1/13高瀬隼子さん「め生える」刊行記念イベント@紀伊國屋書店新宿本店レポ
高瀬:今日は来てくださって本当にありがとうございます。嬉しいです。いざ会場に入って皆さんをみたら急に緊張して手汗が……。
——今日のこの「め生える」という本は1月6日に発売されたばかりですが、もう読まれた方はいらっしゃるでしょうか?
高瀬:あ、ちらほらいらっしゃいますね。まだ発売して一週間なのに。ありがとうございます。でもこのイベント、読んでなくても全然大丈夫なので、お気になさらず。
——ネタバレというのはほとんどないですよね。
高瀬:そうですね。みんなはげる話なんですけど、それはもう帯でばらしちゃってますもんね。
——そうなんですよ。帯を作るときに、本当は何の話か一切わからないまま、読者の方に読んでもらう方が面白いかなと思ったんですが、言わないとそれはそれでどうなる?と考えて……。
高瀬:今回、当初初校と再校と最後ざっと確認して終わる予定と聞いていたのですが、結局5校くらいまでいきましたよね笑。Wordで提出した段階で一度大きく変えて真っ赤にして、再校の段階でまた真っ赤にして……。
——4校くらいまで真っ赤でしたね笑。
高瀬:ゲラになるとまた直したいところがでてきて……。
——今回の作品は、ほとんど全員が「はげる」話です。そもそも、なぜこのテーマを選ばれたのでしょうか?
高瀬:今作は中編、締切、原稿用紙200枚程度ということだけ決まっていて。私は割とプロットをたてずに書き始めることがあって、Wordに思いついたことをひとり言みたいにつらつら書き出して、ここ面白そうと思ったら膨らませて改稿していく書き方をしているんですね。それでその時に考えていたのが今作の種になりました。
10年以上前の話になりますが、私がまだ20代前半で、社会に出て働き始めたばかりの頃に出会った同世代の男性で、髪の毛が少な目な方がいたんですね。その人が飲み会で、「お前はげてんな」って笑われてたんですよ。テレビでハゲいじりを観たことはありましたが、現実に接している人たちが目の前で「はげを馬鹿にして笑っている」という状況はショックで、私にとって辛い体験として記憶にあって……。からかわれていた当人は明るくていい人で、笑って流していましたし、からかった側も、普段は人に対して攻撃的だったり嫌なことをする人じゃない。むしろ親切で優しい人たちです。なのにはげだけは笑うんだなって。それもひっくるめて嫌なこととして残っていて、今回の作品につながっていきました。
——作品の中でも、世の中でいろんないじりがアウトになる中で、ハゲだけがなぜか許されることにも言及されてますよね。
高瀬:なぜでしょうね。許していい内容ではないと思うんですが。
——ちょうど、昨年末のM-1決勝でシシガシラさんのネタで。「ハゲは言っていいの?」というフレーズがありました。
高瀬:シシガシラの脇田さんがハゲてらっしゃって、自分たちでネタにしているけれど、これ笑っていいんかよというくだりがあったときに、これ「め生える」だ!って。
——ドキッとしましたね。
高瀬:ご本人たちは笑われる覚悟を持って、色々考えた上で「はげ」ネタをされているとわかっていても、視聴者としては一息呑んでしまう感覚があるなと思いながら、あのネタを見ていました。もちろんお笑い芸人さんたちは覚悟と技術を持って臨んでいて、だからこそそれが現実の会社の飲み会とかで使われるのは全然違う。
——作家とフルタイムの仕事勤めの両立はとても大変だと思います。工夫や感じられていることがあれば教えてください。
高瀬:実は……11月末付で職場を辞めまして……。同僚のみなさまのご理解と支えもあって、円満に、本当に円満退社しました笑。
辞めた理由は、やっぱり体力がきつかったからなんですね。平日事務職のフルタイムで19時、20時くらいまで働いて、時々土曜日の午前中にも仕事がありました。だから平日の夜と、土曜日の午後と日曜日に小説を書いていました。最初、いける気がしていたんですよ。仕事のあと軽食を食べて、カフェとか図書館とか外で書けるところで22時くらいまで頑張って、家に帰ってまたちょっと書いて1時2時くらい寝て。しんどかったけどこのリズムでやっていけばできるとおもってたんですが……眠くて。
——支障が出そうですね。
高瀬:眠くて眠くて、昼休みに、絶対誰もこないような廊下のベンチで横になったりして。どうしてもしんどくなって、辞めることを決めました。
ただ、働いている自分も好きだったんですよね。
毎日会社に行って、固定の収入のある自分でいたいっていう気持ちが強かった。2019年にすばる文学賞でデビューしたので、現在までの四年間くらいは、「いける!定年退職まで働ける!」と思っていたのですが……自分を過信しすぎました。
仕事を辞めてたらの2ヵ月は、専業作家という状態、というように自分で思っています。今のところ、睡眠時間が伸びて、肩こりが改善。食欲も増え体重もやや増えました笑。
——執筆自体はどうですか?
高瀬:そうですよね、その話をしないとですよね笑。今まで仕事のあと書いていて。仕事をしたら疲れるじゃないですか。頭が疲れてるんで、レッドブルを飲んで覚醒してから書いていたのが、今は飲まなくても書ける!
——もうルーティーンができたんですか?
高瀬:それがもう全然だめで。寝る時間もバラバラで、今日のイベントも起きられるか本当に不安で、数日前から調整を重ねていました。
——昔のインタビューで、出勤で街を出歩くことによってイライラがつのっていくから、それを作品に昇華させていると言っていたような……。
高瀬:そうなんですよね。あの、家から出なくなったんですよね。身支度をしないし人と関わらないし、イライラが減ってしまっていますね。よくないですね。
——一般的にはいいことなんですけどね。
高瀬:行き詰ったとき散歩するだけで刺激があったり、家だとさぼるので外で仕事をよくするんですが、周りの話を聞くのが好きで。みんな生きてるんだなって、今はそこで他者の存在を摂取しています。専業作家はあくまで今の「状態」だと思っているので、今後はアルバイトなどを始める可能性もあります。
——リアルな心情を書く上で、日々の体験などメモしていますか?インプットの方法は?
高瀬:私、わりとメモをとるほうでして。(鞄からノートを取り出す)1日1ページ、TODOリストのように何かしら書いています。それ以外に、"図書館の利用カードを作った。嬉しい。"みたいな、その日にあったこととかをつらつらと……自分で自分を励ます言葉だったり、見せられないですが書いてますね。
——インプットについては?
高瀬:やっぱり読書が好きなので、本から得ることが多いですね。小説が好きでそればかり読んできたので、新書やノンフィクションが弱くてですね。もっと読もうと思っています。漫画も流行りものしか追いかけられていないので、これも増やしたいのと、去年は少し忙しくて映画も全然観られなかったんです……。今年はなんとかしないと。
——最近読んで面白かった本は?
高瀬:昨年特に、周りの人に「読んだ? すごかったよね?」とおすすめしてまわったのは、市川沙央さんの『ハンチバック』です。昨年の芥川賞受賞作で、大きな話題になったので既に読まれたという方も多いかもしれません。
他には、『ともぐい』も。河﨑秋子さんの作品で、今直木賞候補にもなっているので[編集部註:このイベントから後日、みなさんご存じのとおり第170回直木賞を受賞]、売り場にもたくさん置いてあると思います。帯に"熊文学"って書いてあるんですが、熊を倒す話で、でも熊だけの話ではなくて……とにかくすごく面白かったです。
後は、一穂ミチさんの 『ツミデミック』。12月に読んで「めっちゃ面白いな!」って。一穂さんの作品には、人間のはっとする魅力が描かれていて、そこが大好きなのですが、今作では色々な犯罪を通して人間が描かれています。
それから、濱松哲朗さんの『翅ある人の音楽』。歌集です。濱松さんは友達なんです。今度対談イベントでご一緒するので読み返したら、暗くて重くて、でも美しくてめっちゃ良くて。こんなふうに言葉が紡げるのだなと。普段短歌を読まないという方も、この機会にぜひ。せっかく紀伊國屋書店さんに来ているので、まとめて買って帰ってください!
(上記のほか、高瀬さんが2023年おすすめされていた本一覧)
——作品の中で、乱暴な物言いをするときに方言が出てくることがあるように見受けます。標準語と方言について使い分けがあるのでしょうか?
高瀬:私は愛媛県の新居浜市というところの出身なんですね。幼少期を新居浜弁で過ごしたわけですが、普段丁寧語や敬語で話すときは、方言はでないんです。でも何かあって、バーッと喋るときには出たりします。小説の中で方言を出すときは、「よし出すぞ!」というような意識はないですけど、ただ、憎しみの感情になったときに勝手にでちゃう……。意識して書いている訳ではないのが、自分の中でどうなんだろうと思ってもいて。ただ、意識して方言を出していなくても、校正の段階で直そうとしない。読み返して自分でも残すことを選んでいるんですが、最初から書こうと思っている訳でもない。
——感情が高まると出てしまう?
高瀬:そうですね。普通に使うにはちょっと汚い気がして。「じゃ」とかよく使うんです。「ほじゃけん」とか。「ほんなんじゃいかんだろが」みたいな、こんな言葉を実家では使っていて、これは激しすぎるので字面にしたとき、もうちょっとマイルドにして書いています。
——『おいしいごはんが食べられますように』などの既刊でも、登場人物の出身地方は特定していないですよね?
高瀬:そうですね。これも自分の中では課題で、土地にフォーカスして書いたことが、ちゃんとはなくて。いつかはやりたいなと思っています。
ただ実在の土地に焦点を当てると、現実にそこに住んでいる人がいるから難しい。一番知っているとなると、地元の愛媛県になるんですが、そこを使うのも甘えのような気がする……。
——それはどういう……?
高瀬:うーん、"地元だから悪く書いても許される"というのが甘えかなと。なので書きたい気持ちと難しさとで今悩んでいます。
——小説家を目指したきっかけは?
高瀬:これは本当に覚えていなくて。幼稚園くらいの時から、「物語を作る人になりたい」って思っていたんですね。小学生になって文字を覚えると物語を書くようになって、小4、5くらいの時に小中学生が対象の創作コンクールがあって、応募して落選していたんですね。そのあと、コバルト文庫の短編小説賞なんかに出したりもしました。その時々で、自分の読んでいたレーベルの賞に、小学校高学年くらいから投稿するようになったんでしが、きっかけは何だったのか、わからないですね。
親から本を読めって言われて育ったわけでもないですし……なんでこんなに好きなんだろう笑。
——小学生の頃、学校の作文で将来の夢なんか書きませんでした?
高瀬:ありましたね。確か、童話作家になるって書いた気がします。その時ちょうど童話コンクールに応募していたんだと思います。全部落選したんですけど。蝉が脱皮に失敗して死ぬ話、小5のとき書いたことがあります。
——暗い話ですね。でも明確に夢を持たれていたんですね。
高瀬:そうですね。高校は文芸部、大学で文芸サークルに入って2年生の時、はじめて新人賞といわれる賞に応募して落選して、そこから30歳くらいまで10年間ほど毎年投稿と落選を繰り返しました。
——今後の刊行予定は?
高瀬:この後しばらく刊行予定はありません。今は文芸誌の「群像」に定期的に短編を書いています。これが本になればいいな!と。あとは長編を書こうと思っています。これまでの最長は原稿用紙220枚程度なんですけど、300枚とか400枚に憧れがあって。まだ0ページなんですけれど、これから書いていきたいなと思っています。時間がかかりそうなので、来年とか再来年になるか、結局書けなくて幻になるかのどれかだと思います笑。
——連載ですか?
高瀬:連載にしてほしいな……。仕事を辞めちゃったので、専業作家という状態じゃないですか。仕事が無くなるのがすごく怖くて、年末いろんな編集者の方に「会いたい。お茶でもしませんか?」って、仕事が欲しいあまりにメールしちゃって笑。ちょうど来週編集者の方とたくさん会うので、営業してこようと思います。
——最後に。
高瀬:「め生える」の話をあんまりしなかったので笑 はげてしまう、病気が流行ってみんながはげていく話を書きました。(小さな声で)SF…っぽい…少し不思議という設定で書きました。
これまで自分が書いた作品では、割と現代日本を舞台にした小説が多かったので、現実ではない設定にチェレンジして書きました。ぜひ読んでいただけるとい嬉しいです。
本日はありがとうございました!
「め生える」の冒頭をnoteにて公開しております。
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