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寒いっていうのも意外と悪くない

耳がちぎれるんじゃないかと思うくらい冷えきった空気の中、私は秋葉原の街を足早に歩く。信号を渡って左に曲がると、洗体マッサージの店が立ち並ぶ通りに出る。この季節17時前になるとだいぶ暗くなるので、マッサージ店の看板は夕方でもキラキラと光って道を照らしている。

マッサージ店を何軒か通り過ぎた先に、大手不動産会社が経営するシェアオフィスがある。うちの会社はそこのシェアオフィスと法人契約を結んでいるため、社員はいつでも使うことが出来る。建前としては「オフィスに戻らなくとも仕事が出来て効率的」だが、実のところ「飲み物もお菓子も食べ放題で落ち着ける」というのが本音だ。サラリーマンは建前と本音の中で生きている。

古びたビルの2階へ上がり、シェアオフィスへと向かう。オフィス内には軽快なBGMが流れ、まるで表参道にあるオシャレなカフェのような雰囲気が漂う。

「こんにちは」と声を掛けられた方向を見ると、そこには受付の女性がいた。アナウンサーのような清潔感のある服装で佇む彼女は、髪型も化粧も、「私かわいいでしょう?」と言わんばかりに綺麗に整えられている。営業として日々外を駆けずり回っている私からすると、少し気後れしてしまう。

受付を済ませ、空いているソファ席に座る。荷物を置いてからお菓子コーナーへ向かい、BAKEを3つ取って席に戻る。いや嘘だ。本当は7つ取った。お菓子は利用料金に含まれているから、最低限の常識さえ守ればいくつ取ってもいいのだ。7つはその「最低限の常識」に収まっている。だから私は大丈夫。誰に聞かれる訳でもないけど、私はそんなつまらない自己正当化を心の中で繰り返す。

飲み物コーナーから取ってきたホットカフェラテを口に含むと、温かさが身体中にぶわ〜っと広がる。これは外から帰ってきた時に、暖かいお湯でかじかんだ手を洗う時のあのじんわりとした感覚に似ている。なんだか安心感がある。お正月、実家のコタツの中でみかんを食べている時のような無敵感がある。

ああ寒いっていうのも意外と悪いもんじゃないなあと思った、そんなクリスマス。

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