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#01 フランスにおける社会起業家の背景を紐解く-「スタートアップ」と「社会的連帯経済」はどう社会起業家と結びついたのか

 本日より、全4回の連載「社会起業家の現在地を探る in フランス」を開始。UNERIのメンバーがフランス・パリに滞在し、現地の声や経験・スタートアップ関連施設への取材を通して、起業家エコシステムの探求を行ってきた。

 初回となる本記事では、「社会的連帯経済」「スタートアップ」という2つのキーワードから、「フランスの社会起業家」の現在地に迫っていく。

【連載記事一覧】
第1回:フランスにおける社会起業家の背景を紐解く-「スタートアップ」と「社会的連帯経済」はどう社会起業家と結びついたのか(本記事)

第2回:スタートアップエコシステム最前線 -パリの創業拠点Station Fを探る
第3回:フランス社会起業家エコシステム舞台裏 -4つのステークホルダーの観点から-
第4回:フランスの社会起業家3選- 現地の声からみる社会起業家の潮流


「はじめに」 -かつて「サラリーマン大国」だったフランス、今なお「サラリーマン大国」の日本- 

 フランスのスタートアップを取り巻く状況は、近年劇的な変化を遂げている。起業家精神という観点で見ると、成人人口100人あたりの起業家数を示す「総合起業家指数」(*注釈1)は、5年ほど前の時点ではフランスも日本も、米国や英国に比べ大きく遅れを取っていた。いわば「サラリーマン文化」が根強い国であったことが伺えるだろう。

 しかしフランスにおいて、この数値が2018年以降急激に増加している。遡ること5年前の2013年、国を挙げてスタートアップ関連施策がスタートしたことが起点となり、フランスの起業家エコシステムは変貌を遂げた。

 2019年のトムソン・ロイター財団の世論調査によると、世界主要45ヵ国を対象とした「社会起業家になるのに適した国ランキング」において、フランスは3位を記録。日本は41位と、大きく水を開けられる結果となった

 今回の連載では、フランス現地での取材から、社会起業家の現在地を探っていく。かつて「サラリーマン文化が強い」という点で日本と共通項のあったフランスの先進的な事例や、背景にある政策を知ることで、今後日本の社会起業家を取り巻く現状へ知見を活かすことができると考えている。

 なお弊社の立場として、営利・非営利の両系譜から、社会起業家が発展してきた背景を捉えることが重要だと考える。

 近年では営利・非営利の境目が非常に曖昧になっており、スタートアップ、NPO法人、一般社団法人など、多岐にわたる主体が課題解決に向けた試行錯誤を行っている。それらが包括されて「社会起業家」と呼称されるため、一方に偏った視点では見落とす文脈があると考えるためである。

 したがって本記事では、フランスにおける社会起業家の実情に迫るため、下記2つの概念を探っていく。

1. 社会的連帯経済
2015年時点で、フランスGDPの10%・雇用の12.7%(約238万人)を担う経済主体。「持続可能な経済社会をつくること」を目的とする概念であり、主に非営利の協同組合やNPO、相互会社や財団などが該当する。

2. スタートアップ企業
2022年時点で、フランスの新規雇用の53%を賄わっている株式会社の一形態(OECD調査)。社会性と経済性の両立を目指す「インパクトスタートアップ」が生まれつつあり、社会課題解決の担い手として着目されている。

 フランスにおいてこの2つの主体にまつわる動向を追いかけることで、社会起業家を取り巻くエコシステムの現在地を解きほぐしていく。

*注釈1:【Total Early-Stage Entrepreneurial Activity(TEA)】成人人口100人に対する、起業準備中の人と起業後3年半未満の人の数を示すもの。[global Entrepreneurial Monitorリポート]

*注釈2:"The art of simultaneously pursuing both a financial and a social return on investment." (Jerr Boschee) 

「社会連帯経済」編 - 第二次世界大戦後に発展したEES法の特徴と課題 - 

 フランスの企業や団体において、社会性を追求していく非営利活動はどのように発展してきたのか。その転機となったのが、2014年の「社会的連帯経済法(ESS 法)」の制定である。

 その前段として、「社会的連帯経済(ESS)」という概念について説明したい。社会的連帯経済とは、「社会的経済(=民主的な運営により社会的目標達成を目指す協同組合経済)」と「連帯経済(=非市場的な互酬関係を重視したコミュニティ経済)」を組み合わせた言葉で、フランスでは「l'économie sociale et solidaire」の頭文字を取って「ESS」と言われる。

 「行き過ぎた利益追求による弊害をなくし、民主的な運営により人間や環境にとって持続可能な経済社会をつくること」を目的とした経済家活動を示す概念であり、一般的に欧州でThe third sector(第三セクター)と呼ばれる、協同組合やNPO、相互会社や財団などが主に該当する。

 ESSには、利益の分配以外の目的を追求すること、民主的な手段を用いたガバメントが定義づけられていること、株式が金融市場で取引されていないことなど、経営形態に様々な制限があり、スタートアップ企業とは一線を画する経済主体である。
(筆者の理解では、日本で言う「生活協同組合(生協)」が近しい例であると捉えている)

 ESSは主としてラテン系の欧州諸国(フランス・スペイン)や南米などを中心に発展している概念である。フランスにおいては、第二次世界大戦後に提唱され始め、1980年代に大量失業の問題が浮上し、市民の雇用創出などを目指す必要性が高まったことから社会的連帯経済の必要性が更に活発に議論され、発展してきた。

 そして先に触れた通り、「社会性」を追求する活動の位置付けは、2014年のESS法の制定により大きな変革を迎えた。特に影響が大きかったのが、「社会的企業」に関連して、法的に導入された「ESUS認証」である。

 この認定制度により、一定の条件を満たした「商業的企業(socitcommerciale)」が社会連帯経済に包摂されていった。従来、社会的価値を追求する法人が属していた「非市場領域」と「市場経済」とが接続されるようになったのである。

 これを機にESSは、投資銀行や商業銀行のESS向け資金にアクセスできるようになり、非営利活動における資金調達の促進が目指された。また、認定企業に対して税制上の優遇措置も提供している。つまり、社会連帯経済の枠組みで、ソーシャルビジネス分野の企業を生み出すことが目指されたのである。

 なお、2014年のESS法制定に合わせて、新しいプログラム・拠点の設立なども進展している。具体的なケースが気になる方は、下記のWebページを参照してもらいたい。

参考:ESS France公式サイト(仏文サイト)

 しかし、まだ課題も残っている。「社会的連帯経済」という概念が法律において明記され、その概念にとどまらずしっかりと実利を受けるように設計されている点は目を見張るものがある。一方で、このESUS認証制度を取得した企業数はこの10年で伸び悩み、活用が進んでいるとは言い難い
 
 その理由として、ESUS認証を取得するには、利益の制限など厳しい基準が設けられているため、取得のハードルが高すぎるという状況がある。さらにESSの規格が法制定から10年を経て、制度の実態が「社会性」と「経済性」の両立を目指す社会起業家の現実に則していないという声も現地からは挙がっていた。

「スタートアップ」編 - 政府主導のテック戦略から広がるイノベーション - 

Viva Tech2023におけるLa French Techのブースの様子(筆者撮影)

 フランスの社会起業家を論じる上で、起業・スタートアップ事情に触れないわけにはいかないだろう。近年ではSDGs・ESGの発展を背景に、スタートアップ企業が社会課題解決の担い手として機能するケースも増加している。

 前述のように、かつて起業意欲が日本同様それほど高くない国であったフランスも、2013年以降の一連のスタートアップ政策によりヨーロッパ随一の起業大国へと変貌した。

 その象徴的な取り組みが「La French Tech(フレンチテック)」である。政府が編成したスタートアップ関連事業のプロジェクトの総称で、「Station F」(注:パリのスタートアップキャンパス、第二回で詳述)に拠点を置く。

 世界中のスタートアップとのコミュニティ形成、支援の拡大など、マクロン大統領が掲げる「ユニコーン企業を2025年までに25社」というスローガンを掲げ、急速にスタートアップ市場の拡大を目指して行った。(同目標は2019年に前倒しで達成、2023年時点で36社のユニコーンを輩出)

 また、この施策のインパクトにも着目すると、2022年のOECDのレポートでは、フランスの新規雇用の53%がスタートアップによって賄われているほか、フランス人の5人に3人(62%)は、La French techのプログラムに採択されたユニコーン企業のサービスを利用している等、スタートアップ周辺のみならず、広く市民にも影響を与えている。

 また、フランスでは「Viva Tech」という欧州最大規模のテックフェスも開催され、「スタートアップ大国フランス」としての地位を国際的に高めている。

 筆者も実際、今年度開催されたViva Techに参加した。そこでは、MetaやGoogleなど国内外のテック企業、国ごとのブースのみならずフランスの大手ラグジュアリー企業LVMHやロレアルなども出展。ブース内にその場でピッチを行える場所が設けられているなど、単に企業のプレゼンテーションの場としてではなく、新しいビジネス創出の場として機能している様子が伺えた。

 また、Viva Tech内には、La French Techを資金の面からサポートする政府系投資銀行「Bpifrance」のブースもあり、同銀行が運営パートナーとなっているLa French Techのコミュニティのひとつ「La French Fab」のブース出展も行われていた。

 4日間で91,000人以上が来場し、146カ国が参加した今年度のViva Tech。関係者や世界へのプレゼンスを示す機会としても機能している様子が感じられた。フランスのスタートアップ市場はさらに発展していくだろう。

Viva Tech 2023内ピッチスタジオの様子(筆者撮影)

 一方で、筆者がフランスで一般の人々に「社会起業家とは何か」と問いを投げかけた際、この言葉の意味を正しく理解している人はまだあまり多くない印象だった。(余談ではあるが、「Entrepreneur」は主に欧米圏で多く使用される言葉であるが、語源はフランス語である)

 筆者が調べた限りでは、フランスにおいて「社会起業家」という肩書きの人が登壇するイベントは少なくない。また近年、民間・政府レベルでも社会起業家に対する投資(インパクト投資)に関連した議論や動きは活発になっている。

 しかし、まだ多くの人の認識では「スタートアップ」と「社会起業家」が結びついていないのが実情ではないかと推察する。次の連載記事で詳述する予定だが、フランスのスタートアップエコシステムの中核を担う「Station F」の視察時にも、同様の印象を持った。

まとめ

 第一回は、社会起業家の現状に迫るため、非営利企業を内包する「社会的連帯経済」と、営利企業として発展してきた「スタートアップ」という2つの系譜と現状について概観した。

 非営利セクターの系譜に関しては、第二次世界大戦後の市民の人権と結びつき、政府と協働で「社会的連帯経済」が推進されてきたが、最新の動向を反映しているかに関しては課題が残っている。

 営利セクターの系譜に関しては、元々は保守的なサラリーマン社会だったフランスでも2013年の政府主導の動きの中でスタートアップ改革が進められてきた事例を紹介した。これは日本のスタートアップ元年よりも10年ほど先んじて行われている取り組みである。

 この長期にわたる施策のおかげでスタートアップ関連の雇用増加も進んでおり、一定の経済効果が生まれている。Viva Techなど国際的なプレゼンスとイノベーションの促進を図る取り組みもあり、その関連人口には特筆すべきものがあった。

 また、どちらもそのターニングポイントは今から10年ほど前、2013~2014年に見られる。スタートアップ政策など、多様な起業や働き方の流れが加速してきた2013年以降、ESSの整備や環境問題にアプローチをした社会性追求型の企業など、「社会性」と「経済性」の交わる企業形態の増加が加速してきている。

 フランスにおいて、ここ最近「社会起業」の流れが加速してきていることは、ここまでの10年の地道な努力が結実してきた証拠だろう。(第三回以降で詳述)

 一方で日本に目を向けると、「20代・30代の若者の64%が、ソーシャルビジネス・社会起業家という言葉を聞いたことがある」というデータが示すように、「社会起業家」という言葉は一般にもおおよそ浸透し始めた様子がある。2013~2014年がフランスにおける社会起業家の夜明けだとすると、日本の夜明けはすぐそこまで来ているのかもしれない。


 次回は、フランスのスタートアップエコシステムを語る上で外すことのできない、「Station F」について取り上げる。世界中から視察を受け入れ、スタートアップコミュニティのベンチマークとなっているStation F。そのエコシステムを、現地でのレポートを交えて綴る。


取材/執筆:魚住晴香
編集/校正:上前万由子太田圭哉


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第1回:フランスにおける社会起業家の背景を紐解く-「スタートアップ」と「社会的連帯経済」はどう社会起業家と結びついたのか(本記事)

第2回:スタートアップエコシステム最前線 -パリの創業拠点Station Fを探る
第3回:フランス社会起業家エコシステム舞台裏 -4つのステークホルダーの観点から-
第4回:フランスの社会起業家3選- 現地の声からみる社会起業家の潮流


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