エーテルの海のレプンカムイ


 果てしなき大海の上をツェッペリンを飛び交う、飛空艇時代において好奇心はとどまることを知らなかった。世界各地の珍品を求めて東へ西へとツェッペリンを飛ばし、時に贋物をつかまされるなどの一喜一憂を繰り返していた。
 そのツェッペリンもその手の目的で飛ばされたものの一つだった。
「兄ィ、今日運ぶものはかなりの大物らしいンスけど、なんか箱の外側からでもわかるぐらいに神々しさを感じるっス」
「中身は確かバカデカいシャチの剥製らしいが、オレにはどうもこいつを所有する貴族の気持ちがわからないぜ」
「そうっスか?オレは海洋生物にロマンを感じる性質でして……だってすごいじゃないっスか? 海にはオレの想像も及ばない不思議な生物がわんさかいるンスよ? 地球は不思議なことばかりっスねぇ」
「イワンは、本当に海が好きだなぁ、俺には気持ちがよくわからんよ」
 とツェッペリン乗組員は談笑していた。あと一日もすれば母校に帰港するという精神的余裕もあるのだろう。和やかなアトモスフィアであった。

だが彼らは何も知らなかった。彼らが何を運んでいるのかを。その剥製に眠っている確かな神性を。
 『彼』は微睡みの中で海の夢を見ていた。果てしなき広がる大海を自由に泳ぐ夢を見ていた。故郷から遠く離れた地を文明の産物である飛空艇で運ばれていることを、『彼』はまだ何も知らない。
 文明の発達により彼らは自然に対する畏怖を失ってしまったのだろうか? その答えはいずれ解ることだろう。だが今結論を急ぐべきところではないだろう。

「兄ィ、今貨物室で何か音がしなかったっスか? まるで寝返りを打つような音が……」
「気のせいだろ」
「確かに貨物室の周囲はコンテナでいっぱいっスからね?何かしらの音があっても不思議ではないか……」
 彼らと『彼』を乗せた飛空艇は目的地にもうすぐたどり着くであろう。そう、蒸気機関と魔術が渦巻く魔都ロンドンへ……

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