っていった〉。でも、いつのまにか「生き生き」とは正反対、〈「死に死に」と日を送っていた〉。そんな〈わたし〉の何を〈あの人〉は見込んだのだろうか。それはこれからこの物語と出合う人のために明かさない。ただ、これだけは言いたい。冒頭の謎めいたエピソードの全貌が明らかになった時、ショックを受ける人は多いかもしれないけれど、〈あの人〉も〈わたし〉も自分で自分の始末をつけるという考え方を不幸とも間違っているとも思ってはいない、と。そこだけは読み落としてはいけない作品なのである。
 わたしはこの短篇を読んで以来、自分にとってのおんぼろ平屋を夢みていたりする。そんな自分をとりたてて不幸とも思わない。

豊﨑由美(とよざき・ゆみ)
1961年生まれ。ライター、ブックレビュアー。
「週刊新潮」「中日新聞」「DIME」などで書評を連載。著書は『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(以上アスペクト)、『ガタスタ屋の矜持』(本の雑誌社)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『文学賞メッタ斬り』『百年の誤読』(以上、共著、ちくま文庫)、『勝てる読書』(河出書房新書)、『読まずに小説書けますか』(共著、メディアファクトリー)、『石原慎太郎を読んでみた』(共著、原書房)など多数。近著に『「騎士団長殺し」メッタ斬り!』(河出書房新社)などがある。
「新刊が出たら必ず読」むという、朝倉かすみ作品の愛読者。

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