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チャレンジャーバンク急増の背景(インド/南米/アフリカ編) #3 【アフリカや中南米の新潮流、新興市場でのチャレンジャーバンク成功要因を考察する】

今回は、世界中でチャレンジャーバンクの設立が相次ぐ背景を地域ごとに考察する後編です。前編では先進国(ヨーロッパとアメリカ)についてお考察しましたが、今回は新興国編(アジア・南米・アフリカ)です。
新興国においても、スマートフォンの普及やテクノロジーの発達が大きいのは間違いありませんが、新興国のキーワードは「金融包摂」です。

アジア:インド

インドも長らく大手銀行の寡占状態が続いていました。規制も厳しく、新銀行の参入はほとんどありませんでした。
口座の保有率も低く2011年時点ではわずか35%。そのような状況下で、インド準備銀行 は、2014年に金融包摂を推進することを目的に、新たなタイプの銀行設立を可能とするガイドラインを発行しました。
この新たなタイプの銀行には2種類あり、Paymentbanks(支払銀行)とSmall Finance Banks(小型銀行)です。

・Paymentbanks(支払銀行)
預金額は 1 人当たり10 万ルピーの上限があり、支払・送金サービス、インターネットバンキングの金融サービスのみが提供可能です。融資は出来ません。海外労働者、低所得者、小企業等への送金・受取サービスを主眼としています。

・Small Finance Banks(小型銀行)
Small Finance BanksはPaymentbanksと異なり、融資も行うことが可能です。ただし、営業エリアが限定されており、エリア内の小企業、小規模農家、非公式団体等への融資を通じて、それぞれの営業地域の金融包摂を進める役割を期待されています。

この結果、多数の支払銀行や小型銀行が認可、設立されました。
既存のサービス拠点を利用する通信会社 Airtel による支払銀行Airtel Payments Bank( 2016 年 11 月)、やインド郵便局(India Post)によるIndia Post Payments Bank(2018 年 9 月 ) のほか、電子決済大手の Paytm がPaytm Payments Bank(2018 年 5 月)というチャレンジャーバンクを立ち上げました。

南米:ブラジル

ブラジルでは、世界最大の顧客数(約4,000万)と時価総額を誇るNubankの他にもNeonC6 Bankといった多数のチャレンジャーバンク・ネオバンクが出現し、多くの顧客を獲得しています。

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(上の図における「Neobank」にはチャレンジャーバンクとネオバンク双方を含みます。)

■金融包摂
ブラジルは2011年時点で口座保有率が56%でした。ブラジル政府は、金融包摂(Financial Inclusion)をより効果的に進めるための環境の強化を目的として、2012年~2014年を対象としたアクションプランを策定しました。フィンテックに関しては2013年以降に推進が図られました。

■電子決済の普及促進
まずは、電子決済を規制する法律を策定しました(「ブラジルの決済システム」2013 年10 月 9 日付法律 12865 号)。電子通貨の定義や取扱機関の条件を定めました。これにより、決済・送金サービスへの新規参入が後押しされました。
また2016年4月には、それまでは銀行窓口で書面による手続きが必須であった口座の開設・解約手続きが、電子書面で可能となりました。これにより、窓口へ訪問することなく口座の開設が可能となりました。
さらに2018年4月には、直接的クレジット組織(sociedade de crédito direto:SCD)個人間融資組織(sociedade de empréstimo entre pessoas:SEP)という2つのフィンテック免許を創設しました。

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こうして、窓口不要、電子プラットフォームによるサービス事業形態が認められたことにより、SCDまたはSEPとして認可を受ければ、既存の金融機関と提携することなく、テクノロジーを持つ企業が自ら金融サービスを構築することが可能になりました。加えて、2018年10月には外資によるSCD、SEPへの100%出資が認められました。こうした施策により、フィンテックが参入がしやすい環境が整えられました。
2021年1月には、ドイツのチャレンジャーバンクN26がSCDの免許を取得したと報道されており、ブラジルへの参入する意思を明確に示しています。

■オープンバンキングの推進
2020年5月、ブラジル中央銀行は open banking regulation を発表しました。これにより、ブラジルでもオープンAPIが義務化されることとなりました。

第1回の記事でもご紹介したように、ブラジルはUnbankedな人々が多く、また既存の金融機関のサービスに満足しない人々の受け皿としてNubankが急激に顧客数を伸ばしています。2018年に創業したばかりのC6 Bankも既に700万の顧客を獲得しています。

外資参入やオープンAPI化により、カスタマーセントリックなフィンテック企業と銀行のコラボレーションが進めば、ブラジルの金融包摂はさらに進んでいくのではないでしょうか。


アフリカ:ナイジェリア

アフリカのサブサハラ※では、15歳以上の約67%は金融機関の口座を保有していません。ナイジェリアは比較的口座保有率が高い国ですが、それでも2017年時点で金融機関の口座保有率は39%、約6,500万人が口座を保有していません。一方、近年ではKudaCarbonといった複数のチャレンジャーバンクが出現し、今後の成長が期待されています。
※ サブサハラ(Sub-Saharan Africa)とはアフリカ大陸のサハラ砂漠以南の地域のことを指します。アフリカの人口の80%以上を占め、貧困地域も多いものの経済成長率も極めて高い地域です。私たちアンカバードファンドの主な投資エリアでもあります。

■コミュニティ金融
1990年代ごろから、銀行サービスにアクセスできない人々を対象としたマイクロファイナンスやコミュニティバンクと呼ばれるコミュニティ金融サービスが存在していましたが、それらは規制の範囲外の非公式な存在で、多くは持続可能なビジネスモデルとはいいがたいものでした。

■金融包摂政策
そこで、ナイジェリア中央銀行は 2005 年に 「マイクロファイナンス政策、規則及び監督枠組み」を策定し、従来は非公式な存在であったコミュニティ金融を政策に組み込み、監督を開始し、同時に、「マイクロファイナンス銀行」というライセンスを創設しました。
マイクロファイナンス銀行は、貧困・低所得者層や女性、若者、身体障碍者や農民、零細企業などUnbankedな人々を主な対象としています。
コミュニティバンクの多くがマイクロファイナンス銀行として新たに認可を受け、預金保護の対象となりました。

また、Kuda等のチャレンジャーバンクがマイクロファイナンス銀行として設立されるなど、新たなプレイヤーの受け皿ともなっています。2021年には、モバイルで未包摂な人々向けの融資を手掛けるFair Moneyがあらたにマイクロファイナンス銀行の認可を取得し、チャレンジャーバンクへ変貌を遂げました。彼らは既に130万の口座を提供しています。

■インターネットの普及
ナイジェリアを含む、サブサハラでは2010年以降急速にインターネットの普及が進んでいます。こうしたインフラの普及もチャレンジャーバンクの誕生を後押ししました。

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上記表はアフリカの各国(参考にブラジルも追加しています)の全人口におけるインターネット利用率の割合です。ナイジェリアにおける利用率は2015年には36%まで上昇しています。(その後急減している理由は分かりませんが、人口急増だけでは説明がつかないので統計の技術的な問題かもしれません。基本的にはインターネットユーザー数は上昇傾向と考えて間違いありません。)

また、サブサハラのアフリカ各国ではモバイルマネーの普及も進んでいます。

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モバイルマネーは、携帯電話さえあれば利用できるので、既存の金融機関を利用していない/利用してこなかった人々にも広く普及しています。特にケニアのM-PESAは貨幣流通量ベースでケニアのGDPの50%に達しています。モバイルマネーのアカウント保有率(15歳以上、2017年時点)も73%で、金融機関の口座保有率(56%)を大きく上回ります。

下のグラフでは、アフリカ各国の口座保有率とモバイルマネーアカウント保有率を比べてみました。ケニアをはじめ、コートジボワールやタンザニア、ウガンダ、ザンビアでは金融機関口座保有率よりもモバイルマネーの保有率のほうが高くなっており、金融包摂にモバイルマネーが貢献していることが分かります。一方で、ケニアほど極端にモバイルマネーが普及している国は少なく、例外的な事例と言えます。

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モバイルマネーさえあれば、銀行はいらないのではないか?という見方もありますが、現在のモバイルマネーでは給料の受け取りや国際送金が出来ないなど、多くの課題がありますし、金融政策の基本は通貨です。モバイルマネーが完全に取って代わることは困難でしょうし、やはり銀行サービスの普及も必要なことだと考えます。

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アフリカにはまだ支配的なチャレンジャーバンクは出現していませんが、上記のような政策やさらなるインターネットの普及やテクノロジーの進歩により、今後もさらに金融包摂が進んでいくことでしょう。また、私たちアンカバードファンドも、ファンド活動を通じてこうした動きを支援していきます。

新興国共通:口座を保有するコスト

新興国に共通する傾向として、口座を保有するコストが高いということが挙げられます。具体的には、

①銀行支店数が少ない  = 時間的コスト
②手数料等の費用が高生 = 金銭的コスト

ということが言えます。

下表は、各国の口座保有率や支店数、口座維持手数料などを一覧にしたものです。

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■銀行支店数が少ない(時間的コスト)
そもそも発展途上なのでやむを得ないのですが、(第1回と一部重複しますが)アフリカをはじめとする新興国は銀行支店数が少なく、人口10万人当たりの支店数を比べると、日本が33.9に対して、ナイジェリアでは4.31、南アフリカでは9.6と日本の1/3以下です。農村部などではそもそも自宅の近くに銀行支店がなく、何時間もかけて銀行に行かないといけないような地域もあります。

■口座維持手数料(金銭的コスト)
また、口座を持つだけでも手数料がかかる(口座維持手数料)など金銭的な負担も生じます。

■金利スプレッド(金銭的コスト)
上表の金利スプレッドは貸出金利と預金金利の金利差を示した数値です。この数字が大きいほど預金金利に対し貸出金利が高い=銀行のもうけが大きいということです。新興国(上表の網掛けをしてある国)はスプレッドが大きくなる傾向にあり、上表記載の中では中国や韓国と比べても数値が大きいことが分かります。特にブラジルは圧倒的に高い数値を占めています。ブラジルのNubankはこのように、銀行優位の環境を改善することも使命にしています。(なお、本資料の出典では欧米先進各国と日本はn/aですが、いずれも低金利政策を取っていることもあり、スプレッドは極めて小さいです。)

このように、銀行口座を持つことのコストが大きい国では、Unbankedはもちろん、伝統的な銀行口座を持つ人たち取って魅力的なサービスとなっていると思われます。

■国際送金コスト(金銭的コスト)
アフリカをはじめとする新興国は、海外へ出稼ぎに出た家族などからの国際送金も多いのですが、国際送金に係るコストも高いのが特徴です。

下表では、サブサハラへの国際送金が拡大し続けていることが分かります。

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また、国際送金はGDPにおける国際送金が占める割合も大きな数値を示しています。

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このように、アフリカは国際送金の需要は大きいものの、送金にかかる手数料負担が大きいことが課題です。また、仕送り先の家族が銀行口座を持っていなければ送金することもできませんし、先に確認したように、銀行支店数が少ないので、口座を持っていても支店を利用しにくいこともあるでしょう。

現在のところアフリカのチャレンジャーバンクで国際送金を手掛けるものは多くはないようですが、最近ではChipper Cashというモバイルベースの国際送金サービスが急成長しています。2017年に創業したばかりですが、既に400万人以上のユーザーを獲得しています。Chipper Cashは無料の国際送金サービスをコアにして、店舗での決済サービスや企業向けサービスの手数料で利益を上げています。無料の口座開設を武器に、カード手数料等で利益を上げているチャレンジャーバンクと似ていますね。
このような環境であるため、アフリカにおいても、先進国のチャレンジャーバンクのように、国際送金に対応したチャレンジャーバンクが出現すれば人気が出るかもしれません。

まとめ

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
ここまで見てきたように、チャレンジャーバンク出現には、社会環境や国の政策が大きくかかわっています。
先進国では伝統的な銀行の寡占体制を打破することで健全な競争を実現し、より優れたサービス創出を促すことを主な目的とした政策がとられました。

新興国では、銀行支店数が少なく利便性が低いことや経済的要因からUnbankedな人々が多く存在し、彼らを包摂していくことが国の成長にも欠かせません。彼らの受け皿となる金融機関を作る金融包摂政策がチャレンジャーバンクの出現を促しました。

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こうした政策やそれに促されたチャレンジャーバンク・ネオバンクの出現により金融包摂が進んでいったのです。
(上表は金融包摂の進展を口座保有率などで表したもので、口座保有率等の上昇の全てがチャレンジャーバンクによるものではありません。)

次回は、いよいよ各国の代表的なチャレンジャーバンクの顧客獲得状況や戦略、その成功要因ついて考察します。

*本稿における金融機関口座保有率は世界銀行の統計資料より引用しています。なお、時点を示す記載がない限り、執筆時点の最新の数値(2017年の統計)を引用しています。

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シリーズ 【デジタル金融包括】アフリカや中南米の新潮流、新興市場でのチャレンジャーバンク成功要因を考察する
■#1  デジタル銀行の整理と新興国での役割
■#2 チャレンジャーバンク急増の背景(ヨーロッパ・アメリカ編)
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