見出し画像

『ジミー・ハワードのジッポー』書評|隠された戦争の真実に迫った極上のエンタメ作品!(評者:内田剛)

大藪春彦賞受賞作家・柴田哲孝の正統派ノンストップ・サスペンス『ジミー・ハワードのジッポー』を、ブックジャーナリストの内田剛さんに読んでいただきました。約30年の書店勤務時代にさまざまなPOPを作成し、店頭でお客さんの心を動かしてきたヒットの仕掛け人は、本作をどのように捉えたのでしょうか。


痛烈にして壮絶。時間と空間を超越した濃密にして数奇な運命の物語である。巧妙に用意されたメッセージが圧倒的なリアリティを伴って迫ってくる。ミステリアスにしてスリリング。まずは重層的な謎解きの妙とスピード感を体感してもらいたい。心が打ちのめされる、というより魂が撃ち抜かされる極上のエンターテインメント作品といえよう。

冒頭は目を背けたくなるようなベトナム戦争のシーンだ。まさにこの世の地獄。罪のない市民にも向けられる火炎の嵐。無益な殺し合いに心身ともに疲弊した兵士たち。死と隣り合わせの状況で芽生える狂気。阿鼻叫喚によって歪められてしまった人間性に背筋も凍ってしまう。しかし人間の欲望が生み出す不毛な戦争はいまだに終わっていない。亡き者たちの無念は地層となって残っている。この現実も噛みしめなければならないのだ。

ストーリーの軸となるのは上記の凄惨な場面に登場するジミー・ハワード所有のジッポーだ。ホーチミンの市場でこれを手に入れたのは桑島洋介。ベトナム戦争を題材に長編小説を書こうと取材をしていた小説家である。ヴィンテージもののジッポーは本物なのか。ジミー・ハワードという人物はどこに消えたのか。調査が始まると同時に50年という時を超え、闇に埋もれていた禁断の歴史が徐々に紐解かれていく。

ジッポーに刻まれたメッセージ、謎めいた弾丸の跡、隠されていた秘密。物言わぬライターが所有者の怨念が乗り移ったかのように雄弁に語りだす。執念の調査の舞台はアメリカ、ベトナムと広がり太平洋を超えたスケールも壮大だ。もちろん捜査は一筋縄ではいかない。何者かの妨害によって起こされた凄惨な事件と死の連鎖。事件の真相に迫ることもまた命懸けの戦争だったのである。

現代パートにはコロナという未知の細菌がじわじわと日常を侵食する様も絶妙に挿しこまれている。世界を震撼させる重大ニュースがリアルタイムで綴られ、虚構と真実の狭間で揺れ動くストーリーに大いなる説得力を与えているのだ。そして人類とウイルスとの闘いも戦争である、という事実にも改めて気づかされる。

たったひとつの小さなジッポーが炙り出した巨悪の存在。物語の核心にたどり着くまでの道中は多くの人々の運命を狂わせた過酷な冒険でもあった。タブーに触れてしまったことによって一気に弾けた虚しさは決して消え去ることはない。だからこそラストに用意されていた希望の光がことのほか眩しく感じられるのだ。感情を抉られるような導入からは想像もつかない読後良さも強調しておきたい。真正面から死を見つめたあとの尊い命の灯火。生きる喜びが伝わる余韻もまた最高だ。


内田剛(うちだ・たけし)
ブックジャーナリスト。約30年の書店勤務を経て2020年2月よりフリーに。文芸書ジャンルを中心に各種媒体でのレビューや学校・図書館などで講演活動やPOPワークショップを実施。NPO本屋大賞実行委員会理事で設立メンバーのひとり。これまでに書いたPOPは5000枚以上でポプラ社全国学校図書館POPコンテストのアドバイザーをつとめる。著者に『POP王の本!』(新風舎)がある。


『ジミー・ハワードのジッポー』の試し読みを公開しています。

U-NEXTオリジナルの電子書籍は、月額会員であれば読み放題でお楽しみいただけます。

画像1



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?