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【試し読み】「声」だけで紡がれる微ホラー群像劇──王谷晶『今日、終わりの部屋から』

『完璧じゃない、あたしたち』『ババヤガの夜』で注目を集める作家・王谷晶がU-NEXTオリジナル書籍として書き下ろした微ホラー『今日、終わりの部屋から』。SNS、ブログ、日記、電話……さまざまな「声」だけで描かれた群像劇の冒頭の一部を公開します。いつの間にか引き込まれてしまう、「声」だけで紡がれる微ホラーをぜひお楽しみください。


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■著者紹介

王谷晶(おうたに・あきら)
1981年生まれ。
女性同士の様々な関係を描いた短編集『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社)で注目を集め、その後も『BL古典セレクション3 怪談 奇談』(左右社)やエッセイ『どうせカラダが目当てでしょ』(河出書房新社)などを発表。シスターフッドとハードボイルドを活写した近刊『ババヤガの夜』は、第74回日本推理作家協会賞の長編部門で最終候補に選ばれる等、高い評価を得ている。


■あらすじ

取り壊し寸前のアパート・トネリコ荘。名前の由来でもある、庭に立つトネリコの木が怪しく光りはじめる。その日から、住人たちの生活が変わっていく。独居老人、日の目を見ないYouTuber、シングルマザー、毒親との関係に悩む女性、小説家志望の契約社員、やる気のないフリーター、日本人女性と同居するベトナム人女性、それぞれの抱える屈託が緩やかに解れていく――。
話題作『ババヤガの夜』の作家・王谷晶が贈る、読後温かい気持ちになる微ホラー中編。

■本文

101号室 管理人・飯塚寿夫

はいはい、はいよ。いますよ。なんなんだよ朝っぱらからピンポンピンポンうるさいね。またくだらねえ新聞だの宗教だのだったら承知しねえぞ……はいどちらさん? はあ? セン? なんですかそりゃ。センゴク……千石? センちゃん? おおお、おいおい、ほんとにセンちゃんかい。待った待った、はい今開けるから。ドアをね、開けて……うわあ、センちゃん……センちゃんじゃねえか……。おいおいおいおい、どうしたんだよ。えっ? ちょっと待ってよ、あんたほんとに千石か? 千石みのる? 息子かなんかじゃねえのかい。いやいや、だってあんまりにも……なんも変わってねえからさ……オバケ見てるみてえだ。えっ、うん、いや、悪い悪い、分かったよ。いや冗談冗談。いやーびっくりした。何年ぶりだよおい。なあ、うん……もうそんなんなるか。俺? 俺はすっかりジジイだよ見なさいよこれ。髪も腹もさあ。これもんですよ。ハハハハ。いやいやいや、入って入って。狭い部屋だけどさ。え? そうだよ一人だよ。いやね、ここが本拠地ってわけじゃないんだよ。家はちゃんとしたのがさ、こんなボロアパートじゃなくて目黒の方にあんだけど。せがれと嫁と孫がハバきかしててうっとおしくてね。そんでちょっとこっちに。まあ別宅だな。気ままにのんびりしてるっちゅうかね。アレだね、孫が可愛いとか目に入れても痛くないとか、ありゃ最初の二、三年の話だよ。口きくようになったらうるっさいわ小生意気だわ散らかすわ。嫁もお義父さん家にいるなら子供とロココの面倒くらい見てくださいよって俺に面倒事押し付けて自分はあちこちほっつき歩いてるんだからたまったもんじゃねえや。ロココ? 犬、犬。なんとかプードルってやつ。なあにがロココだ亀の子たわしみたいな面したうるさい犬コロだよ。散歩連れてこうが餌やろうがキャンキャンわめいて懐きもしねえ……あれっ、茶っ葉がないね。紅茶でいいかい。テーバックだけど。酒飲むにゃまだ日が高いからなあ。センちゃんコーヒー党だっけ。ああー懐かしいなあ。覚えてるかよあの喫茶店。名前は……なんつったっけかな。ほら、四号館の裏手のさ。ライラック! そうだライラックだ。愛想のないババアがやってたの。不味いコーヒー一杯でよく粘ったよなあ。懐かしい。懐かしいね。今も目に浮かぶようだよ。俺らのたまり場だったもんなあ。センちゃん、アッコ、リンゴ、タナケン……あと誰がいたっけかな。なあ? うん。でも急にどうしたんだよ。いつ東京戻ったんだよ。いいじゃないって、なんだよそれは。おっかねえなあ。その歳でワケありかよ。センちゃん秘密主義だからな。昔っからそうだ。大事なことはなあんにも言やしねえんだから。でも女はそういうのヨワいんだよなあ、センちゃんモテてたもんな。懐かしいなあ……。今だから言うけどアッコがさ、センちゃん地元帰った後に泣いて泣いて大泣きでさ。ずっと好きだったのに~って。バカだね言やあよかったのによって。アッコ? なんだよ知らねえのかよ。もう……三年前かな。そう。ガン。腎臓だって。まあ、ぼちぼちそういうトシだよな俺らも。他にもけっこういるよ、死んじゃったのはさ。学部の同窓会でも年々人が減ってってよ。まあそういうトシだよ、うん……。ああ、管理人ね。うん。まあそういう肩書ではあるね。いやまあ、うん。そうね。まあ俺がオーナーみたいな……まあそういう感じよ。ついでに管理人もやってるみたいな、ね。大してすることもねえよ、こんなボロアパート。住んでるのも変な若い連中とか外人ばっかだしさ。実は今年中に取り壊して更地にするのよ。売り先も決まってるし。いやいやいやそんな大した儲けにはならねえよ、このへん都心ど真ん中ってわけでもないしさ。土地も狭いし。まあでもまとまった金が入ったらゆっくり世界旅行にでも行くかな。今でも行こうと思や行けるけど、なんとなく面倒でね。うん。好きな時に寝て起きて散歩したり映画行ったり楽しくやってるよ。センちゃん今日は電車で来たの? あそう。そしたら駅ビル見たろ。あそこがさ、何でも入っててさ。喫茶店も本屋も映画館もぜーんぶ集まってんだよ。夏場なんかいいよ、クーラー効いてる中で丸一日時間潰せてさ。ああいうのが出来ちゃうと商店街なんてのはもう用済みになっちゃうね。この辺もシャッター閉めた店が増えたよ。ま、淘汰とうただな。自然淘汰。お、湯が沸いた。ほいよセンちゃん、コーヒーでなくて悪いね。でもアレだよ、紅茶の方が身体にいいんだってよ。病気? 俺はしてないよ。センちゃんはどうなの。ああそう。まあそんだけ若く見えりゃな……元気ならよかったよ。ほんと何年ぶりだ? ああうん。そんなんなるか。いやー、ハハハ。ほんとにそんなに経ったか。センちゃん同窓会にも来ないからさあ、みんな心配してたんだよ。え? 雨? 今日は降らないだろ。ああ、ああ、今のは葉っぱの音だよ。葉っぱが風に揺れてああいう音を出すんだ。そこのね……ちょっと待ってよ今窓開けますからね。そう、ほら、庭があんのよこのアパート。なかなかないだろ? 都内でこんなちゃんとした庭があるのはさ。ほら見てみろよ。でかい樹だろ。そうそう、トネリコ。よく知ってるねえ流石だよ。これの葉がね、鳴るんだ。雨音なあ……そんな風に思ったことなかったけど。センちゃんは相変わらず詩人だな。ああ、これも切り倒して全部更地だよ。もったいないっつってもさ。しょうがないだろ。俺が植えたわけでもないしねえ。それに最近夜中に勝手に庭に入ってきて騒ぐバカがいるんだよ。近所にさ、なんとか専門学校っつうのがあってそこのバカが夜中来るんだ。ヘラヘラふらふらした気味の悪いバカの集まりだよ。この辺はもうそんな連中ばっかりだよ。俺やセンちゃんが十九、二十歳の時はさ、あんなんじゃなかったよなあ。さんざんバカもやったけどさ、でも死ぬ気で勉強もしたし、夜通し語り明かしたよなあ……将来の事、この国の事、いろいろさ。未来を見てたよ。志があったよ俺らにゃ。なあ? なんだよ急に黙っちゃって。え? ああ……ほんとだ。雨音みたいだ。雨か。うん……雨音に聞こえるなあ。ハハハ。ところでセンちゃん、どうして俺がここに住んでるの分かったんだい?



302号室 木村裕二

ゆーじんチャンネルをご覧の皆様どうもこんにちは、現役大学生YouTuberのゆーじんでーす! ハイッ、というわけで今日の動画なんですけどなんと! ななななななんと! ゆーじんチャンネル始まって以来の! 大・大・大事件! もーめっちゃ、アレです、ヤバい、すんごい動画、になっちゃいました。マジです! 何がヤバいのかというと……ハイ、テロップどん!

【怪奇現象……】

ハイ、まさかの、怪奇現象ですよ。今回は大マジで、ガチで、ほんっとーにヤバい動画になってしまっているので、心臓の弱い方は見ないほうが……いいかもしれない……なんちゃって、ウソですよ見てくださいね~でもヤバいのはマジです。これね~ホンット、ヤバいです。衝撃映像、ガチです。舞台はここ、ゆーじんハウスなんですけど、このね、ゆーじんハウスで昨日の夜、昨日っていうか今日ですね。その深夜に起きたあるとんでもない出来事をお見せしちゃいます! ハイッ、ではね、皆さん心の準備、オッケーですかー? 早速動画のほうどうぞ!

【○月×日 AM2:40】

え~と……ゆーじんです……今ちょっと寝てて、自分ちで寝てて、起きたんですけど、ちょっとあれ……映ってますかね。あれカーテン、向こう窓で外なんですけど……なんか光ってて……見えるかな……

【深夜に突然正体不明の光が!】

あのー……開けてみたいと、思います。カーテン。開けてみましょう。こんなこと初めてなんだけど……やべえドキドキする、むっちゃ心臓動いてる。えーとじゃあ、開けます……

【ついにカーテンを開ける!】

うわっ……えっちょっ、いやいやいやいや、なにあれ、何アレ? 

【光ってる!】

えっ、待ってこれマジ? リアル? え待って、えー……

【テンパるゆーじん】

あれ、うっそ、何あの光……何が光ってんの? まっぶし……。木? 木の裏が光ってんのかな……? あれ、ここに、あの、アパートの庭っぽいとこに、ずっと生えてる木なんですけど……でっかい木。こんな、光るのとか初めてで……めっちゃくちゃ眩しい。えっ、これ他の人も見えてるよね。えっ、俺だけ? 

【光り続ける木…】

え~、あの、ハイ、木がですね……今午前三時前、まだ、光ってます。ここからだと何で光ってるのかわかんないので……外に出て、あの木ですね。あれに近づいて、撮りたいと思います。

【ゆーじん出動!】

やっばいこれ大丈夫かな……なんかあったらどうしよ。えっやっぱちょっと、誰かに連絡してからのほうがよくない? えーどうしよ。

【ビビるゆーじん】

えー、いま、部屋を出て、木が生えてる、庭のほうにやってきました。あの、これちゃんと映ってっかな……あの、三階の真ん中の部屋が俺の部屋です。で、光ってます……木が。ちょっと、近づいて、ぐるっと回ってみます。

【大接近中!】

うわー……なんなんだよこれ。やっばい。えっ、これ木が……木がそのまんま光ってるよね? ライトとか無いもんね。えっ、そんな木ってある? やばいこれ、えーっ、なんか、呼んだほうがいいのかな。警察とか―

【※注意! 驚きの瞬間!】

あっ! あれ?! 消えた! 消えちゃった……光消えた! うっそ、えっどういうこと? は? 意味わかんね! 意っ味わかんね! ちょっとこれ―

【突然の物音!】

わっやば管理人さん、管理人さん起きてきたヤバいヤバいヤバいヤバい、怖い怖い、えーとあの一旦止めます!

【ゆーじん、撤収―】

えー、ハイ! ということで! いかがでしたでしょうか~ちょっとね、僕もまだ信じられなくて、編集しながらこれマジ? マジなの? ってずーっと言っててもうおっかないからスカイプでサメ缶くんを呼び出してずーっと喋りながら作業してたんですけどね。

【ビビるゆーじんに付き合わされた怪談YouTuberサメ缶】

サメ缶くんにも映像を見てもらいまして、これはリアルなんではと。マジの。マジ怪奇現象かもしれないと! 言われてしまいました! サメ缶くんが言うなら……マジっぽいですよね。うわーどうしよう! あの、そこのね、今僕の後ろに映ってるカーテン、あれが動画にも出てきたカーテンなんですけど、あれを開けると、あるわけなんですよさっきの木が。

【木、あります。】

これ、今夜もまた光ったらどうします? どうなるんだろー! うわー! と! いうわけで! ゆーじんチャンネル、ちょっとこの怪奇現象に注目したいと思います! 怖いけど! 今からもう夜が来るのドッキドキなんですけど、もしまたとんでもない事が起こったらその時はライブ配信しちゃいます! なので、チャンネル登録! ぜひぜひぜひぜひよろしくお願いします! それじゃあ今日の夜をお楽しみに。ゆーじんでしたー!



102号室 三笠富子

○月×日 曇り
六時起床。
朝食、番茶 ラッキョウ 
昼食、赤飯おむすび わかめスウプ チヨコレート
夕食、番茶 ちくわ コンブおむすび 燃えるごみ出す

ゴミ捨て場、またカラスに荒らされている。住人もイイカゲン、管理人もイイカゲン。腹が立ちます。庭から、猫の鳴き声する。また野良? 考えなしにエサやりをする、メイワク人間がいる! 動物は、ゴミを漁るし、くさいから、庭に入れてはダメ。保健所に電話する?

○月×日 小雨
六時起床。
朝食、番茶 ちくわ 

郵便局。年金フリコミ確認。
買い物、スーパーマルミ。おむすび98円が三割引、赤飯・ウメ・チャーハン買う。ちくわ98円三割引、納豆98円一割引、たまごスウプ168円、かすてら100円 〆て695円。百円市場でクツシタ一足100円、テッシュ100円、お線香100円、〆て330円

昼食、チャーハンおむすび かすてら 番茶
夕食、たまごスウプ 赤飯おむすび

ボランチア名乗る学生来訪。トツゼンたずねてこられて、ビックリ。最近は、サギが多いから、コワイ、コワイ。お話がしたいとか、どうとか。不躾ぶしつけ。もう子守をする時期、とうに過ぎてオリマス。お引取り願う。置いていったチラシも、字が小さくて、まったく読めない。年寄りのことを、少しも考えていない、自分勝手! ゴミを持ちこまれて、メイワク!

○月×日 曇り
六時起床。
朝食、番茶 かすてら チヨコレート
昼食、番茶 ウメおむすび ちくわ
夕食、納豆 ちくわ ゆで卵 わかめスウプ

外出せず。夜、正志まさしより電話。定年後の生活がフアン、等。暗に無心をされたけれどピシャリ断る。もう充分大きくなった息子に、都合する余計な財産、ナシ! 不安定仕事を選んだのも、アチラの勝手。我が子ながら、情けない。つましく、生きて、私の物はヘヤゴムひとつ買わず育てたのに、どうしてあんなに、イイカゲンな男になってしまったのか。オトウさんが蘇ってきたようで、ゾッとする。

○月×日 曇り
六時起床。
朝食、かすてら

不要なハギレを、もらってほしいと言うので、金子さん宅へでかける。見てビックリ、そのハギレというの、ほとんどボロ布! これでは、雑巾くらいしか縫えない。身内でもない他人に、こんなものを偉そうに見せる神経に、アキレル。はずかしい。時分どきなのに、マンジュウひとつ出されただけで、エン〱とジマン話を聞かされる。あそこに旅行した、どこそこでうまいものを食べた、ジマン、ジマン、くりかえし。疲労コンパイ。やはり、お嬢さん育ちは、世間知らずで、ワガママ!

昼食、煎茶 温泉マンジュウ

買い物、マイポット駅東店。カップウドン92円三ツ、卵98円、大福一袋半額で106円、おかき98円 〆て636円

夕食、カップウドン 卵一ケ 大福一ツ

○月×日 晴れ
六時起床。
朝食、番茶 大福

靴の底がはがれてしまったので、駅前にあった修理屋に持っていくが、「買いかえた方が安いよ」デスト! 客が直してくれと言っているのに、拒否するとは、いったいぜんたい、何のために店を開いているの? 意味不明。態度も悪く、見るとどうも、ガイジンのよう。この町も、スッカリおかしな人たちが増えて、コワイ。昔は、駅前のあのあたり、映画館があって、もっときれいで、にぎやかで、人がおだやかで、よい町でした。もう、見る影もなし。ひどいものです。

昼食、助六寿司198円 伊勢庵で買う
夕食、カップウドン 卵一ケ ちくわ

○月×日 曇り
六時起床。
朝食、番茶 大福一ツ

靴を買いに、バスに乗って、ナンブデパートへ。店の名前が変わっていて、様子もちがう。店員はブアイソウ、大ザッパ。音楽、物売りの声、ガチャガチャうるさく、とても、あの上品なナンブデパートとは思えない。子供が「ギャー、ギャー」と売り場を走り回り、危うく、ぶつかって転びそうに。若い母親、謝りもせず去っていき、あまりに腹が立ったので、呼び止めようとしたが、そこに別の子供が「ギャー、ギャー」。とても、買い物なぞできる気分ではなく、頭イタクなり休ケイ所で休む。
フト、見覚えのあるもの目に入る。なぜか『ザッツ・エンタテインメント』や『巴里のアメリカ人』『雨に唄えば』のポスターが壁に貼ってある。思い出す。昔、駅前にあった映画館、一度だけ、たった一度だけ、オトウさんが連れて行ってくれて、見たのが『ザッツ・エンタテインメント』。歌、ダンス、まるで天国のよう、男も女もキラキラ、ぜんぶ輝いていて、シミッたれたところひとつもなくて、皆うつくしく、豪華ケンラン、夢のようなドレス、靴、男たち皆紳士で、歌声は甘く、男らしかった。モウ、今の若い人たち、あんなものは作れぬだろう。テレビ見ても、幼稚、子供だまし、低俗のオン・パレード。死ぬ前に、もう一度『ザッツ・エンタテインメント』見たい。あの中で紹介されていた、美しいミュージカル、どれかひとつでもいいから、見たい。

買い物、靴1078円 アンパン131円 クルミパン121円 〆て1463円
昼食、番茶 アンパン おかき
夕食、たまごスウプ クルミパン ゆで卵

○月×日 小雨
八時起床。
朝食、番茶
昼食、番茶 納豆
夕食、わかめスウプ おかき

食欲なし。終日頭イタイ。いよいよお迎えか。昨夜の夜中、庭で誰かが騒いでいるので目が覚めてしまう。ビカビカ、ギラギラ、真夜中なのに、庭で電気をつけて、ちっとも寝られない。腹がたったが、頭イタク、起き上がれず、ビカビカ、照らされながら、涙出る。お迎えが、来るならはやく来てほしい。モウ、こんな人生、何のミレンがあろうか。できれば、イタイのはやめてほしい。オトウさんにも、会わないようにしてほしい。あの人が万が一天国にいるのなら、私は地獄行きでケッコウ。

○月×日 晴れ
六時起床。

郵便局 現金五万円おろす。
頭痛なくなり、気分がすっきりしている。よく晴れているので、でかける。新しい靴おろすが、なんだか気に入らず。郵便局に寄ってから、バスに乗って、ナンブデパートへ。とても賑やか! キッサ店、化粧品屋、花屋、洋服店、ステキなお店がたくさんある。ウキ、ウキ。

朝食、モーニングAセット(パン、ゆで卵、イチゴジャム、バタ、サラダ、ミルクコーヒー、オレンジ切り身)680円
買い物、ジュディ・ガアランドのような赤い靴10780円、美容クリーム5720円、口紅3300円、美容室カットと白髪染9220円、赤ワイン1320円、チーズのセット1078円、ロースト・ビーフ1650円、ニース風サラダ550円、フランス・パンの上級638円
書店冷やかす。往年の名作映画の雑誌というのがあった。全ページ、写真。フレッド・アステア、ジーン・ケリー、フランク・シナトラ、エヴァ・ガードナー、エリザベス・テイラー、美しい大判写真イッパイ。1320円
昼食、スパゲッティーセット(トマト味スパゲッティー、サラダ、アイスクリーム、コーヒー)1200円

夕食、ワイン チーズ、ロースト・ビーフ、サラダ、パン 美味おいしかった!



203号室 ケイト・グエン 添谷陽美

ただいま。……。…………。ただいま! ねえ、タダイマだよ。ねーっ。ハルミ! 信じられない、まだ怒ってる? なに怒ってる? あーわからない。いいよ、そうやって怒ってれば問題なくなるの? そんなわけないでしょ、考えないと、このままじゃダメ。あとねえ、二ヶ月? 三ヶ月? くらいしか、ないよ。ほかの部屋探さないと。不動産屋、ハルミ行ってくれないとこまるのに。わたしもねー、広告はもらってきたよ。ホラ、線路の向こうにある緑色のお店。あるでしょ? ♪アパートマンション~アナタにぴったり見つけます~お貸ししますお売りーします~って歌、ずっと流れてるとこ。ちょっと、わたしこういうの読むのあんまり得意じゃない。ハルミ見てよ。ねーっ。どうして何も言わない。ほんとはね、お店の人に話聞きたかったけど、ガイジンひとりで行って、いい部屋探してもらえるって、思う? わたしねー、もう何回もイヤなイヤな思いしたから。だから、ここ住むとき、ハルミいろいろやってくれてすーごくラクチンだった。は? どういう意味? あのね、引っ越しの話よ、してるの。もうさー、学校あるバイトある、住むとこ決まらないと困る。ハルミもでしょ。今度はー、仕事場から近いとこにしたいって言ってたでしょ。探そうよ。……。…………。ねえ。言わないとさ、わからないね。話さないとわからないです。どうして黙ってるの? どっか痛いか。どこだどこだ! ……。…………。怒らないでよ。どうして怒る。えーっ、だって、わかるわけないよ! 何もわかってないって、わからないよ、ハルミ何も話さないんだから! 昨日から、ヘン。ほんと、どうしたの。わたしが何かしたのか? ならハッキリ言ってよ。言わないで怒るの、えーと、卑怯。卑怯だよお。そういうのよくない。一緒に住むとき、決めたでしょ。話し合おうねって。だってさー、わたし、ハルミの、恋人だよ。ハルミ、わたしの恋人でしょう。話さなきゃ。話さないとね、愛は消えてしまうよ。あっ。ちょっと! ちょっとー、どこ行く! 待ってよハルミ。どこ行くの? ねえ! ……。…………。バカー! ばーーーーーか! あほ! Mày chết đi!!! ……。…………。うー。ハルミ……。ン? あっ、コラ! 何しに帰ってきた! もう出てけばか! ハルミなんか知らない、あれ、待って待ってwait、ちょっと何、ア。

……。…………。……………………。

んー……。なんだよ……あのねー、こういうのダメ。ごまかしでしょ……。うー。なんで、ちょっと、もー、普段ハグとかキスとかしないのにー! こんなときだけ……。ハルミー、ばかー。ふふふ。ばかばかばかばかばかー。ねー。次も、わたしと住むんでしょ。一緒に暮らすでしょ。愛、無くなってしまったのでは違うよね? 違ってない? わたしはハルミ、好き。まだ好き。とっても。あのね、夢を見たんだ。海のそばだった。でも、わたしのホームじゃなくて、知らない海。夜で、びっくりするくらい、大きい月出てる。波に光がキラキラ当たってるの。まぶしいほどに。わたし、砂の上、ハルミと一緒に座ってる。もうね、ずーっと長い間、そうしてるの。それが分かるの。何年も……何十年も……。あれ、未来の夢かもしれない。そう思う。あんなふうに、どこかのきれい海で、ハルミと一緒に暮らすの。いつか。ここ、海から遠いけど、でもここでも一緒にいたい。一緒にいたいよ。ハルミ……。…………。どうして、何も言わない? 

あっ。なに、ねえ、どこ行くの……トイレ? もー、ほんとロマンチックないよ! ふふふ。ばーか! ふふ。……。…………。え? いや、誰?! ちょっと! ドア勝手に開けない! あ? あ、あー? あれ? ハルミ? えっ、どうして。だって、いまハルミ、トイレ入って。えっ、はあ? 何言ってる? ファミマ? ファミマ行ってた? ずっと? だってさっき帰ってきたでしょ! ふざけるな! わたしいじめてたのしい? じゃああのトイレ入ってるの、だれ! いまわたしとキスして、トイレ入ってったの……誰…………?


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