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【DNAミステリー】家族の謎・100年前の赤ちゃん取り違え


父の生い立ち


アメリカ・ワシントン州に住むアリス・コリンズ・プレブッフは、すでに定年退職した女性である。アリスは7人兄弟として育ち、亡くなった父親ジム・コリンズは、アイルランド系アメリカ人だった。

ジムは孤児院で育った。彼がまだ乳児の頃に母親が亡くなり、子供を育てられなくなったジムの父親は、3人の子供たちを孤児院へ預けたのだ。その父親もジムが子供の頃に亡くなっていたため、アリスの父親側の情報は限られていた。

異なるルーツ


そんな父親ジムもすでに亡くなっているが、そのルーツを知るために、遺伝子検査をしたのは2012年の夏のこと。これには兄弟全員が協力した。その結果は、半分ほどは予想どおりイギリス人と出たものの、もう半分はユダヤ人と出た。兄弟全員が同じ結果である。これには皆驚きを隠せなかった。

ジムの両親はアイルランドからアメリカに来た移民でカトリック教徒である。父親ジムもアイルランドの文化や伝統をとても大事にしていた。つまり父方の祖父母はアイルランドからきたことに間違いはなく、アイルランドでは極めて少ないユダヤ人の人口からみても、コリンズ家がユダヤ人ということは到底考えられないのである。

アリスは遺伝子検査をした会社に、結果が間違っていると苦情の手紙を書いた。この検査結果はあり得ない、と思っていたのだ。

しかし万が一、この結果が合っているとするなら、両親のどちらかの情報が間違っているということになる。そこで別の会社の遺伝子検査も試してみるが、再び同じ結果が出てしまう。

アリスは困惑した。祖父母はもしかしたらユダヤ人であることを隠していたのかもしれない。もしくはアメリカに来るために、アイルランド人だと偽ったのか。あるいは母親または祖母が浮気をした?などいくつかの仮説を立てた。しかしそれも信じ難く、6人兄弟の全員が父親と同じ目をしていた。

探偵プロジェクト


アリスはまず、他の人々がどのように自分のDNAを追跡したかを調べ、遺伝子学についても知識をつけていった。図書館に通い、歴史的文書を読みあさり、東ヨーロッパについて学んだりしていくうちに、大規模な探偵プロジェクトとなっていく。父が生まれたニューヨークの病院の出生記録にもさかのぼった。

遺伝子検査の結果から、ユダヤ人のルーツが母親からのものではないことも分かった。

女性の染色体はXX、男性の染色体はXYから成る。よって娘は父母の両方からX染色体を受け継ぐが、息子は父親からY染色体を受け継ぎ、X染色体は母親からしか受け継がない。

このため兄のX染色体を見るとユダヤ人のルーツがないため、それは父親からのものだと分かる。ただ、それが何故なのかは分からないでいた。

調査を始めてから3年が経過した2015年のこと。捜査に進展が訪れる。

アリスは父方の従兄弟と母方の従兄弟に遺伝子検査を受けてもらっていたのだが、その結果、アリスの母方の従兄弟からのデータは、予想通り血縁のある従兄弟であることが明らかになっていた。彼はDNAの約12.5パーセントをアリスと共有している。

しかし、父方の従兄弟であるピートの結果は違った。遺伝的には全くの他人であることが判明していたのだ。 ピートはジムの姉の息子だが、アリスや父親ジムとは血縁の繋がりはなかった。つまりピートの母親であるジムの姉とも血縁関係はなかったのだ。ピートは、拒絶されるのではないかと心配していたアリスに、「悲しいけど君は最高のいとこだよ」と言った。

ある日ピートは、DNAマッチとしてノースカロライナ州に住むジェシカ・ベンソンという女性から連絡があったことを伝える。ジェシカは自分のユダヤ人というルーツを探るために遺伝子検査を受けたものの、アイルランド人だと判明し困惑していると言うのだ。

アリスはジムが出生時に取り違えられたのでは?という疑念を持っていたため、早速ジェシカに連絡を取る。まず、自分たちの名字(アイルランド系)と同じ人が家族にいないか聞いてみたが、いないと言う。

しかし重要な質問は、ベンソン家に、1913年9月23日にブロンクスのフォーダム病院で生まれた親戚がいたか、ということだった。ジムと同じ時に同じ場所で生まれた人がいれば、それがジムと出生時に取り違えられた人物と考えられるからだ。

最初アリスはジェシカの父親について尋ねてみるが世代が違った。ジェシカはアリスより1世代若かったのである。そこでジェシカの祖父について聞いてみると、伯母パメラに確認した後、祖父フィリップがアリスの父親と同じ誕生日だと告げた。

姪から、自分たちはユダヤ人ではなくアイルランド人だと告げられたパメラは、最初アリスが信じなかったように、その検査結果は間違っていると一笑した。

真実の解明


アリスはパメラと連絡を取った。すると、なんとパメラの父親フィリップ・ベンソンもNY州ブロンクスの同じ病院で同じドクターによって生まれていたことが判明する。つまり、アリスとパメラのそれぞれの父親が出生時取り違えられたとすれば、すべて説明がつくのである。

1913年当時は、現在のように赤ちゃんに正しくタグが付けられるシステムはなかった。ユダヤ人の子供がアイルランド人の家族と一緒に家に帰り、アイルランド人の子供はユダヤ人の家族と一緒に家に帰った。そしてフィリップ・ベンソンであるはずの子供はジム・コリンズになったのだ。

アリスは涙を流した。調査に行き詰まり、3年間明かされることのなかった謎がついに解明したのだ。

壁に飾られているコリンズ家の古い家族写真では、アイルランド人の祖父の膝の上に父親ジムが座っている。アリスたちはそれを見ては、父方の祖父は父親や自分たち兄弟の誰にも似ていないと思っていた。

1990年にアイルランドを訪れたアリスの妹は、低身長で黒髪の父親に似ている人を探したが、似ている人は誰もいなかったと言う。

コリンズ家は皆アイルランド人のはずだが、祖父や伯父・伯母以外は、典型的なアイルランド人とは違った外見をしていた。巻き毛、大きな骨、比較的低身長と、むしろ東ヨーロッパ人に近い風貌をしている。それについては誰も深くは考えていなかった。

ジムの父は183cm、兄は180cmと高身長なのに対し、ジムは家族の中で163cmと1人だけ低い。一方、パメラの父フィリップは高身長であり、裕福な環境に育った。医者からは、ジムが背が低いのは、1才から孤児院で育ったためだろうと言われていた。

コリンズ家とベンソン家は写真を交換する。黒髪で背の低いアリスの父親の写真を見たパメラ・ベンソンは、自分の父親よりもベンソン家の163cmの祖父と145cmの祖母にはるかに似ていると言った。

2つの家族


コリンズ家とベンソン家は、その後一緒に休暇を過ごしたりして、非常に親しくなっていった。一緒にクルーズにも行った。アリスは父親の実の従姉妹も見つけ、その繋がりはそれぞれの子供たちへと拡大していった。両家の交流は続いていて、お互い毎日のように連絡を取り合う者もいるという。

両家とも、それぞれの父親が出生時に交換されたことを知らずに亡くなったことはよかったのではないかと思っている。ジムもフィリップもそれぞれの文化と伝統をとても大切にし、誇りを持っていた。真実が解明していれば、ジムにとってもフィリップにとっても、アイデンティティの喪失になっていただろう。

また、この取り違えは、次の世代からの総入れ替えも意味した。フィリップの母においては、他人の子を育て、実の子は孤児院で育ったということになるのだからやるせない。

しかしアリスたち子世代については、真実がついに明らかになったという理解もと、平和に集まることができると言う。両家族とも遺伝子検査を受けたことに対して、全く後悔はしていない。

アリスは仕事を退職する前は、カリフォルニア大学のITマネージャーとして働いていた。そのため人生のほとんどを、かなり洗練されたレベルのデータ処理の環境で過ごしている。

彼女が調査を従兄弟にまで拡大することで、真実を解明することができた。古い複雑なパズルを解くのに必要なのは、スキルと執念なのかもしれない。


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