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『Lovely Writer』翻訳者宇戸優美子さんからのプレゼント

小説『Lovely Writer』の翻訳者、宇戸優美子さんに今作品の訳にまつわるお話と、原作カバー裏の小テキストの翻訳をいただきました。
小説版を読み終えた読者様は、ぜひこちらもご覧ください。

あとがきに代えて

 こんにちは。このたび小説『Lovely Writer』の翻訳を担当させていただきました宇戸優美子です。本を手に取っていただき、ほんとうにありがとうございます。
 『Lovely Writer』は意地っ張りなBL小説家ジーンと、彼のドラマに主演することになった年下のイケメン人気俳優ナップシップの同居から始まるラブストーリーです。ここでは原作小説を読んでいて印象深かったところや、翻訳をしていて難しかったところなどをすこしご紹介させていただきます。

 まずなにより原作のここがいい、と思ったのはタイトルの秀逸さです。日本語版のタイトルはドラマと合わせる形で『Lovely Writer』となっていますが、タイ語の原作のタイトルはนับสิบจะจูบです。นับสิบの部分に「ナップシップ」という人物名と「十まで数える」という二つの意味がかかっており、นับสิบจะจูบは「ナップシップがキスをする」という意味と「十まで数えてキスをする」という二つの意味がかかったタイトルになっています。
 日本語版の方ではカバーの中に「Counting to 10 and I will kiss you」という英語訳が入っていますので、結果として杞憂に終わったのですが、นับสิบจะจูบの日本語訳をくださいと言われたらどうしようかと考えていました。「十まで数えて」の上に「ナップシップが」というルビを入れるみたいなことをしたかもしれませんが、あまりスマートではありませんよね。どんな日本語にしてもタイ語のタイトルほどしっくりくる感じにはならないような気がします。なのでนับสิบจะจูบはシンプルなのですが、タイ語としてのおさまりがよく、素敵なタイトルだなぁと改めて思いました。
 さて、原作でのキャラクター設定についてですが、作者のワーンクリン先生は原作のまえがきで『Lovely Writer』について次のように述べています(以下、拙訳による引用です)。

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オオカミとハムスターがやってきましたよ~。いまみなさまが手にしている本は、小さなハムスターを自分の巣におびき寄せようとしている一匹のオオカミを描いた動物界のドキュメンタリーです。――というのはもちろん、羊の皮をかぶったオオカミのような性格のナップシップと、なにも知らない小説家ジーンさんのラブストーリーのことです。この物語のプロットをつくっていたとき、攻めは年下にしようと最初から考えていました。そして、礼儀正しくて素直でいい子のふりをしているけどそれとは違う顔も持っているキャラクターにしようと思い、ナップシップが生まれました。明るくて元気な性格や泣き虫な性格など、いろんなパターンでキャラクターを考えていましたが、結局ジーンさんに一番合うのはナップシップのような紳士的で優しい子(ほんとうはずる賢いのですが……)だということになりました。 この作品を応援してくださった読者のみなさまに感謝申し上げます。 ワーンクリンの小説を通して読者のみなさまが笑顔になってくれることを願っています。
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 ということで、ナップシップは「羊の皮をかぶったオオカミ」、ジーンはオオカミに狙われる「小さなハムスター」というのがワーンクリン先生のイメージだったようです。私の中でナップシップは最初ワンコっぽいイメージがあったのですが、作品を読み進めていくうちにたしかにこれはオオカミかも……とワーンクリン先生のキャラクター設定に納得しました。みなさんの印象はいかがでしょうか。原作小説とドラマとで印象が違う部分もあるかと思います。
 ちなみに「オオカミ」หมาป่าという単語自体は作中には出てきませんが、ジーンを「ハムスター」หนูแฮมฯに例えた表現は何度か出てきています。
〈その振る舞いはまるでいたずら好きの小さなハムスターのようだった〉(上巻p. 436)
〈まるで新しいケージに引っ越してきたハムスターのようだ〉(下巻p. 308)
 こうした描写を読んでいると、ナップシップから見たジーンが「ハムスターのようにかわいい存在」であることが伝わってきます。なによりもぷっくり丸いほっぺというジーンのチャーミングポイントが、まさにハムスター的な愛らしさを体現しています。

 『Lovely Writer』は基本的にジーンの視点で物語が進んでいきますが、途中で何度かナップシップ視点の語りが入ります。本編だとカウント16、カウント21、カウント30、カウント∞、それから番外編のSpecial 1とSpecial 7でナップシップが語り手になっていて、そこがジーン視点の章とは景色が変わって印象的でした。
 ジーンから見たナップシップの印象は、最初はもの静かで紳士的でハンサムな「王子」でしたが、一緒に暮らすようになるともうすこし身近な「いい子」になり、ナップシップの本性を知ってからは「クソガキ」と呼ぶまでになります。そのあいだにシップとの距離も縮まり、ジーンはシップに対する好意を自覚するようになります。
 一方でナップシップはなにを考えていたのか、という疑問に答えてくれるのがシップ視点で語られるいくつかの章です。過去から現在にいたるまで、どれだけジーンのことを見ていたのか、想っていたのか、触れたいという気持ちを募らせていたのかをこれでもかというくらい語ってくれています。ナップシップ視点の章では「かわいい」น่ารักという形容詞が何回出てきたかわかりません。「かわいいのはもうわかったから!」とツッコミを入れつつ訳していました笑。
 それと関連して、ナップシップがジーンのことを「兄さん」พี่とは呼びたくないと言って頑なに「ジーンさん」คุณจีน呼びを続けていた理由や、ナップシップがジェップ兄さんとやけに親しい理由(Special 1で二人のつながりがわかります)などの伏線もちゃんと回収されています。タイ人的な感覚だと親しくなった年上の人に対しては「ピー」(兄さん、姉さん、先輩)という呼び方で呼ぶのが自然なような気がしますが、ナップシップは「ピージーン」とは呼ばずにずっと「クンジーン」(ジーンさん)と呼んでいました。「クンジーン」は一見よそよそしい呼び方にも見えますが、弟扱いされたくないというナップシップの戦略と強い決意を知ると、「ピー」を使わずにいたことも納得でした。

 あとはBL小説家が主人公ということで、BL小説を書くジーンの苦悩や葛藤がたびたび描写されていますが、編集長との会話のやりとりなどはとくにメタ的な意味で面白かったです。〈前のラブシーンから八章も開いてるし、書いたらいいよ。盛り上がるところなんだから〉(上巻p. 477)、〈番外編にはセックスシーンもないとダメですから〉(下巻p. 167)という編集長やヒンの台詞がありますが、『Lovely Writer』でも主なラブシーンはカウント6、カウント10、カウント21、カウント26、Special 5、Special 7とけっこうな頻度で入っています。
 また〈今回のセックスシーンは刺激的な感じでお願いね。読者がクラクラしちゃうくらいのがいいな〉(上巻p. 69)というアドバイスを実際に守るかのように、『Lovely Writer』ではセックスシーンのたびごとに体位やシチュエーションがちゃんと違っていて、読者を飽きさせない工夫がされているところに感心しました。NCシーンと呼ばれる大人なシーンはタイ語原文も難しく、体の動きや向きを把握して行為の詳細を理解するだけでも一苦労だったのですが、それをどういう日本語にするかという点でもかなり苦心しました。人には見せにくいような参考文献や資料を机に重ねて、日本語の訳文と格闘していました。NCシーンの翻訳はほかのシーンの二倍くらい時間がかかりましたが、私にとっても一つの新しい挑戦であり、よい経験になりました。
 それと関連して原作の中で印象深かったのは、BL小説を書いていることへのジーン自身の気持ちです。最初はBLというジャンルにかなり抵抗感があり、家族と親しい人以外にはそのことを隠していたというところからも「BL作家であること=恥ずかしいこと、うしろめたいこと」と考えていることがわかります。また大学の同級生との飲み会での会話からも、「BL作家=ゲイ」だと思われることへの抵抗感を示しています。それがBL作家であることを世に知られていくうちに、〈僕もすこしずつ恥ずかしさを克服していた〉(上巻p. 464)とか〈僕はBL小説を書くことを前よりも受け入れられるようになっていた〉(下巻p. 167)といったように、すこしずつですが気持ちが変化していく様子が描かれています。自分自身の現実の恋愛だけでなく、仕事の面でもBLに対する意識が変わったというのがジーンの大きな変化なのかなと思いました。
 さらにこの作品を語る上で欠かせない部分として挙げられるのが、BLドラマ界での過剰なカップル営業に対する、あるいはそれを求めてしまうことに対する批判的なまなざしです。〈問題はカップリングを押しつけてる私たちの方にあると思う〉や、〈ドラマのカップリングとか想像上のカップルとかって ただの流行りにすぎないってことをみんなちゃんと意識すべきだと思う〉(下巻p. 244)といったグサッと刺さるような台詞が多々あり、自戒も込めた上で、ファンが見ているのはあくまでも俳優たちの一面にすぎないということを改めて心に留めておくべきだと感じました。ただ、もし自分が作中のドラマ『バッドエンジニア』のシップとウーイくんのファンだったとしたら、やはり同じようにすこし残念に感じてしまうかもしれないし、それをSNSに書きたくなってしまう気持ちもわからないでもないので、言葉の発信というのはつくづく難しいものだと考えさせられました。
 そういう意味で『Lovely Writer』の原作はラブストーリーとしての魅力だけでなく、社会派の作品としての面白さもあり、そのバランスが絶妙だと思います。そしてこの原作にさらに肉付けをして、より伝えたいテーマを明確にしたドラマの方も完成度が高く、私が言うまでもありませんが素晴らしい作品になっています。

 そのほか翻訳で難しかったのは、TwitterやInstagramといったSNSに投稿されるコメントの部分と、BL小説やBLドラマに関する言葉の部分などです。「想像上のカップル」คู่จิ้น(カプ、推しカプと訳す手もあると思いますが)や「逆カプ」สลับโพฯなどの単語を学ぶことができました。BL作品を好む女性のことを指す「サーオワイ」สาววายという単語はもともと知っていましたが、恥ずかしながらシッパーやシップという言葉についてはあまり知らなかったので、なぜ「船」เรือという単語が作中で何度も出てくるのか最初わからず、戸惑うこともありました。
 あとは文章の中での比喩表現が独特だったのが印象的です。〈リストはまるで凧のしっぽのように長かった〉(上巻p. 58)とか〈まるでだれかに無料で一億バーツをもらったかのように唖然として〉(上巻p. 278)といった部分や、〈ガチョウの卵のように目をまん丸に開いた〉(上巻p. 299)〈トカゲのように柱にくっついて立っている僕〉(上巻p. 300)などのように動物に例えた比喩も面白かったです。
 動物関連で言うと、ジーンの実家で飼っている犬の名前はサーイマイสายไหมですがこれは「わたあめ」という意味なので、ジーンがインスタに写真をアップしたときに書こうとしていた〈白いサーイマイ 今日は濡れてるけど水には溶けません笑〉(上巻p. 391)という文章は、「わたあめだけどこの子は水には溶けないよ」という意味になります。
 最後に、ストーリーの本筋とはあまり関係ありませんが、ジーンの母親であるランおばさんの飄々とした台詞がけっこう好きでした。〈この前来たばっかりじゃない。てっきり次に会えるのは来世かと思ってたけど〉(上巻p. 388)とか〈有名になっても、母さんのこと忘れないでよね〉(上巻p. 391)とか〈なら、母さんも怒らない。怒ったらオーンおばさんとケンカになって、母さん、エアロビに行く友達がいなくなっちゃうもの〉(下巻p. 137)とか。短いのに笑えて、でも優しい台詞が多かった印象です。それからSpecial 8「コインの裏側(ウーイ)」のエピソードも個人的に好きでした。芯が強くて根性があって、でもほんとうは繊細で傷つきやすい、そんなウーイくんの過去が語られるこの番外編は読んでいて切なくなります。なんならお金持ちのロームさんの力を借りて無事にお金を貯めて、フランスに留学して夢を叶えることができたできた、みたいな続きを勝手に書き足してしまいたくなるくらい笑、ウーイくんのことを心の中で応援していました。

 以上、翻訳しながら感じていたことを書かせていただきました。最後になりましたが、『Lovely Writer』の出版にあたりお世話になったみなさま、そしてなによりこの本を読んでくださった読者のみなさまに心より感謝を申し上げます。楽しんでいただけていればなによりです。
 ほんとうにありがとうございました。

2023年2月吉日
宇戸優美子


カバー裏小話

原著カバーにはこんなおまけがついているのです (撮影:宇戸優美子さん)

上巻

タム:ナップシップとジーンへのインタビューです。マイクが準備できたら質問に入るからな。よし、始めるぞ。まず、お互いの第一印象は?
ジーン:ああ、そうだな……簡単に言うと、イケメンでクール。シップはもの静かな感じだった。それで魅力的に見えた。
タム:たしかに。イケメンっていうのはほんとに得だな。じゃあ、シップから見たジーンの印象は?
シップ:かわいい。
タム:それはいつから? オーディションの部屋で会ったとき?
シップ:いいえ。生まれたときから。

タム:うえぇ。次、俺からの質問。ずる賢い人についてどう思う?
ジーン:そういう性格はほんとに――。
シップ:答えなくてもいいですよ。

タム:自分が一番苦手なことはなんだと思う?
シップ:(しばらく考え込む)
タム:オーケー、じゃあジーンから先に。
ジーン:料理を作ることかな。正直に言うけど、一人でいるようになってからようやくガスをつけられるようになったくらい。シップの苦手なところも代わりに教えてやる。こいつは、絵を描くのがすごい下手。
シップ:…………。

タム:じゃあ、一番得意なことは?
シップ:計算が速いところですかね。
ジーン:僕は、自慢するわけじゃないけど、論文とかエッセイを書くのが上手だって先生が褒めてくれた。言葉が美しいって。

タム:次、ジーンに質問だ。いままで、思いがけない幸運に恵まれたことはある?
ジーン:前に、大きな紙幣を崩したかったときに、セブンが遠かったから近くで宝くじを買ったことがあったんだ。そしたらそれが当たって――。
シップ:いくら当たったんですか?
ジーン:下二桁だけだから、二千バーツ。
タム:シップの方はなにかある?
シップ:前に母さんのために宝くじを選んで買ってあげたら、それの下三桁が当たってたことがありました。
ジーン:ねえ、それ、僕に張り合おうとしてない?

タム:どんなタイプの人が好き?
ジーン:全然考えたことないな。いい人で気が合う人だったらそれで十分かな。
タム:(ナップシップの方を見る)
シップ:人のことをつい助けちゃって、かわいいのに自分では気づいてなくて、年上で、ほっぺが丸い人。
タム:それは、俺の友達だ。そうだろ?


下巻

タム:お互い付き合いはじめる前、恋人はいた?
シップ:それ、ジーンの前で僕に答えさせるんですか?

タム:シップ。ドキドキしたり恥ずかしいと思った出来事を聞かせて。
シップ:目を閉じてソファで休んでたときに、ジーンがこっそりキスしてきたこと。
ジーン:きみ、あのとき起きてたの!?

タム:次……なんかやらしい質問が来てる。どの体位が一番好き?
ジーン:…………。
シップ:答えていいんですよ。今夜、注文にお応えしますよ。

タム:付き合い始めてから、相手のことで知って驚いたことは?
ジーン:シップは忘れっぽくて困る。ときどき注意してる。自分にとってすごく大事なことにしか興味なくて、大事じゃないことは忘れちゃうんだから。ナップシップのスマホのカレンダーには数え切れないくらいメモが入ってる。
タム:おまえのことが一番大事なんだろ。俺にはわかる。シップはどうだ?
シップ:ときどき、夜寝てて暑くなると、起き上がって服を脱ぎ始めること。
ジーン:うそ!?

タム:二人が恋人同士になったこと、みんなももう知ってるわけだけど、相手の体でどこが一番好き?
ジーン:指かなぁ。すらっとした指をピアノの上にのせてるときとか、手をつないだときとか――。
シップ:最初から言ってくれたらよかったのに。これからもっと指を使いましょう。
タム:シップ、下品なこと言ってないで、質問に答えろ。
シップ:ジーンのことだったら、僕はぜんぶ好きですよ。中でも一番はほっぺですね。

タム:恋人の行動で、やめてほしいことは?
シップ:寝る時間が不規則なこと。明け方に寝て、夜中に起きるのは……。ジーン、健康によくないですよ。
タム:じゃあ、ジーンは? シップにやめてほしいことは?
ジーン:そうだな……最近よくワットおじさんの会社に行ってて、勉強も仕事もしてて大変そうだから、もっとたくさん休んでほしいかな。
シップ:もうなんでそんなに……優しいの。
ジーン:…………。

タム:相手のことをどれくらい愛してる? 真剣に答えて。
シップ:どれくらいかなんて言えない。空よりも宇宙よりも――もっとずっと大きな愛です。どんなものとも比べものにならないくらい、ジーンのことを愛してます。
ジーン:(ほほえむ)きみが僕を愛してるのと同じくらい、僕もきみを愛してるよ。


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