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【前世の記憶】存在せぬ兄のことを語る少年


アメリカ・インディアナ州。

モニカとモクターにはエラジという7歳の息子がいる。父モクターはアフリカのセネガル出身で、陸軍をリタイアした後により良い生活を求めてアメリカへ移住してきた。

モニカにとってエラジは第一子。エラジは自分の世界に浸っていることが多く、名前を呼ばれても全く反応を示さなかった。一度自分の世界に浸ると、何をしてもその世界から引き出せない。違うことにフォーカスするように促すと、癇癪を起こし大声で叫んだ。

当初はアニメやゲームなど、好きなことを考えているのを邪魔されたくないのだろうと深く考えていなかった。

エラジは小さな頃から知識があり、普通の子とは違っていた。普通の人が計算機を必要とする計算もエラジは暗算でできた。

3桁の掛け算をやっていた時も少しの説明でコンセプトを理解し、1ページ分を1分以内に終えてしまう。誰の助けも求めることもなく自力で。

驚いたモニカが、どうやってできたのかと聞くと

「古いコンピューターを扱っていたことがあるんだ」

と言う。

何のことを話しているのか分からないモニカは、おそらく学校で古いIBMのコンピューターなどに接する機会があったのかもしれないと思っていた。後に先生に尋ねるとそのようなコンピューターは学校にないと言われる。

そこでエラジにどんなコンピューターだったのかと聞いてみると、淡い茶色でとても大きなコンピューターだと言う。息子から引き出せる情報はそれが全てだった。

話はエラジが2歳の頃に遡る。

エラジは軍隊のフィギュアやおもちゃなど軍隊がテーマの物に強い興味を示した。ブロックなどのおもちゃから何かを組み立てたりするが好きだったが、特に好きなのが銃や機関銃を組み立てること。機関銃の音を真似て機関銃ごっこをして遊んだ。しかし両親とも銃愛好家ではなく銃も所有していない。

やがてエラジは兄について語り始める。モクターにはもう一人息子がいて当時はまだセネガルに住んでいた。両親は当然そのハーフブラサーのことを話しているのだろうと思っていた。

モニカはセネガルにいる兄の写真を見せ「そうよ、お兄ちゃんがいるのよ」と言うが、エラジ曰く別の兄のことを話しているのだと言う。そしてその兄は19歳なのだと。当時セネガルにいた兄は11歳か12歳。

ある日モニカがエラジと遊んでいると、急に振り向いたエラジが言う。

「マミー、僕のお兄ちゃんは陸軍で撃たれて死んだんだよ。」

ハーフブラザーのことを話しているのではないとモニカが気づいた瞬間だった。

エラジは言葉を喋り始めた時から、その兄について話していたが、両親は特に気にも留めていなかった。おかしなことを言い出すまでは。

彼に戦死した兄はおらず、セネガルにいる兄以外に兄弟もいない。存在しない兄のことを語る息子に両親は困惑する。死んだという発想がどこからきたのかも分からなかった。

戦死した兄のことが気になっている息子に、お兄ちゃんはセネガルで生きていて無事だと伝えるが、エラジは違うと否定する。気になっているのはあくまでも戦死した兄のことのようで、その兄に何が起こったのか知りたがるが、分からないと答えるしかなかった。

ちなみにこれらは全て保育園に行き始める前のことで、エラジがテレビで観るのは子供番組のみだった。

モクターは陸軍時代に戦争に行ったこともあるが、陸軍にいたことすら息子に話したことはない。2歳児が戦争について話すのが不思議だった。エラジは人々が殺されていることにも言及した。

やがてエラジは別のことを言い始める。

「神様は僕たちに人生の学びを与えるんだ。もし何も学ばなかったらもう一度やらないといけない。みんな神様を経由するんだ。」

と複雑で細かなプロセスを語った。これが2歳から4歳まで続く。

モニカとモクターは国際結婚だが夫婦共にイスラム教徒で、子供たちにもイスラム教の教えを伝えてきた。しかしエラジが言っていることは、死後再び家族を選びその過程は神を通じて行われる。そこでレッスンを学んだかどうかを見られ、生まれ変わりの決断が下されるというもの。

それはイスラム教の教えとは異なり、その発想がどこからきたのか見当がつかなかった。息子がこのような深い概念について考えていることにも驚いた。

やがてエラジは悪夢を見るようになり成長するごとに激しくなっていく。真夜中に叫び始め、モニカは彼の部屋へ行きなだめなくてはいけなかった。彼は戦争の夢を見たと言い、殺害や追いかけてくる人々についても話した。

エラジは夜中でも電気やテレビを付けっぱなしにしなければならないほど恐怖に怯えていた。存在せぬ兄のこともまだ話していた。

モクターは、何が見えているのであれそれを信じないように言う。セネガルにいる兄以外に兄弟はいないと説明するが、エラジはちゃんと分かって言っているのだと主張する。

数年にわたってエラジが訴えていることは一貫していて、話が変わることはなかった。モニカはもしかしたら前世のことを覚えているのかもしれないと考えるようになる。

7歳になったエラジは言う。

「僕のお兄ちゃんは19歳の時に死んだ。彼に起こったことを夢で見るんだ。」

モニカが他に覚えていることがないかと聞いてみるとエラジは45歳で亡くなったと言い、さらに1、9、5、9という数字を覚えていると言う。

それを聞いたモニカは西暦だと感じ、彼が誕生した年かもしれないと思った。もし1959年に生まれていて、彼が言うように45歳で亡くなっていたとしたら2004年か2005年に亡くなったことになる。エラジが生まれたのは2006年。

モニカが戦争と1959年について調べるとベトナム戦争が浮かび上がる。もし前世のエラジが1959年に生まれていて兄が亡くなった時に彼の言うとおり4歳か5歳だったとしたら、その兄はベトナム戦争時代に戦っていたことになる。そしてベトナム戦争で19歳で命を落とした男性はたくさんいる。

息子は本当に起きたことを伝えていたのに違いないと気がついた瞬間だった。

「お兄さんが軍隊に入ったことを覚えているなら、どこに住んでいたか、どんな人生だったかも覚えてる?」

モニカは聞いてみる。

エラジは「うん、カナダに住んでいたよ。」とあっさり答える。

当時米国人男性がカナダに逃げたのはベトナムに行かなくていいようにという理由だった。辻褄が合わない。モニカはベトナム戦争じゃなかったのかもしれないと思う。カナダはベトナム戦争に参加していないからだ。

しかしリサーチを進めると、カナダは中立国ではあったものの、約3万人のカナダ人男性がベトナム戦争に参加していた。

戦争に行くのを逃れるためにカナダへの国境を越える米国人男性がいる一方で、たくさんのカナダ人男性が共産主義と戦うためにアメリカへ来て入隊していたのだ。その中の110人が亡くなり、7人が行方不明となっている。

すぐに全てのことが合致し始める。モニカにとって、息子が言っていることが事実だったという大きな瞬間だった。

モニカは、ベトナムで戦死したカナダ人男性110人のうちの1人が前世のエラジの兄だったと信じている。

「お兄ちゃんが戦死したことを考えると悲しくなる。今でも彼のことを考える。」

現世までその記憶と悲しみを持ち越すということは、前世でよほど深いトラウマになっていたはず。もしかしたら兄にさよならを言うことができなかったのかもしれない。

「神様は僕たちに何かを知ってほしいんだ。でもそれをこなせなかったらまた人生をやらなきゃいけない。そこに達するまではたくさんの人生を生きなきゃいけないんだ。」

そう語る息子にモクターは恐怖さえ感じる。モクターは宗教上、輪廻転生を信じることはできなかった。父親として息子に普通の生活を送ってほしい。ずっとそんなことを考えて怖がって生きるわけにはいかない。

モニカは、戦死した兵士たちがたたえられている場所にエラジを連れて行きたいと思っていた。兵士たちが忘れられていないということを分かってもらうためにも。そうすれば息子が先に進む助けになるかもしれない。

そしてエラジをベトナムの記念碑へ連れていく。彼を連れてきたかったのは、前世が存在したのが事実だと認めるため。いずれにせよ否定はしてないが、気持ちに整理がついて彼が前に進めるように。

「今私たちがいるのは退役軍人記念公園。今日ここへきたのは特別な理由があるの。兵士だったあなたのお兄さんをたたえるためよ。それぞれ違った戦争で戦っているけれど、私たちが行くのはベトナム記念碑よ。」

モニカは息子にもう悲しい思いをしてほしくなかった。現世で目的をもってこの世に生まれてきたことを知ってほしい。エラジ、自分の息子として。

「見て。これは全て国のためにベトナム戦争で戦死した兵士達の名前よ。」

2人は戦死した兵士たちの名前を見上げる。

「あなたのお兄さんの名前は恐らくここにはないと思うけれど・・分からないわ。」

戦死した年ごとに名前が分けられている。モニカが、1962,1963,1964、と読み上げると、1963だと言うエラジ。

「お兄さんにさよなら言える?」

「ノー」

「なんでかな?現世で生きていくことにフォーカスしたくない?」

「ちょっとはそう思うけどあんまり思わない。」

「ここは記念碑で追憶のためにあるの。2度と忘れることはない。だから手放してもいいのよ。お兄さんは前世の人で今のあなたは現世を生きてるの。分かるかな?」

「うん・・分かるよ。」

エラジは軍人のフィギュアを置いた。

モニカはエラジに前世のことを忘れてほしいと思ってはいない。でも現世の自分を生きることにフォーカスする必要がある。記念碑へ来たのは、エラジの前世に兄がいたことを回想するため。でももう悲しがる必要はない。前進できるはずとモニカは信じた。

その後エラジは前世の兄のことを以前ほど頻繁には話さなくなったと言う。

























 

 

 











 

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