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【冒頭15,000字を大公開!】やがて殺人に至る重婚の背景には…『死が三人を分かつまで』

2022年6月、アメリカはテキサス在住の作家ケイティ・グティエレスが本書で長編デビューしました。彼女の作品は8ヶ国語の翻訳権が獲得され、熱い期待を寄せられています。
 
1980年代、累積債務問題やオイルショックといった経済問題の結果失業率が11%近く上昇したアメリカ。メキシコとの国境の街ラレドは影響色濃く、希望に満ちた家庭にも暗雲が漂いました。
本書は回想の80年代と現在2017年を行き来しながら、なぜ一人の女性が重婚を犯し、その罪が殺人事件にまで発展したのか胸の内に迫ります。

第1部、第2部、そして第3部と読み進めるうちに印象を変える人物たち。
試し読みでは、売れない犯罪実話ライターのキャシーが2017年にこの事件を知り、取材に始めるに至ったシーンをご覧いただけます。いったいなぜ……?その先はぜひ本文にてお楽しみください。

■著者・訳者紹介

ケイティ・グティエレス
テキサス州立大学MFA文芸プログラムを修了後、『タイム』『ハーパーズ バザー』『ワシントン・ポスト』などの紙誌に寄稿。テキサス州ラレード出身、現在は夫と子供二人とともにテキサス州サンアントニオ在住。本作で長編デビューを果たす。

池田真紀子(いけだ・まきこ)
英米文学翻訳家。訳書にジェフリー・ディーヴァー「リンカーン・ライム」シリーズ、ジョセフ・ノックス『スリープウォーカー』、チャック・パラニューク『ファイト・クラブ』『サバイバー』、ミン・ジン・リー『パチンコ』など。

■あらすじ

2017年7月、売れない犯罪実話ライターのキャシーはひとつの記事に目をとめた。テキサス州南部の地方紙が、1986年8月に起きたアルゼンチン人男性銃殺事件の背景を探っていた。二人の男と重婚した女性ローレ、彼女の夫によるもう一人の夫の殺人。全ての原因となったローレは取材を拒否していた。もし彼女の視点で事件を書けたら? キャシーはローレに接近し、事件当時のことは話さない条件で取材権を得た。共に秘密を抱えた二人の女性の対決はやがて……。フーダニットを巡って手に汗握る実録系サスペンスの怪作!

■本文

第1部
 
キャシー
二〇一七年
 
 私がドロレス・リヴェラの事件を知ったのは、母が死んで十二年が過ぎた年だった。母は死んだといっても、消えてしまったわけではなかった。影のように、いつだって私のそばにいた。光の当たり方によって黒く長く伸びる影のよう、振り払うことも手を触れることもできない影のように。
 母は誰からも愛された。小学三年生を担当する教師だった。あるとき教室でこう話したことがある。歴史とは、権力を誇り、それを維持したいと願う人物によって綴られるものだと。「教科書を読むときは、その話を語っているのは誰なのか、あなたがそれを信じるとその誰かにどんな得があるのかを意識しましょう」。クラスメイトは、教育の欺瞞ぎまんを指摘した母に恐れ入ったように私のほうを振り返った。母が自分の母親であることが誇らしくて、私はひとり微笑んだ。私はあの母の娘なのだ。
 毎週金曜の夜になると、ざらりとしたツイード張りのカウチに母と一緒に寝そべって『デイトライン』の犯罪特集を観た。お気に入りの青い膝掛けのタッセルのもつれをほどこうとして互いの手が触れると、隠れてちょっとした悪さをしている現場を見られたときのように、小さく笑って照れくささを隠した。それから並んでカウチに落ち着き、突き出た顎ときまじめな目をした司会者のストーン・フィリップスが画面に現れ、この世に無限に存在する、人と人が傷つけ合う手段の一例を紹介するのを待った。一九九〇年代なかばのこのころ、私はオクラホマ州の小さな町イーニッドに住んでいて、九歳の誕生日はもう少し先だった。私の日常はまだ平凡だった。その平凡さこそが貴重だったと思える日がまもなく来ることを知らずにいた。だから、『デイトライン』のカメラがパンして、ブロンドの女性のいろいろな写真が映し出されると、胸をときめかせてそれに見入った。自分が遠からず悲劇的な死を迎えることになるとは露知らず、にこやかな笑みを浮かべて自転車にまたがり、あるいはウェディングケーキにナイフを入れようとしている被害者の写真の数々。いまはもう死んでしまった被害者の在りし日の姿に、私は自分を重ね合わせた。テレビカメラは、私をどんな風に映し出すだろうと想像を巡らせた。母に抱き寄せられるたび、母がこっそり吸っている煙草のにおいやチョークの粉のにおいが鼻をくすぐった。いま思えば、あの快感がすべての始まりだったのかもしれない。手触りの粗いツイード張りのカウチと母のぬくもりという安全圏に留まったまま危険に満ちた別世界を探索し、簡単には吹き飛ばない煉瓦の家の壁のすぐ外までオオカミが迫っていることに、ぞくぞくするような快感を覚えたあのひとときが。
 ただ、オオカミがその内側に住んでいたら、煉瓦の壁も身を守る役に立たない。
 のちに『デイトライン』を母と一緒に観なくなると─母と一緒に何かすることがいっさいなくなると─私はイーニッド公立図書館に通って実話ベースの犯罪ノンフィクションを一度に三冊か四冊借り出し、密輸品か何かのようにバックパックに隠して家に帰った。トルーマン・カポーティの『冷血』や、マンソン・ファミリーの犯罪を描いた『ヘルター・スケルター』をむさぼり読んだ。同年代の男の子なら、ポルノ雑誌を食い入るように見ながら毛布の下で手を動かすのだろう。私も自分の手で何かをつかみたかった。いかがわしい知識や洞察を自分のものにしたかった。誰かの指紋がべたべたついたビニールカバーに掌をすべらせた。貸し出しカードに並んだほかの名前を一つずつ確かめた。ジェニファー。ニコル。エミリー。みな私と同じように、毛布が作る黄金色のドームの下で連続殺人犯の物語を読みふけったのだろうか。壁の向こうからにじみ出るように聞こえてくる父親の声よりもっと恐ろしいものが世の中にはあると知って、勇気づけられただろうか。
 高校に入ると、私が犯罪実話に注ぐ他聞をはばかる病的な関心は、明確な目標に昇華した。第一の、そして最大のハードルは、オクラホマ州イーニッドを離れることだった。大学に行く。ジャーナリストになる。長年にわたって私がむさぼってきたような本を書く。私をむさぼってきたような本。人間の一番醜い一面に光を当て、〝なぜこんなことが起きたのか〟と問うような本。
 ドロレス・リヴェラと私の人生が交差したその年、私の原稿がついに雑誌『ヴァイス』と『テキサス・マンスリー』に採用された。しかし犯罪ノンフィクション作家志望のライターとして最大の実績は、テレビ局H2Oが運営するブログにパートタイムで執筆する仕事だ。そのころH2Oは、市場リサーチの結果を受け、低予算ロマンス映画から犯罪ドキュメンタリー・シリーズに軸足を移そうとしていた。女性視聴者はどうやら、町のアイススケートリンクや干し草ロールが転がる農場で出会った白人の美男美女の恋愛ドラマには食傷しているらしい。代わりに、スケート靴のブレードで何度切りつければ相手を殺せるのか、農業地帯の田舎町に埋められた死体は本当に見つからないままになるのかを知りたがっている。しかも彼女たちの食欲は旺盛で、テレビで〝二十四時間ぶっ通しの犯罪番組〟をながめるだけでは飽き足らず、〝ネットでいま一番注目されている事件〟のまとめ記事まで読みたがる。ありきたりの射殺事件ではつまらない。求められているのは、目先の変わった事件だ。そこで私の出番となる。
 週に十五時間、時給十三ドルでウェブの隅々までさらい、目の肥えた読者の注意を引いてクリックを誘えそうな殺人事件を探した。全国紙と地方紙を読み、Redditの犯罪実話掲示板とそこに並んだスレッドに目を通し、洞窟探検家のように4chanの掲示板の底までもぐって人の汚辱を物色した。〝殺人〟〝バラバラ〟〝誘拐〟〝契約殺人〟といったキーワードでグーグル・アラートを設定した。毎朝、目が覚めると、私のインボックスは砂時計をひっくり返したように情報であふれていた。
 ネット受けが一番いいのは、猟奇的な殺人事件で、しかも犯人の手際の華麗さ、または愚劣さが際立っているもの(後者の例がはるかに多い)。さらに、その大半がもう一つの共通点も備えていた─被害者は女だ。被害者が女である殺人事件は全体の四分の一ほどだが、女を殺すのは大半が男だ。そして男が同じ男ではなく女を選んで殺す場合、クリエイティビティが遺憾なく発揮される。弓のこ。生き埋め。小型セスナからの謎の失踪。私が投稿しているような犯罪実話ブログで閲覧数ページビューを稼ぐのは、そういう事件だ。
 その金曜日の朝、私が投稿したうちで最高のページビューを記録したのは、フロリダ在住の男が前妻の頭を電動工具で殴殺した事件の記事だった。犯人の男は、別の男性と浮気している現場を被害者である前妻に・・・・・・・・・見つかって犯行に及んだ。殺害後、前妻の手足を切断して酸に浸し、ほかの部分は二十リットル入りの釣り用バケツで運べるサイズに小分けにして、湿地で野生のワニに食わせようとした。ところがワニの食欲を刺激したのは、犯人の男の血の通った手足のほうだった。背に腹は替えられず、男は電話で救急隊に助けを求めた。重傷を負いながらもバケツのおぞましい中身を処分しようと試みたが、そのさなかに救急隊が駆けつけてきた。記事には〈因果応報、ざまあみろ!〉との趣旨のはしゃいだコメントが多数寄せられた。
 読者はいったいどんな人たちなのだろうと考えを巡らせてみることがある。市場リサーチを信じるなら、その大半は女性だ。私がまとめた記事をスクロールするとき背筋を駆け抜ける快楽を、当人たちはどんな風に解釈しているのだろう。他人が山火事のように炎上するのを傍観していると、自分の不幸がマッチの炎程度に思えてくるのだろうか。暴力犯罪は、自分のなかに抱えこむしかない苦しさに、ある種の言語を与えるのだろうか。
 そういう側面もないわけではないと信じたかった。そうでなければ顔を持たない血に飢えた人々に向け、見知らぬ他人の悲劇を戦利品のように差し出す自分がまるでハイエナのように思えてくるからだ。ばらばらにされて釣り用バケツに詰めこまれた被害者は、かつて一人の生きた人間だった。彼女の乳歯は、いまもどこかの抽斗ひきだしに大切にしまいこまれているかもしれない。母の死後に見つかった古びたフェルトの宝石袋から、私の乳歯が出てきたように。
 こんな仕事に、誇りなど持てるわけがない。
 
 婚約者の家族と過ごす予定だった独立記念日の週末、そろそろ荷造りを始めなくてはと時計をちらちら気にしているところに、グーグル・アラートが届いた。〈彼女の秘密の二重生活─ある女の重婚がいかにして罪のない男の殺害につながったか〉。
 女が殺される事件にすっかり慣れきっていたから、見出しを読み違えたのだととっさに思った。それから好奇心を刺激された。ちくりと、鋭く。
 それは『ラレード・モーニング・タイムズ』の記事だった。ラレードは、私がいま住んでいるテキサス州オースティンから南へ車で数時間の距離にある街だ。私はリンクをクリックした。大見出しとモノクロの家族写真が二枚、画面いっぱいに表示された。写真の境目に、引き裂かれたようなぎざぎざのデザインが入っている。一枚めは、キャプションによると一九七八年に撮影された写真で、ファビアン・リヴェラとその妻ドロレスが巨大なはさみで何かのイベントのテープカットをしている場面をとらえていた。ドロレスの黒い巻き毛は小さな羽根飾りのように左右の耳を取り巻いていて、顎まで届く大きなイヤリングが耳もとで揺れていた。大きな肩パッドが入ったスカートスーツを着たドロレスは笑みを浮かべ、頰の肉が丸く盛り上がっている。夫のファビアンを見上げようとしているのか、顎を軽く持ち上げていた。ドロレスの隣でカメラをまっすぐ見つめるファビアンの口角と目尻も控えめな笑みを作っていた。夫妻と並んで黒髪の双子の少年が立っている。キャプションによればガブリエルとマテオだ。人差し指と中指で作ったVサインで両親の頭に〝角を生やす〟いたずらをしている子供のように、二人は楽しげに笑っていた。
 もう一枚は一九八四年の写真だ。写真スタジオで撮影した家族のポートレートで、背景に安っぽいクリスマスの飾りが見える。盛大に飾りつけられたモミの枝の上で掌くらいある大きな雪の結晶がきらきら舞っていた。一枚めと同じ女性、ドロレスは、こちらの写真では別の男性にもたれかかっていた。キャプションによるとアンドレス・ルッソという名の男性で、大きな笑みを作り、右腕をドロレスの肩に回している。ドロレスの手は、十代なかばくらいの笑顔の少女の肩に置かれていた。少女は格子縞のスカートにルーズなソックス、ドクターマーチンのブーツという出で立ちだ。その少女と並んで十歳か十一歳くらいの少年がいて、黒っぽいフレームの眼鏡の奥で目を見開いていた。
 どちらの写真でも、カップルのあいだに不和の種がありそうには見えない。といっても、私の両親は別れる直前まで、家族そろってファヒータを食べる〝ファヒータ・ナイト〟には、いつも仲よく並んでタマネギやピーマンを刻んでいた。車に乗れば手をつなぎ、イーグルスの曲に合わせて一緒に歌っていた。結婚記念日になると、かならず二人のなれそめを聞かされた─冬の雨降りの夜、急にアイスクリームが食べたくなった十九歳の少年と少女がバスキン・ロビンスの店で運命的な出会いを果たしたのだと。
 何事も、見かけは当てにならない。
 私は冷めたコーヒーを一口飲んで、その記事に目を通した。

 ペネロペ・ルッソがのちに継母となって自分の人生を一変させるドロレス・リヴェラと初めて会ったのは、十五歳のときだった。一九八三年十二月のことで、その日、ペネロペの父アンドレスがメキシコシティに所有していたアパートの一室で、ドロレスと一緒にクリスマスツリーの飾りつけをしたという。当時十二歳だった弟のカルロスが本物にアレルギーを持っていたため、クリスマスツリーは小ぶりの作り物だった。飾りつけは二十分ほどで終わり、四人はチュレリア・エル・モロに出かけてホットチョコレートとチュロスを楽しんだ。
 父アンドレスがこの新しい女性に夢中になった理由は、ペネロペにもすぐ理解できたという。ドロレスは三十三歳にしてテキサス州ラレードに本店を置く銀行の執行役員の重職にあり、メキシコペソが大暴落するなかでも失業せずにいた。頭の回転が速く、人好きのする性格で、茶色の瞳は明るく輝き、ドロレスが笑うと周囲もつられて一緒に笑い出すような人だったとペネロペは話す。 
 しかし、それは思い出すにつらい記憶でもある。ドロレスのことを思うと、裏切られた痛みや、自分が信じていた─愛していた・・・・・ ─人物の言葉はどれも偽りだったと知らされたときの衝撃まで蘇ってくるからだ。 

 ここまで読んだ時点で、私の好奇心は変異を始めた。手や足が生え、知りたがりの指が伸びてもぞもぞと動き出す。私のなかにいまも残る母の断片が、異なる極の接近を感知した磁石のように小刻みに震え始めたのが目に見えるようだった。
 もっと詳しく知りたい。
『ラレード・モーニング・タイムズ』のツイッター・アカウントは閑散としていたが、フェイスブックページはにぎわっていた。地元ラレードの読者がみな同じハッシュタグを付けて、ドロレスと接点を持つ人がいかに身近にいるかを競うように投稿していた。「私のおばさんが昔ドロレスと同じ職場にいたんだって」「うちのお父さん、高校時代にデートを申し込んだことがあるみたい」「何年か前にサン・ベルナルド通りの橋の手前にあった銀行の広告の人、あれドロレスじゃない?」「旦那さんたちに同情しちゃうポブレシートス・ロス・エスポソス。だって考えてもみてよ!」「ひどいなケ ・アグイテ、子供たちは引き離されちゃったってこと?」「えー信じられない、すぐ近所の人だよ。ジャングルみたいな庭でよく水撒いてる」。投稿の半分くらいは英語、もう半分はスペイン語まじりの英語スパングリツシユや完全なスペイン語で、グーグル翻訳にかけなければ意味がわからないものもあった。
 そこにときおり明らかな部外者のコメントが加わった。プロフィール写真がアメリカ国旗の男性は、「このオバハンあっちはまだ現役なのかな」と書き、釣り用の帽子をかぶった赤ら顔の白人男性は、「これだからメキシコ人どもはよ」と悪態をついた。ザーメン臭い地下室から珍しく這い出てきた〝非モテ〟で被害者意識の強いインセル男と思しきコメント主は一人ではなく二人もいて、「だから女は残らず性奴隷にしてくべきなんだ、罪のない男を守る方法はそれしかない」と書いている。こういった投稿に対しては、多くの女性が「非モテはいいから一人でシコってなよ。どうせ誰にも相手にされないんだから」という趣旨のコメントを投げ返していた。
 理知的な言論とはいいがたい。
 ドアがきしむ音がして玄関が開いたとき、私は仕事場を兼ねた灰色のラブシートにまだ座っていた。「いけない」小声でつぶやいて時計を確かめた。四時を回っていた。オースティンから私のフィアンセの家族の農場まで、渋滞していなくても三時間半かかる。ちなみに、渋滞していないときなどまずない。その日のディナーは八時からの予定で、それまでに行く約束をしていた。なのに私は荷造りを始めてさえいなかった。
「やあ、美人さん」デュークの声が聞こえた。顔に浮かんでいた笑みは、開いたままの私のノートパソコンや靴下履きの私の足に気づくなりすっと消えた。
 私は玄関まで迎えに出た。「訊かれる前に白状すると、出かける支度はまだできてない」
 デュークは肩幅の広いがっしりした体つきをしていて、肌は汗でうっすらと濡れている。キスをすると、スモーカーグリルの煙とはちみつの香りがした。
 デュークは遅刻を嫌う。それは酪農場で子供時代を過ごした結果らしい。乳搾りをサボると、牛や山羊は乳房の痛みに苦しげな声を上げ、足を踏み鳴らす。その苦しみの原因はサボった自分だ。だからデュークはいまでも、やらなくてはいけないことはやらなくてはならないタイミングでかならず片づける。つきあい始めたころ、私はデュークのそんなところが大好きだった。約束したとおりの時間にちゃんと電話やメッセージをくれるし、迎えに来てくれる。ただしこちらにも〝うっかり〟の余地がない。
「仕事で」デュークの瞳にまたかという苛立ちが閃いたのに気づいて、私は言い訳のように付け加えた。
「そうか」デュークは表情をやわらげて冷蔵庫をのぞき、帰省しているあいだに悪くなってしまいそうな食品がないか確かめた。「前に言ってたアントンの回想録? あれは読むのが楽しみだな」
 デュークは、犯罪と関係のない仕事にはいたって協力的だ。私の犯罪へのこだわりは、デュークの目に病的と映っている。そのときの気分によって高尚なドキュメンタリーから『フォレンジック・ファイルズ』まで、犯罪ドキュメンタリーなら何時間でも一気見するなんて病的だし、黒い表紙にやけに長くて太い文字が並んでいるような本をナイトスタンドに積み上げているのも病的で、ウォーキング中に聴いているポッドキャストもやはり病的だ(『シリアル』のエピソードをもう一つ聴きたいがために、湖畔を十二キロ歩き続けたこともある)。眠れないと真夜中でも掲示板を開き、ウサギ穴に落ちたアリスみたいにすぐには戻ってこられなくなるのも。私のデスクには〈おもしろそうな事件〉というラベルがついたフォルダーがいつも置いてあり、切り抜きやスクリーンショット、叩き台となるリサーチ結果が放りこまれている。そのほかにも週に十五時間、ブログ記事を執筆している。
 とはいえ、デュークが育った環境を考えれば彼の感覚にも納得がいく。デュークの両親は結婚四十年になるいまでも手をつなぐし、日曜になれば息子に電話をかけてくる。生クリームや山羊の乳で作ったヨーグルト、はちみつ、ジャムをクール便で送ってくれたりもする。きょうだいのグループチャットをのぞいてみると、大量の写真、ネットでバズっている画像やフレーズ、日々の近況報告であふれ返っていて、チェックが追いつかないくらいだ。彼の子供時代の思い出話を聞いていると、鏡のように輝くまで馬の脇腹にブラシをかけたとか、夕飯を知らせるベルが聞こえるまで外で遊んでいたとか、浮世離れした世界だった。デュークの家族と実際に会ったあとも、私は子供時代の恨みやトラウマがどこかに隠れていやしないかとデュークの話をつぶさに点検した。何一つ見つからなかった。デュークは子供みたいに素直で純粋な人だ。私はデュークのそういうところを愛している。けれどデュークは、素直で純粋であるがゆえに、人はすべて生まれつき善良であると信じていて、その信念を覆すような証拠から目をそらす。私は二度と不意打ちを食らいたくないから、証拠を直視する。夢まで血で染まろうと、やはり直視する。
「アントンの原稿なら、先週のうちに送っちゃった」私は言った。「今日のは違うの。ある女性の─ある母親の記事を見つけて。八〇年代の話でね、別々の男性と二重に結婚してたのに、誰にも気づかれなかったらしいのよ。でも最後に夫の一方がもう一方を殺しちゃった」
 デュークは鼻息とも笑いともつかない声を漏らし、いやな臭いを漂わせかけているハムの塊をくず入れに放りこんだ。「ときどき思うことがある。たまにはなんていうことのない仕事の進み具合を聞いてみたいなって」
「二重の結婚生活を維持するなんて、そう簡単にできることじゃないわよね」私は記事の話を続けた。ノートパソコンの電源を落とす。「それに、動機が不思議じゃない? 女が─子供を持つ母親が、どうして重婚なんかしようと思うわけ? 母親だからって、いつも子供を最優先するとはかぎらないけど」─これは経験から知っている─「百歩譲って子供を最優先しなくちゃならないとしても、それとこれとは別でしょ」
「たしかに、首をかしげたくなる話だね。ところで、キャシー─」デュークは鍵束をちりちりと鳴らした。本人は気づいていないが、何か言いにくいことがあるときの彼の癖だ。
 私はどきりとして顔を上げた。「何?」
 デュークは、部屋の奥の壁際にしゃがみこんでコンセントから充電器を抜こうとしている私のそばまで来た。「最近、まともにお互いの顔も見られないくらい忙しかっただろう。この週末くらい、仕事は忘れられないかな。パソコンは家に置いていかないか。殺人抜きの週末にしよう」
 私は笑った。でも、充電器から手を離さなかった。仕事は忘れようなんて簡単に言ってくれるけれど、私とデュークでは事情が違う。デュークの場合、牛の肩バラ肉ブリスケツト〔牛肩バラ肉で作るテキサスの代表的な薫製バーベキュー料理〕を実家の農場でスモークして、フードトラックで販売しようと思っても無理なのだから。それに、週末のあいだに何かトラブルがあってサルから連絡が来れば、デュークだってさすがに電話に出るはずだ。フードトラックがデュークの商売なら、私の場合は犯罪が商売だ。まあ、そう胸を張れるものではないけれど。
 それでも、デュークの言うとおりではある。ここ何週間か、一度に短時間ずつしか一緒に過ごせていなかった。二十分だけの休憩時間にフードパークで晩ご飯を食べたり、頭を使わずにすむ映画をネットフリックスで観たり。あとは、朝になればあれは夢だったかと思うような、半分眠った状態でするセックスとか。
「わかった」私は溜め息をついて充電器を床に置いた。手足をもがれたような奇妙な感覚に襲われた。「わかった。家族だけの時間にしよう。殺人はなし。約束する」
 
 州間高速道路三五号線は、思ったとおり、ここは駐車場ですかと言いたくなるような大渋滞だった。デュークは私を責める言葉をぐっとのみこみ、家族のグループチャットに、先に食事を始めていてくれとメッセージを送っておいてと言った。私はといえば、ドロレス・リヴェラのことを携帯電話で調べたくてたまらなかったが、その衝動をぐっとのみこんだ。空が夕暮れの色に染まりきるころには二人とも肩の力を抜き、手をつないで、ハネムーンはどこに行こうかと夢想にふけった。ラオスの食べ物は最高にうまいらしいよとデュークは言い、私は何かで読んだアイスランドの氷河ハイキングの話をした。実現できるかどうかは度外視して、二人で夢物語に酔った。私たちは無一文だし、結婚式自体の計画さえまだ何一つできていなかった。
 ようやく農場に着いたのは九時前だった。横木を四本渡した白い柵をぐるりと巡らせた面積百五十エーカーの農場の入口には、〈マーフィー・ファミリー農場 一九八五年創業〉と刻まれた石の銘板が立っている。デュークのピックアップトラック、フォードF-150は、車体を大きく揺らして荒れた砂利道を進んだ。三方が薄い金属板でできた山羊小屋の前を通る。そこにいる山羊たちは、高さがまちまちの寝棚で眠っているサマーキャンプの子供みたいだ。産卵用の雌鶏が三百羽いる小屋、牛用の牧草地、柵囲い、厩舎の前を通り過ぎ、艶やかな赤い搾乳小屋、白い鉄板でできた貯蔵倉庫の前を通り過ぎた。貯蔵倉庫には、搾りたての牛乳や産みたての卵、旬の野菜、デュークのお母さんのキャロラインが手作りしたラベンダーの香りの石鹼やキャンドルが保管されている。そのすぐ奥にあるのが母屋だ。家をぐるりと囲んだポーチには煌々と明かりが灯り、二人乗りのブランコや揺り椅子が並んで、夜が更けるのを気にせずお酒を楽しむ夕飯後の一時を待っていた。ここでは不思議といくらでもワインを飲めてしまう。しかもどれだけ飲んでも和やかな雰囲気のままで。私はいまだそれに慣れていない。
 玄関を入ったところで靴を脱ぎ、傷だらけのベンチの下にそろえて置いた。足裏に触れる幅広の床板はすべすべで、いい具合にくたびれたサフラン色や黄土色のラグが室内の雰囲気をやわらげていた。私たちは笑い声と話しを頼りにダイニングルームに向かった。デュークのおじいさんが第二次世界大戦に従軍する前に手作りした長い素朴なテーブルに、一家全員がそろっていた。テーブルには麻のプレースマットや打ち出し細工の銅の塩入れとコショウ入れがセットされ、栓を抜いたワインのボトルが何本か並び、焼き立てのパンとバターを食べた痕跡はあったが、料理は出ていなかった。私たちを待っていてくれたのだ。この一家なら当然だろう。
「あ、来た来た!」デュークのお母さん、キャロラインが立ち上がった。両耳に三つずつ着けたシルバーのイヤリングが、木製のシャンデリアの淡い光を跳ね返した。金色のショートヘアは逆立ててある。ハグを交わすと、キャ
ロラインの筋肉質で力強い腕に包みこまれた。キャロラインは次にデュークをハグしてから、デュークのお父さんに向き直った。「アルフ、お料理を出すのを手伝ってもらえる?」
 アルフはキャロラインよりも線が細い印象で、物腰も柔らかい。カイゼル髭は銀色だ。アルフはかぶっていたカウボーイハットを壁のフックにかけてからキャロラインに答えた。「喜んでお手伝いしましょう」
「先に始めてくれって言ったのに!」デュークが抗議した。
 妹のアリーが目をぐるりとさせて微笑んだ。「待ってるに決まってるでしょ」
 二十五歳のアリーは小柄で、きりりと端整な顔立ちをしている。瞳の色は青、張りのある頰にはそばかすが散っている。下の妹のステファニーはノースウェスタン大学の二年次に在学中で、聞くところによると、来年大学進学予定の一番下の弟カイルを、また一緒に学校に通いたいからという理由でノースウェスタン大学に願書を提出するよう説得中らしい。
 五分後、私とデュークは、アリーとデュークのお兄さんのディランにはさまれた席に落ち着き、ハーブをすりこんだチキン料理にナイフを入れていた。チキンはとろけるように柔らかくまだ温かかった。ディランはアリーが最近出場した馬の障害レースの成績を誇らしげに報告した。アリーは褒め言葉をにこりともせずに受け流した。「みんな私たちが勝つなんて思ってなかったみたい」。話題があちこちに飛びながらも、くつろいだ会話が続いた。フードトラックはうまくいってるの、デューク?─そうだキャシー、この話、デュークから聞いたことある?─ねえ、誰かポテトをこっちに回して─母さん、今回はコーヒーミルク用意しておいてくれた?─食品棚が空になったら補充しておいてよね─子牛はいつ生まれそうだって?
 この家に来るのは、働きづめの一日を終えてベッドにもぐりこむのに似ていた─温かくて、ほっとできて、快適で。その一方で私は、デュークと一緒にオースティンを出発して以降も、フェイスブックのドロレス・リヴェラの記事ページのコメントはまだ増え続けているだろうと、気になってしかたがなかった。あの記事は何回シェアされただろう。記事の末尾にイタリック体で小さく添えられていた断り書き─〈ドロレス・リヴェラは当社の取材を拒否しました〉─に目を留め、〝チャンス〟と頭のなかで読み替えたライターは、私一人ではないはずだ。
 私は記事を読むなりこれはチャンスだと思った。めったにいない女の重婚者。しかも、最終的に殺人事件にまで発展しているのだ。当人にじかに取材し、その視点で記事が書けたら─? 大スクープだ。特大のスクープ。『ハーパーズ・マガジン』に掲載してもらえるような。『ニューヨーカー』に掲載してもらえるような。カポーティの『冷血』は、もとは『ニューヨーカー』誌の連載だった。長編の犯罪ノンフィクションを一冊出版できれば、ノンフィクション作家として第一歩を踏み出せるだろう。もうブログにはうんざりだ。一文無しの生活にも。毎週金曜の午後、原稿料の支払期日を過ぎた案件一覧をチェックし、こちらの言い分をきちんと伝えつつも編集部のブラックリストに載らないよう丁寧な表現を駆使して〈念のための問い合わせ〉メールを送るのにもうんざりだ。今度の木曜日、家賃の支払期限までに少なくとも五百ドルの入金がなければ、またしてもデュークに相談しなくてはならない。二人で何とかしようとデュークは─またしても─言うだろう。共同口座を開設しようと─またしても─提案するだろう。必要な生活費を全部まとめて一つの口座から支払うほうがずっと簡単じゃないか。ストレスも減るよ。たしかに、世の中にはそういう人もいるだろう。私がその一人だったらどんなによかったか。でも、二人の財布を一つにするなんて、私に言わせれば生き埋めも同然だ。
「キャシー?」デュークが私の手を取り、マーキスカットのサファイアを親指の腹でなぞった。その指輪はデュークのおばあさんの形見で、一つの家族の歴史の重み、記憶と絆の重みを絶えず私に感じさせた。私はどこかに属していると思わせてくれた。「きみはどう思う?」デュークは笑顔で訊いた。
「ごめん」私はあわてた。全員の目が私に集まっていた。「どう思うって、何が?」
 デュークが歯を食いしばるのがわかった。「母さんの提案だよ─」
「提案だなんて、そんな大げさな!」キャロラインが両手を振る。「ちょっと思いついただけよ。断るなら断ってちょうだい」
「母さんが言ってくれたんだよ」デュークは表情をやわらげた。「式はこの農場で挙げたらどうかって」
 デュークのプロポーズから七カ月が過ぎていた。小さく揺れる観覧車の凍てついた座席。眼下に広がるクリスマス前の恒例イベント〈トレイル・オブ・ライツ〉の色鮮やかなイルミネーションに彩られた並木、夜空にきらめくオースティンの街の灯。優しい記憶に胸がうずいた。あのとき私は泣きながらイエスと答えた。
 でも、結婚式にかける費用の全国平均は三万五千ドルだ。そんなお金をぽんと出せる人、またはたった一日のイベントのためにそんな額の借金を進んで背負う人がいったいどこにいるのか。〈デイヴィッズ・ブライダル〉のオンラインショップをおそるおそるのぞいてみたが、セールになっているドレスでも七百ドルもした。式場を予約すれば、その時点で前金を請求される。私たちにそんなお金はない。だから挙式の計画は行き詰まっていた。
 ところがキャロラインが完璧な解決法を申し出てくれた。なぜいままで思いつかなかったのだろう。言われたとたん、その光景が目の前に描き出された─アルフがその日のためにきっと造ってくれる格子垣の東屋あずまや、その前に整然と並んだ白い椅子。きっとキャロラインがクリームなしのウェディングケーキを用意してくれるだろう。バターを塗った側面には粉砂糖がまぶしてあるだろう。デュークと私は並んで祭壇へと歩き、私は正式にこの家族の一員になる。誰もが自室のドアを開けっ放しで眠る家族の。怒鳴り声に耳をふさぐ必要も、怯える必要もない家族の。
「すてき」私は興奮気味に答えた。「ぜひ。ね、それがいいよね?」デュークに訊いた。「理想的だと思う」
 デュークは大きな笑みを作った。シャンデリアの柔らかな光の下で見ると、デュークの瞳は薄く広げたメープルシロップの色をしている。「ああ、理想的だ」
 キャロラインは手を叩き、アルフがたしか冷蔵庫の奥にシャンパンがあったなと言い、ディランがそれを取りにキッチンに行った。
 ポケットのなかで携帯電話が震えた。私は笑っている途中で凍りついた。アンドルーの顔写真が画面いっぱいに表示されていた。それはかなり古い写真で、グレート・ソルト・プレインズ湖に沈む夕陽を浴びて、アンドルーの肌は赤金色に染まっている。脚は映っていないが、ジーンズの裾を膝までまくり上げて浅い湖の透き通った水に足を浸しているはずだ。カメラを見つめる─私を・・ 見つめる─アンドルーの表情は幸せそうで、私の心臓が止まりかけた。
〈拒否〉ボタンを押す。ふいに自分の鼓動が、そのやましげな音が、全身に響き渡った。アンドルー。母が私の人生から去ったのと入れ違いに、アンドルーは私の人生に加わった。あの夏を乗り越えられたのは、弟がいたおかげだ。私を悲しみから、私自身から救ってくれたのは弟だった。それでも、今夜、何があって私に連絡してきたのかわからない以上、デュークの前で弟の電話に出るわけにはいかない。デュークが知らないことがありすぎる。
 デュークに打ち明ければ、失うものが大きすぎる。
 
 デュークが子供のころ使っていたマツ材のベッドにようやくもぐりこんだのは、真夜中になってからだった。私は彼の胸に背中を預け、彼は私の腰に手を置いていた。この農場で眠るのは、真っ暗闇で穴に落ちるのに似ている。地上に縛りつけられていたはずなのに、次の瞬間、落ちて、それきりになる。
 今夜は別だった。今夜、私の思考はアンドルーとドロレス・リヴェラのあいだをせわしなく飛び回っていた。何かあったのなら、アンドルーはまた電話してきているはずと自分に言い聞かせた。それかメッセージを送ってくるだろう。それにしても、ある女性が二重生活を続けた末に殺人事件が起きたと知ったとき、それを即座に忘れて先に進む人たち(たとえばデューク)がいる一方で、こすれた指先から血がにじんでもまだ毛糸をもてあそぶように、いつまでもいじり回さずにいられない人間(たとえば私)の二種類が世の中に存在するのは、いったいなぜなのだろう。
 顎の下側にキスをされて、私の全身が震えた。デュークがささやいた。「ここで式を挙げられるなんて、うれしいな」
「ほんとね」私は言った。でも、頭はまだドロレスのことでいっぱいだった。いったい何をどう話せば、自分は天涯孤独も同然の身だと相手に納得させられるのか。アンドレス・ルッソの家族や友人は、アンドレスの新しい妻、二つの国を行き来する女性を、どう見ていたのだろう。二人の結婚式には誰が参列したのか。新婦の家族や友人が一人も招待されないのはなぜかといぶかしむ人はいなかったのか。
 通路の私の側に座る人はほとんどいないことに思い当たって、みぞおちに鋭い痛みが走った。私に欠けているすべてが、全員が、ふいに引力を得たかのようで無視できなくなった。現実には、手のこんだ噓など必要ないのだ。隠しておきたいことを無理に聞き出そうとしない相手を見つければ、それですむ。
 デュークが寝息を立て始め、私の体に回されていた腕から力が抜けるのを待って、私は携帯電話を充電器から抜いてアンドルーにメッセージを送った─〈さっき出られなくてごめん。大丈夫?〉
 相手が入力中であることを示すバブルが表示された。すぐに消えた。ふたたび現れた。そして─〈うん〉
 目が痛くなるまでその二文字を見つめた。〈うん〉。たった一言の、そっけない返事。〈いまさら何だよ〉となじられたようだった。
〈ならいいけど〉と私は返信した。〈今度電話するね、そのときに聞かせて〉。そこまで入力してためらった。弟の肌のぬくもりに触れた遠い記憶が蘇る。〈会いたいよ〉
 今度は、バブルは表示されたが返事はなかった。私の心臓は、熱い炎の尾を閃かせる彗星のように胸の内側を駆け巡った。
 電話をしまって目を閉じたが、完全に目が冴えてしまっていた。そっとベッドを抜け出し、ダッフルバッグに入れた手をジーンズやトップスや肌着の下に這わせ、ひんやりとした心地よい感触を探り当てた。デュークには家に置いていくと約束したノートパソコンを引っ張り出す。
 床にあぐらをかいて座り、ベッドに背中を預けた。パソコンの起動音が小さく鳴った。ネオンブルーの光が室内に広がる。デュークが身動みじろぎをした。私は息を殺し、画面に覆いかぶさって光が広がらないようにした。まもなく毛布の動きが止まった。デュークの寝息が深くなる。
 息を吐き出し、『ラレード・モーニング・タイムズ』の記事をふたたび開く。一九八六年八月二日、テキサス州ラレードのモーテル、ホテル・ボタニカでアンドレス・ルッソの遺体が発見されたのは、ドロレス・リヴェラとアンドレスが結婚して一年、交際を始めてから三年近くたったころだった。警察の捜査により、メキシコシティ在住のアンドレスは、妻のドロレスを訪ねてラレードに来ていたことが判明した(なのになぜアンドレスはドロレスの家ではなくモーテルに宿泊したのだろう。ドロレスの住所を知らなかったのか)。〈アンドレス・ルッソが撃たれたのは前日の夜と思われる。前日は、最高気温の記録を塗り替える摂氏四十六度に達したのち、待望の雨が降って気温が一気に低下した〉。
 捜査を担当した刑事、マヌエル・サモラとベン・コルテスは、ドロレスとファビアンの両方に事情聴取をした。当初はドロレスが容疑者と目されていたのだが(もちろん容疑者の一人に数えられていた)、まもなくファビアンが最有力容疑者として浮上した。アンドレス・ルッソの死亡推定時刻と重なる八月一日の午後十時すぎ、現場のモーテルから立ち去るファビアンをフロント係が目撃していたからだ。
 ファビアンは才能あふれる犯罪者・・・・・・・・・ではなかったようで、アンドレス・ルッソが宿泊していた部屋からファビアンの部分指紋が検出されたほか、遺体から摘出された弾丸は、ファビアンとドロレスの自宅で押収された弾丸─ファビアンが紛失したと主張している二二口径のルガー・マークⅡのもの─と同一とのちに確認された。弾丸は胸の右側から体内に入って八番めの肋骨をかすめて進み、背中の右側の軟組織で止まった。肋骨は砕け、右肺下部に穴が空いた。アンドレス・ルッソは、およそ四百ミリリットルの自身の血液で溺死した。
 記事を執筆した記者はそういった詳細を大はしゃぎで紹介していたが、私も血なまぐさい記事を書いた経験はそれなりに豊富だ。だから、グロテスクな描写に覆い隠された事実にすぐに目を留めた─この記事には、事件の本質に迫るための分析が欠けている。アンドレス・ルッソ殺害事件についてだけではない。その遠因となった犯罪─ドロレスの重婚についてまったく考察していないのだ。その代わりに、ドロレスは自分たち家族を利用したあげく、ごみくずのように捨てた冷酷な人間だとする元継娘ペネロペ・ルッソの発言を引用した。そのうえこの記者は、アマチュア精神分析医を気取り、ドロレスはサイコパスなのか、それともただのナルシシストなのかと問うている。それに私が腹を立てるのは筋違いとわかっていても、やはり腹が立った。この記者はドロレスを〝狂女〟呼ばわりしたに等しいのだから。その一語で、女の内面の機微と知性のあらゆる側面、私たちの行動原理や欲求を一笑に付したも同然だ。さらにいえば、そこを掘り下げなかったがために、それこそがこの記事のもっとも興味深い論点であることがかえって際立っていた。
 ドロレス・リヴェラの名前とラレードという地名を組み合わせてネット検索してみた。最初に表示されたのは『ラレード・モーニング・タイムズ』の記事と、それに対して投稿されたコメントだった。『モーニング・タイムズ』のオンライン・アーカイブにはテキサス州の全主要都市の類似する記事が収められているが、二〇〇五年までの記事しかさかのぼって閲覧できない。殺人事件が起きた当時、ドロレスについてメディアが何をどう報じていたにせよ、その情報はどこかの資料館にしまいこまれている。
『ラレード・モーニング・タイムズ』の記事の次に表示されたのは、ドロレスの退職を伝える五年前の記事だった。意外にも、ドロレスは八〇年代に勤務していたのと同じ銀行に定年まで勤めて退職していた。その時点の最新というわけではなさそうな顔写真が添えられている。まっすぐで豊かな髪を鎖骨までの長さのボブにしたドロレス。白髪はまだほとんどないようだ。真っ赤な口紅をつけ、同じ色のシルクブラウスを着ている。茶色の目は優しげで、有能そうで、茶目っ気も感じさせた。まだまだ魅力的な人だ。殺人事件のあと、真剣な交際をした相手はいたのだろうか。あんなことが起きたあとで、誰が彼女を信用できるだろう。
 退職の告知と、その次に表示された長らく更新されていないリンクトインのページを最後に、検索結果は急速に正確さを失っていき、スペインのクラウドファンディング・サイトや大学バレーボールの戦績といった無関係な情報が並んだ。ドロレスがソーシャルメディアのアカウントを持っていないかと探したが、見つからなかった。『ラレード・モーニング・タイムズ』の記事に戻った。ドロレスとファビアンが巨大なはさみを持っている写真が表示された。
 息子二人も写っている。
 マテオとガブリエルの兄弟は、四十代なかばに差しかかっているはずだ。まずマテオを検索した。すぐに見つかった。テキサス州サンアントニオで動物病院を経営している。マテオの外見は、湖畔でよくすれ違う本格的なランナーを連想させた。背が高くてグレイハウンドのように痩せた体つき。黒髪に白いものがまじり始めている。マテオ個人はソーシャルメディアにアカウントを持っていないが、病院名義のインスタグラム・アカウントがあって、頻繁に更新されていた。動物と一緒の写真では、マテオはだいたい笑顔を見せている。里親探しの野外イベントで、大きな頭をしたピットブル三頭に囲まれて笑っている写真。前足にテープで点滴の針を固定された衰弱ぎみのパグの子犬を抱いた写真には、〈クライドが酸素吸入を卒業しよ!〉というキャプションがついていた。しかしほかの人間と一緒にいるマテオは、いつもしかつめらしい顔をしていた。こわばった表情と言ってもいい。グループショットでは、隣の人との距離が必要以上に空いているし、誰かの肩に置いているように見える手は、実際には肩から少し浮いている。
 対照的にガブリエルは、長年のフェイスブック・ユーザーで、投稿数も多かった。高校のバスケットボール・チームのコーチをしているらしい。首は太くがっしりとしていて、黒い山羊鬚をたくわえ、片手にゴールドの卒業記念指輪クラスリングを、もう一方に結婚指輪をしている。試合の動画を見てみた。選手がフリースローをはずすと、ガブリエルは腕を大きく振り回して天をあおいだ。消音にしていると、喜びを爆発させているように見えなくもない。それでも、試合後のロッカールームで、ルーバーつきの灰色の鉄扉に反響するガブリエルの声が聞こえてくるようだった─「おまえたちはこんな試合をするために練習してきたのか、え? はいどうぞと差し出されたポイントを取りそこねるために?」ガブリエルの何かが─肉食獣のようにベンチ前を行ったり来たりする様子が、大げさな身ぶりが─すぐに大声でわめき散らすような人なのだろうと思わせた。
 ところが、子供と一緒に撮った写真ではがらりと印象が変わる。私はそのうちの一枚を長いあいだ見つめた。息子たち、ジョセフとマイケルは三歳と五歳だ。ガブリエルはところどころ禿げかけた芝生に膝をつき、ネオングリーンのベルクロ・ミットをはめた二人を抱き締めている。上の子の痩せた肩越しにのぞくガブリエルの目は、閉じている。切なくなるような優しい笑みだった。それは奥さんのブレンダが〈ガブリエル〉のタグをつけて投稿した写真で、〈マイ・ハートミ ・コラソン〉というキャプションが添えられていた。なぜだか自分でもわからないが、私はその写真のスクリーンショットを撮って保存した。
 ガブリエルと、〝リーダーシップ・コンサルタント〟とやらのブレンダの夫妻は、いまもラレードに住んでいる。好物はクリームチーズとハラペーニョを巻いて揚げたスシ・ロール。かつてラジオ番組のコンテストで優勝し、その賞品として、バーベキューレストラン〈ルディズ〉でイーライ・ヤング・バンドのメンバーと一緒に食事をしたことがある。新興住宅地アレクサンダー・エステートに、スタッコ塗りの要塞のような新居が完成したばかりだ。グーグルマップで見ると、その住宅地はガブリエルがコーチをしている高校のすぐそばだった。ガブリエルが投稿した動画がある。カメラがコンクリート敷きのドライブウェイの片隅にズームインすると、大きなものから小さなものまで手形が四つ並んでいた。
 フェイスブックとインスタグラムに投稿された数百枚の写真をスクロールし、ガブリエルとブレンダの人生が歳月をさかのぼり、やがて結婚前のそれぞれの人生に枝分かれして、二人の未来が一つになる確率が数百万分の一に戻っていくのをながめた。世界中の誰でも見られる場所でこんな風に自分のすべてをさらけ出すなんて、なんと無謀な行為だろう。知ってもらいたいという、しごく人間くさい欲求の表れか。そして私は、自分が追っている獲物について地面についた足跡や風が運ぶにおいを通して知るハンターのように、その欲求にこうして応えている。
 デュークのいびきが聞こえなくなっていることに気づいて、私はぎくりとした。部屋は静まり返っている。その瞬間、今回の旅行中はしないと約束したはずのことをしている私の背中をじっと見つめるデュークの視線を感じた。ゆっくりと振り返った。デュークはきっと首を振っているだろう、下がった口角が失望を伝えているだろうと思った。でも、デュークは眠っていた。もしかしたら、眠っているふりをしているだけかもしれないけれど。
 私はガブリエルの写真に目を戻した。すばやく、あるいはゆっくりとスクロールしていく。ああ、いたいた─ドロレス・リヴェラの写真がある。決して目立つことはないのに、それでもつねにちゃんとそこにいて、ガブリエルとブレンダの人生を支えているドロレス。結婚式では金色のドレスを着て、教会の最前列に誇らしげに座っている。二年前の写真では、両手をオレンジ色のベビーフードまみれにしながらジョセフに食べさせていた。バスケットボールの試合では、丸めた両手をメガホンのように口に当てている。孫の誕生祝いパーティでは、散らかった包装紙を拾っている。私はその写真を目にしたとき、息をのんだ。記憶の奥底にしまったあの日の記憶が閃いたからだ。私の存在そのものが定義された日の記憶が。
 重要なのはこの事実だ。ドロレスの選択によっていろんなものが壊れただろうに、彼女は息子たちを失わずにすんでいる。どういうわけか、二人はドロレスを許したのだ。なぜ許す選択をしたのだろう。ドロレスはどうやって許しを得たのか。
 私はいまも母を許せずにいる。私の母なら、ドロレスのような女性を─与えられた人生に満足せず、人生をやり直すだけでは不足だと、もう一つ別の人生を作り出してしまった女を─どう思うだろう。
 新聞記事の末尾に付け加えられた短い一文をもう一度見た。〈ドロレス・リヴェラは当社の取材を拒否しました〉。
 この記事が出たいまなら、ドロレスも自分の側の話をしたいと思っているかもしれない。


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