ファントム・キャリッジ(全編)
1. モーター・ゾク
『アルテミスハイウェイのアーバンレジェンド:ファントム・キャリッジ! 悪夢じみたスピードデーモンの存在がモーター・ゾクをルナティック・ランに駆り立てる!』
「何がスピードデーモンだ! ナメ腐りやがって!」
トビカワはタブロイド紙を丸めて投げつけた。元タブロイド紙、現紙屑はブルータル・ベルセルク・ゾクのアジトの窓ガラスに衝突し跳ね返り、薄暗いコンクリート床に落ちた。
リーゼント、革ジャン、サングラスのクラシカル・バイカー・スタイルのトビカワはスカムタブロイドに対する怒りに満ち溢れた表情で立ち上がり、無造作に段ボールを蹴りつけた。段ボールは少しへこんだ。
「トビカワの兄貴、どうしたんでやんすか?」とチビでバンダナのモーター・ゾクがトビカワにこびへつらうような顔で見上げていた。
「どうしたもこうしたもあるか! スカムタブロイドのゴミカス野郎がゴミカス書きやがって! ダチ公が5人死んだんだぞ! スカムアーバンレジェンドに殺されたんだ!」
「昨夜から1人増えたでやんすか?」
「あぁ、ジンヌマの野郎が今朝あっけなくお陀仏しやがって、あいつはいい奴だったのに!」
トビカワは涙をにじませながらバンダナにファントム・キャリッジに対する敵意に満ちた視線で訴えかける。
「あいつらに俺たちブルータル・ベルセルク・ゾクできることはナメ腐ったファントム・キャリッジ野郎の化けの皮を剥がすことだ! それがあいつらにできる最高の供養だ!」
「でもファントム・キャリッジは降霊術で動いているでやんすよ?モンスターと同じでやんす。そんな相手に本当に勝てると思うでやんすか?」
「俺はオカルティズムを信用しない。イカレたサディストのハッカーの仕業に決まっている! 奴を吊るして引きずればいいんだよ! そんなこともわからないのか! このゴミカスが!」
そう叫ぶと、トビカワはバンダナをビンタした!
痛みと共にバンダナは理解した。トビカワは本気だ。トビカワは本気でファントム・キャリッジと狩ろうとしているということを。
2. スピードデーモン:ファントムキャリッジ
恐るべきスピードデーモン、ファントム・キャリッジがアルテミス・サーキュラー・ウェイに出現したのは春先の事だった。恐るべき走行性能を誇る黒ずくめでフルスモークのスーパーカーがモーター・ゾクの連中に次々喧嘩を売り、喧嘩を買ったモーター・ゾクは次々と無惨なクラッシュという敗北で終了したという鮮烈な走りぶりを披露したのだ。
モーター・ゾク界隈は震撼が走り、ファントム・キャリッジに懸賞金をかけたが、ことごとく腕利きのモーター・ゾクはファントム・キャリッジに敗北を喫するのであった。
そのうちにモーター・ゾクはファントム・キャリッジを恐れるようになった。得体のしれないモンスターに関わるほどモーター・ゾクは暇ではないのだ。しかし、ブルータル・ベルセルク・ゾクだけは違った。クラシカル・バイカー・スタイルを貫き通す古典主義者の集まりであるブルータル・ベルセルク・ゾクはハイウェイの掟をナメ腐ったファントム・キャリッジを許せないのだ。それ故にファントム・キャリッジを狩るために動員をかけ敗北したのだ。
ブルータル・ベルセルク・ゾクのアジトの扉が乱暴に開かれ副官の下半身サイバネのスキンヘッドの男、キギザキが現れる。その両指にはゴールドリングが8本はめており、危険な空気を醸し出す男だった。その後ろから手錠をはめられた男がおずおずとおびえた様子でキギザキに従う。
「トビカワ、ご所望のハッカーを連れてきたぜ」
「キギザキ、予想より早いじゃないか? これでスカムアーバンレジェンド狩りが捗るぜ! 」
「あぁ、女で釣ればチョロいもんだぜ、少し挨拶しろよ! オラ!」
「ひぃ……サクラバです! 初めまして!」
トビカワは笑顔でサクラバの肩を叩いた。
「お前に今回の狩りの責任がかかってんだ。しっかりキバれよ?」
「……はい、わかりました」
サクラバは震えながら自らの運命を悟った。ファントム・キャリッジを絶対に狩らなければ自らの命を保証はないということを。
「これで準備が整った! ブルータル・ベルセルク・ゾクの兵隊を集めろ! 今夜、あのスカムアーバンレジェンドの化けの皮を剥がす! 楽しい狩りの始まりだ!」
3. アルテミス・ハイウェイ
アルテミス・エンタープライズ社のサッポロ旗艦オフィスの一室。清潔なオフィス内部で上級社員タコナベは見事な酷薄な笑みで汎用的端末のディスプレイを見ていた。そのディスプレイ上に映し出されたデータには『アルテミス・エンタープライズセクター49情報漏洩事件報告書』と書かれたPDF文書だった。そのPDF文書を一通り読み終えるとこの件に関する後始末の指示をキーボードにタイピングした。タコナベのタイピング手つきは一種のアート系フッテージを連想させるような手つきだった。タコナベは相当なタイピング技術を持っているのは容易に推察されるだろう。
タコナベはエスプレッソを飲み干すと送信キーを入力した。
「保安部の上役から指示が来た。セクター49の情報漏洩犯を今夜中にアルテミス・エンタープライズ社に移送しろとのことだ。ウィルバー、何か質問はあるか?」
茶髪のアルテミス・エンタープライズ社の敏腕ドライバー、ウィルバーは神妙な顔で上司を見つめた。
「部長、例の身元不明車が襲撃してきたらどうするんですか? ハイウェイパトロールでも太刀打ちできないってウワサですし何かあったらどうなるんですか?」
「ハイウェイパトロールが厳重に警備してくれる手はずになっている。強力な火器支援でお前の車を守ってくれるはずだ。安心しろ。身元不明車は所詮ただのこけおどしだ……気にすることはない」
ウィルバーは釈然としない顔で「わかりました」とだけ伝え、駐車場に向かった。
企業連支配下の都市にしては小規模な都市だ、上司の命令にはお仕着せの思考停止が目立つ。万事がこの調子だから困ったものだ。だがしかし、ウィルバーの脳内には不吉な予感がひたすらに付きまとうのだ。振りほどこうとしてもどうにもならないのである。今回の仕事は何かが起こる。ただそれだけが脳内をメリーゴーランドめいて駆けまわるのであった。
……小規模簡易独房群の一角、非常灯のみが照らしている独房の中で異様な男が一人、ただ一人心静かに瞑想をしていた。上半身裸で背中には見る人すべてに威圧感を与えるイトマキエイのタトゥーが異様な雰囲気を加速させている。周りの咎人はイトマキエイのタトゥーの男を意図的に視線から外すように努めていた。
「フヒヒヒ……やはりオレはついてる……凶事のヴィジョンを天球の神々はオレに教えてくれた……天球の神々の意向に背かない限りオレを災いから守護してくれる……フヒヒ……」
不気味なチャントめいた言葉が一層、独房内の咎人の視線を逸らされる。関わり合いになるなと本能が警告してくれるかのようだった。そんな不気味な雰囲気漂う小規模簡易独房群に足音が響いた。企業連の雇われ看守だ。
「囚人番号019号、今からアルテミス・エンタープライズ社に移送する……アルテミス・エンタープライズ社についたらもう二度日の目を見ることはないと思え!」
「フヒヒ……囚人番号だけだと味気ない……オレは周囲からデビルレイという通り名で通っている……それに最後のドライブとは限らないだろ……雇われ看守さんよ……」
雇われ看守は、警棒で殴りたい感情を抑えながらデビルレイを睨みつけた。だが雇われ看守もデビルレイの言動から恐ろしい予兆を感じ取っていたのだ。今夜は確実に何かが起こるということを……。
4. ワン・ナイト・ヘル・カーニバル
唸りを上げるエンジン音! ブルータル・ベルセルク・ゾクのアジト前広場は、クラシカル・バイカー・スタイルのブルータル・ベルセルク・ゾクの構成員がひしめき合い、キリングオーラに満ち溢れていた! 拡声器を持ったトビカワが大声でがなり立てる。
「ハイウェイの掟をナメ腐りやがったスカムアーバンレジェンドに引導を渡す時がきた! 今日という日が来るのを死んだダチ公どもは冥界で待ち望んでいる!」
湧き上がる鬨の声!
「この日のためにキギザキがハッカーを調達してくれた! テメェらキギザキに感謝しろよな! 」
声にならない叫び声が夜空に反響する!
「殺せ!」
「「「殺せ!」」」
「殺せ!」
「「「殺せ!」」」
「スカムアーバンレジェンドを殺せ!」
「「「スカムアーバンレジェンドを殺せ!」」」
「狩れ!」
「「「狩れ!」」」
「狩れ!」
「「「狩れ!」」」
「スカムアーバンレジェンドを狩れ!」
「「「スカムアーバンレジェンドを狩れ!」」」
恐るべきファントム・キャリッジに対する殺意溢れるチャントでブルータル・ベルセルク・ゾクの士気はぐんぐん上昇していき、対照的に煽情的トレーラーの助手席に収まったサクラバの顔が青ざめていく!
「ヒェッ……ファントム・キャリッジを狩らないと僕は確実に殺される……」
震える手でサクラバは端末のキーボードを生存のためにタイピングし始めた。
「ブルータル・ベルセルク・ゾク出撃だ!」
「「「ウオーッ!」」」
ブルータル・ベルセルク・ゾクがファントム・キャリッジを狩るためにアルテミス・サーキュラー・ウェイへ出撃する!
……アルテミス・ハイウェイを護送車がアルテミス・エンタープライズ社に向けて走っている。そして護送車を運転するウィルバーは浮かない顔をしている。その原因は何か? それは護送対象である不気味な雰囲気をもつ男……デビルレイである。
「フヒヒ……ハッカーは大抵海が好きだ……その理由を知っているか……?」
「囚人番号019号……護送中に私語は慎め」
「それは……インターネットと海は限りなく近い成分でできているからだ……フヒヒ……」
ウィルバーは気分を紛らせるためにコーヒーガムを噛みながら運転をしている。物事に無関心なドライバーを装うことでデビルレイの放つ雰囲気から逃れようとしていた。
(早くアルテミス・エンタープライズ社に到着しないと俺の頭はおかしくなりそうだぜ……)
「なぁ……運転手さん……アンタ勘が鋭い方だろ?……オレはすぐわかる性質なんだ……」
「アイエ!?」
「囚人番号019号! 護送中に私語は慎めといっているだろう! 」
ウィルバーは精神的動揺を悟られないように笑顔で取り繕いながら、バックミラー越しにデビルレイを見る。デビルレイはいたってシリアスな顔でバックミラー越しにウィルバーを見つめ返した。
「フヒヒ……これからアルテミス・サーキュラー・ウェイで凶事が起きる……生き残りたかったらオレの言うことを聞いた方が生き残る確率が上がるかもしれないぜ……少なくとも神様に祈るよりはマシだ……」
アルテミス・サーキュラー・ウェイでの凶事……ウィルバーの中で悪い予感が再びメリーゴーランドめいて加速していく。奇妙な汗がウィルバーの体を伝ったことを感じた。
5.ハンティング・ナイト
真のハイウェイ戦士たるブルータル・ベルセルク・ゾクの集団最後尾……煽情的トレーラー助手席のサクラバは非常に重大なハッキング行為の最中であった。すなわちアルテミス・ハイウェイの走行車両コントロールシステムに繋がるオービスへのハッキングである。慎重に慎重を重ねて、オービスの対ハッキング障壁を一枚一枚、ブロック崩しめいて解除する作業を粛々とサクラバは進めていった。無論、企業連の社内データの不正アクセスは重罪である……だがハッキングしなければサクラバの身には凄惨な死が待ち受けるのだ。自らの生命の危機に比べれば企業連の社内データの不正アクセスなど些細なことに過ぎないのだ。故にサクラバは必死に端末画面とにらめっこしタイピングを続けた。やがて最後の対ハッキング障壁を解除し、アルテミス・ハイウェイの走行車両データを閲覧できる状態になった。
「BINGO! これで生命の危機からはひとまずは抜けられた!」
しかし、これでサクラバの仕事は終わりにはならない。アルテミス・サーキュラー・ウェイの走行車両データを注意深く確認し、不明車両データを見つけ出し、ファントム・キャリッジの出現に備える。ブルータル・ベルセルク・ゾクをハイウェイパトロールの介入を防ぎオペレートするためである。緊迫した空気がトレーラー内に流れる。時間は無慈悲に過ぎゆきサクラバが諦めかけた不明車両データの光の点が出現した。見る見るうちにブルータル・ベルセルク・ゾクに近づいていく!
サクラバは渡されたインカム越しに必死で叫んだ。
『ファントム・キャリッジが出現した! 奴を狩れ!』
……その時、ランプからフルスモークの黒ずくめのスーパーカー……ファントム・キャリッジがアルテミス・サーキュラー・ウェイの車を縫うように走行しブルータル・ベルセルク・ゾクに接近しようとしていた。遭遇戦である!
「クタバリやがれ! ファントム・キャリッジ!」
C4爆弾を設置爆破すべく3台のモーター・ゾクがファントム・キャリッジに接近! みるみるうちに設置可能距離に到達する! だがしかし突然ファントム・キャリッジが左側のモーター・ゾクに猛然とタックル! モーター・ゾクは慌てて距離を遠すぎるが相手の方が一手早い!
「ウワーッ!」
左側のモーター・ゾクはファントム・キャリッジに壁に向かって吹き飛ばされる! 弾みでC4爆弾のスイッチが押され、モーター・ゾクのバイクは爆発炎上! 一人リタイア!
C4爆弾から鉄パイプに持ち替えた後方と右側のモーター・ゾクはファントム・キャリッジに痛打を与えるためにニトロブーストで接近しようとするが、突如ファントム・キャリッジの後部トランクから何かが発射された!
「ウワーッ! ネット弾!」
モーター・ゾクの上空で展開されたネットがそのままモーター・ゾクを捕獲! モーター・ゾク2台はもみくちゃになりながらクラッシュした! リタイアだ!
「フザケやがって! スカムアーバンレジェンド!」とトビカワは唇を噛みしめる! ファントム・キャリッジは挑発するようにライト点滅!
「リタイアしたモーター・ゾクの魂に報いあらんことを! ウオーッ!」
仲間をやられた怒りに燃える長物モーター・ゾクが連続ニトロブースト突撃を仕掛ける! だが、ファントム・キャリッジはさっきのは挨拶代わりだと言わんばかりに長物モーター・ゾクをいなしていく! 全攻撃を回避した!
トビカワはピストルで長物モーター・ゾクの援護射撃を試みるが前方のモーター・ゾクに当たる可能性が高いので手を出せないでいた。だが、ここで片手でハンマーを持ったキギザキが叫ぶ!
「ここは俺がキメる! トビカワ、援護を頼む!」
「テメェらいったん下がれ! キギザキが突撃するぞ!」
前方モーター・ゾクはいったんスピードを緩めキギザキに車線を譲る! キギザキはすかさずニトロブースト! トビカワも追走してピストルを構える!
「食らいやがれ! スカムアーバンレジェンド!」
見る見るうちにキギザキはファントム・キャリッジに近づいていく! トビカワも援護射撃でファントム・キャリッジの進行方向を妨害していく!
ニトロブーストでスピードが乗ったハンマーの鈍い一撃がファントム・キャリッジを襲う! だがしかし! ファントム・キャリッジ車体下部にどういうカラクリなのか、鋭いスパイクがせりだしてきた! そのままキギザキのバイクにタックルを仕掛ける! ハンマーの一撃とスパイクタックルが交差する!
「ウワーッ!」
「キギザキーッ!」
ファントム・キャリッジの側面にダメージを与えることはできたが、キギザキのバイクはスパイクタックルをまともに受けてしまいそのままキギザキは壁に押し付けられる! トビカワは我を失い、ピストルを乱射! ファントム・キャリッジの背面ガラスにひび割れが走った! それでもファントム・キャリッジは停止することはなくキギザキを壁にこすりつける! 恐るべき非人間的な走行ぶりだ! キギザキのバイクはたまらず爆発! キギザキはここでリタイア!
「畜生! このマザーファッカー野郎!」
トビカワはハイウェイに慟哭する!
……一方その頃、ブルータル・ベルセルク・ゾク最後尾、煽情的トレーラーのサクラバも難しい局面に立たされていた……! オービスのハッキングがアルテミス・エンタープライズの当局に感づかれる兆候を感じ取ったのである。 ハッカーは引き際が肝心と古代ハッカーの警句がサクラバの脳裏によぎる! 引くか突っ走るかの瀬戸際にサクラバの思考回路は葛藤が生まれる!
それ故にサクラバはどこからともなくスポーンした正体不明飛行船ドローンが煽情的トレーラーが異常接近しつつあることに気が付かなかった!
トレーラードライバーのモーター・ゾクは正体不明飛行船ドローンを視認して慌ててハンドルを切る! だがもう遅い! 正体不明飛行船ドローンはトレーラーめがけてカミカゼアタックを仕掛け爆発! それをもろに食らったトレーラーは激しく横転した!
「嘘だろ?」
偶然にもその近辺に走行したウィルバーたち護送車チームはデビルレイ以外はトレーラーの横転する様子を呆然と見つめていた。
「フヒヒ……言ったとおりだろ?……アルテミス・サーキュラー・ウェイで凶事が起きるって……」
6. レイジ・アゲンスト・スピードデーモン
横転した煽情的トレーラーはもくもくと白煙を噴き出して今にも危険な状態だ。 かろうじて開いた後部扉がらサクラバが息も絶え絶えになりながらはい出てきた。護送車チームはいったん外に出てれ救助をすることになり、囚人監視官はアルテミス・ハイウェイパトロールにハイウェイ備え付けの携帯端末でスクランブルコールをかける。
「大丈夫か!? 一体何が起こったんだキミ!?」
「……ファントム・キャリッジにやられた……僕たちは見落としていたんだ……ハイウェイに気を取られ過ぎたんだ」
「ファントム・キャリッジだと!? 一体何を言っているんだ!?」
「フヒヒ……お前たちはファントム・キャリッジという凶事に気を取られてすぎて本質に気づかず痛い目にあったというわけか……」
「ファントム・キャリッジ……奴は本物の悪魔だ……それも電脳仕掛けのスピードデーモンだ……グフッ」
サクラバはそう告げると意識を失った。ウィルバーは一層青ざめた顔でデビルレイを見た。デビルレイの眼はウィルバーの心を見透かしたような色だった。
「……どうする運転手さん?……オレの言うことを聞くか……それともアルテミス・エンタープライズ社に連れていくか……答えは一つだ……」
究極の選択を突き付けられたウィルバーは考えをめぐらし、仕事とスピードデーモンを天秤にかけ、一つの結論に至った。
「なぁ、あんたの言うことを聞くとこの凶事を収束させることができるようになるのか?」
その瞬間、デビルレイはニタニタ笑った。ウィルバーは戦慄した。なぜならデビルレイの表情が自分が救世主になれると確信しているかのようだったからだ!
「フヒヒ……どうやら運転手さんはオレが見込んだ通りの人間だったようだ……約束しようオレにすべてを任せれば解決できるだろう……」
「じゃあまず俺は何をすればいいんだ?」
「……運転手らしくオレを指定の場所まで運んでくれたらいい……まぁそんなことより……まずはアルテミス・エンタープライズとの交渉だな」
「え?」
デビルレイはそういうとハイウェイ備え付けの携帯端末でスクランブルコールをかけている囚人監視官に近づきおもむろにタックルを仕掛けた。囚人監視官は突然のタックルに不意を突かれ転倒し受話器を落とした。すかさずデビルレイは受話器を奪い取りアルテミス・ハイウェイパトロールのオペレーターにこう告げた。
「……何も聞かずにアルテミス・エンタープライズの保安部に話をつないでくれ……ちょっとした取引をしよう……」
キギザキのリタイアに最後尾の煽情的トレーラーからの通信強制切断……トビカワのメンタルはもうボロボロであった。目から涙が流れ、走馬燈めいてブルータル・ベルセルク・ゾクの栄光が脳内再生されていた。
「トビカワさん! ファントム・キャリッジから距離が開いてしまったでやんすけど、これからどうするでやんすか?」
バンダナのバイクは心配した顔でトビカワのバイクと並走する。
「お前たちは急いでハイウェイパトロールから逃げろ! 俺はスカムアーバンレジェンドと決着をつける」
「トビカワさん、それは無茶でやんす!?」
「これは俺とスカムアーバンレジェンドとの問題だ! お前たちは関係ない!」
バンダナはトビカワの顔を見た。全てを失った男の目だった。バンダナはトビカワの底知れぬ悲しみと凍てつくような怒りを感じ取ったのだ。トビカワは覚悟を決めているのだ。
「そこまでの覚悟ならトビカワさんを止めれないでやんす……せめてこれを俺だと思って使ってほしいでやんす!」
そう言ってバンダナはトビカワにC4爆弾を投げ渡した。
「それがお前の気持ちか! 俺はスカムアーバンレジェンドに最後の決着を決めてくる! 地獄の果てでまた会おう!」
そう叫びトビカワはニトロブースト! ハイウェイの彼方に消えていった……
……アルテミス・エンタープライズ社の内情について一介のドライバーであるウィルバーには何もわからなかった。企業連の内情は時計機構並みに複雑である。保安部のことを完全に理解できるのは保安部の人間のみである。
ウィルバーは激高する囚人監視官を必死でなだめ、デビルレイが現状を解決できる可能性があることを説明した。当然ながら囚人監視官は納得しなかった。しかしウィルバーはあきらめずに説得を続け、渋々ながら囚人監視官はデビルレイの行為を認めた。やがて交渉が終わったのか、デビルレイがアルテミス・エンタープライズ社の通話を終えてウィルバーと囚人監視官の前に姿を現したのだ。
「……アルテミス・エンタープライズの保安部の担当者が話が分かる人間で助かった……じきにに企業連の救急車がやってくるだろう……そいつに紛れて電算車がやってくる……オレと運転手さんはそれに乗ってファントム・キャリッジの制御プログラムを攻撃する……フヒヒ……やがて……ハイウェイパトロールがやってきてファントム・キャリッジはお陀仏さ……」
デビルレイはウィルバーたちを見つめ、そういった。自信に満ちた声色だった。
7. ハイウェイ・トゥ・ヘル
アルテミス・サーキュラー・ウェイを怒りを込めて疾走する一台のバイクがあった。トビカワである。自らの手でファントム・キャリッジを滅ぼすため、後先考えない一騎打ちに出たのである。トビカワの脳内はブルータル・ベルセルク・ゾクの栄光が燦然と輝いていた。確実にファントム・キャリッジを殺す。その一念だけがトビカワを動かしていた。
ランプからハイウェイパトロールのバイクがアルテミス・サーキュラー・ウェイに進入してきた。トビカワはあえてスピードを下げ、懐からナイフを取り出し、ハイウェイパトロールに向けて投げつけた。ナイフは銀の軌道を描き背中に刺さり、ハイウェイパトロールのバイクはウィリーし転倒した。それを確認したトビカワはしめやかにハイウェイパトロールに接近ショットガンを奪い取り再び走行を開始した。
「待ってろスカムアーバンレジェンド! 今夜が最後のドライブだ!」
ただならぬファントム・キャリッジを破壊する意志を見せ、アルテミス・サーキュラー・ウェイを走った。ただひたすらに走った。やがてトビカワの目に黒ずくめのスーパーカーの姿を確認する。ファントム・キャリッジだ!
「これで終わりだ! スカムアーバンレジェンド!」
トビカワはニトロブーストで急接近! ファントム・キャリッジの後方のポジションに陣取り、ショットガンを構える!
そして後部ガラスに向けてショットガンを連射! ひび割れが目立つファントム・キャリッジの後部ガラスもこれには耐えられず後部ガラスは粉砕された!
ショットガンを投げ捨てたトビカワはC4爆弾を取り出しファントムキャリッジに投げ入れようとするが、ここでファントム・キャリッジはスピードを下げトビカワと並走体勢! 再び鋭いスパイクがせり上げようとするが……途中で停止! それでもかまわずタックルを仕掛けようとする! トビカワはC4爆弾を起動! 自らファントム・キャリッジに接近した! 重なり合うファントム・キャリッジとトビカワ! だがその瞬間! ハンマー打撃で弱くなっていた窓ガラスをトビカワは殴って割り強引にC4爆弾をファントム・キャリッジの座席に押し込んだ! そのままトビカワは壁に押し付けられる直前にC4爆弾が爆発! トビカワもろともファントム・キャリッジは吹き飛んだ!
そしてアルテミス・サーキュラー・ウェイは一時の静寂に包まれていた。ただ伝説の終焉を意味するかのように黒煙が吹きあがり燃えるファントム・キャリッジがそこにあった。
8.エピローグ
……数日後。アルテミス・エンタープライズ社、サッポロ旗艦オフィス。保安部の上級社員タコナベは仏頂面で書きあがった『アルテミス・サーキュラー・ウェイの暴走事件報告書』のPDF文書を見つめていた。アルテミス・ハイウェイ・パトロールが駆け付けた時には既にファントム・キャリッジは爆発炎上していた。残骸を速やかに回収したが、損傷がひどいため何者かが操っていたのかがわからなかった。ブルータル・ベルセルク・ゾクのメンバーは蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、救助されたサクラバは病院で意識を取り戻したが酷く狼狽しており、事情聴取は不可能だった。デビルレイとウィルバーはアルテミス・エンタープライズ社内施設待機を命じたが、既にデビルレイは姿を消していた。
「デビルレイ、この借りは高くつきますよ?」
タコジマは誰ともなくつぶやいた。
…ウィルバーはアルテミス・エンタープライズ社内施設で一時的待機を命じられていたが、それは昨日までの話だ。今日から再びドライバーとしての仕事に復帰の命が下った。ウィルバーは優秀なドライバーだからだ。彼としては辞表の提出も考えたのだが、上司に引き止められ、このドライバーの仕事を続けることになったのだ。
しばらくの待機時間にアルテミス・エンタープライズ社内庭園をにわざわざやってきて、暇をつぶしていた。考えることは数日前のアルテミス・サーキュラー・ウェイの出来事であった。デビルレイは一体何者だったのか。彼には何もわからない。
その時端末から発信音がした。不明な着信者。奴だ。デビルレイだ。素早く電話の通話キーを押した。
『……フヒヒ……運転手さん……またどこかで会おう』そしてそのまま着信が切れた。
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