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【短編小説】 スペック至上

橋本桜。27歳。独身。一人暮らし。その辺のOL。彼氏は、いない。
仕事も別に好きじゃないし、別に一生懸命やってるわけでもない。とりあえず生活できるお金を得るための手段でしかない。見た目は悪くはない。特に得意なこともない。趣味はとりあえずカフェ巡り。たまに推しのライブに行くけど、通うほど熱狂はできない。
趣味とか仕事とかに熱中できる人は少し羨ましい。でも気持ち悪い。自分とは違う生き物に見える。起きて働いて寝て起きて、土日だけ楽しむために生きてる。それをずーっと繰り返すだけ。もう飽きてるけど、私にはそれしかできないからしょうがない。
最近の悩みは、瑛太から連絡が来ないこと。


瑛太と出会ったのはもう3年前になる。元彼と別れて傷心中の頃、マッチングアプリで出会った。私の世界には元彼しかいなかったのに、突然いなくなって、違う女の子と付き合い始めた。もはや取り付く島もなくて、そんな時に出会った。適当な出会いでしかない。
瑛太は有名な私立大学を出ていて、大手企業に勤めていた。すっきりとした切れ長の目が、なんとなく気持ち悪く感じた。元彼はアイドルみたいな綺麗な二重だったのに。
それに、そんなにスペックがいいなら、マッチングアプリなんて使わなくてもいくらでも紹介してもらえるだろう。それなのに彼は彼女がいなくて、マッチングアプリを使っている。自分のスペックがいいことを知っていて、それで遊んでいることはすぐ想像できた。だから出会った時はすごく印象が悪くて、今日も消化試合だと思った。

それなのに、今となっては私の方が追いかけるばかりだ。そんなつもりじゃなかったのに。
瑛太は女の扱いがすごくうまかった。追わせるのが上手いと言えばいいんだろうか。あまり自分のことは話さなくて、連絡も多くない。こちらが物足りないくらいのことしかしてくれない。だけど絶対に定期的に連絡が来て、その度に会った。
連絡が来なくて不安になることが多いから、その間私はずっと彼のことを考えなきゃいけないし、定期的に連絡があるから忘れさせてもくれない。気づいたらいいように使われていた。デートらしいデートなんてしたことないし、何より、私たちは、付き合ってはいない。27歳で、3年も、私は何をしているんだろうと思うけど、多分瑛太を超える人とはもう出会えないと思う。


社会人になって悩むこと、それは何においても出会いがないこと。学生時代に付き合っていた彼氏を逃したら大問題で、新しい彼氏を作るのも一苦労。家と職場の往復で新しい出会いなんて無し。大企業なら新しい人がいっぱい入ってくるのかもしれないけれど、名の通らない中小企業なんて新入社員も数える程。その新入社員とも直接関わるわけではないし、現に私の部署では私がずっと下っ端。周りはおじさんだらけ。同性の友達だってできない。友達の大半は学生時代の友人で、しかも社会人になって自由な時間が減って、そのまま疎遠になる子だって多い。昔の友達は減っていくのに、新しい友達はできない。せいぜい同期と仲がいいくらい。

優香は同期の中でも一番仲良くしている子だ。とは言っても私とは真逆の存在。優香は仕事ができるらしく、いわゆる本社業務というか、社内の中心的な仕事を任される部署にいる。仕事ができるってどんな状態なのかすらよくわからない私にとって、縁のないポジションだ。その上、めちゃくちゃ美人。内定式会場に入った時、優香だけオーラが違ったことを今でも覚えている。大企業の受付とかにいそうな顔立ちをしていて、身長も高めだ。
ひとつ不思議なのは、それでいて彼氏がいないこと。
本人は「今は別にいいかな〜。仕事も楽しいし」ということだが、私は「もったいないな」と思いながら彼女を見ている。彼女だったら選びたい放題だろうに。


共有スペースで冷食だらけの弁当をつついてると、優香が自分のお弁当を持ってやってきた。
優香は毎週末作り置きをしているらしく、冷凍食品なんて使っていない。栄養バランスが良さそうな、見た目のいいお弁当を持ってきている。
「最近、瑛太くんとはどうなの?」
優香はよく瑛太のことを聞く。私が元彼と別れて傷心中の時に、見兼ねて「とりあえずマッチングアプリとか使って他の人と会ってみなよ!」と言ってくれたのも優香だ。まあ、まさかこんなことになるとは優香も思っていなかっただろうけど。
「やばい。多分もう切れたと思う。1ヶ月くらい連絡来ないし」
「それ、何回も言ってるじゃん」
優香は苦笑いする。
「いや、今回は本当。最後に会った時、なんか冷たかったし」
「最後に会ったのいつ?」
「う〜ん、と」
スマホのカレンダーを確認する。
「先月の17かな」
「まだ1ヶ月経ってないじゃん」
優香は呆れたように笑う。
「いや、でも、今回はほんと」
「それでいつも連絡来て、会いに行ってるでしょ?また来るよ」
「いや、今回は嫌われたと思う。というか嫌いになって欲しい。私のこと捨ててくれよ〜」
優香は少し黙って、「嫌いになるとか、ないと思うけどね」と言った。
優香が整った卵焼きを口の中に入れるのをぼんやり見ながら、私も黙った。
「さっちゃん、彼氏作らないの?」
優香がいつになく真剣な表情で聞いてくる。
「え〜!!だってめんどくさいじゃん!またあの時みたいに毎週末見ず知らずの男たちと顔を合わせる日々、もうやりたくないよ〜」
そりゃあ私も瑛太と出会う前は彼氏欲しいと思ってたよ。でも出会うのってびっくりするくらい体力を使う。マッチングアプリみたいに、これまでなんの接点もない人となんの脈絡もなく出会うやり方は尚更だ。
優香は黙っている。
「優香はいいよね、彼氏いなくても全然平気なんでしょ?」
優香はいいよね。彼氏いなくても毎日が楽しくて、仕事もできて、美人で。
黙っていた優香は、思い切ったように話し出した。
「私ね、彼氏欲しいなって思ってて」
「!!?」
飲んでいた野菜ジュースを吐き出しそうになって、咽せた。
「そんなに?」と優香は困ったような表情をしている。
鼻の奥が野菜ジュースで痛い。掠れた声で「突然どうして…?」と絞り出す。
「う〜ん、今まで結婚しなくても一人で生きていけるかなって思ってたんだけど、一人で多分生活はできると思う。でも、なんか物足りないかなって思っちゃって」
説明してくれたけど、優香の言っていることはよくわからなかった。
「だからさ、マッチングアプリ、どれ使ったらいいか教えてくれない?」


3年ぶりにマッチングアプリをインストールした。
あの日マッチングアプリを勧めてきた優香は、自分では使ったことがなかったらしく、この世にごまんとあるマッチングアプリからどれを選んだらいいかと聞いてきた。
結局優香は自分にどれが合うかわからないからと言って、スワイプタイプのアプリと、条件検索タイプのアプリを2つ入れていた。
私もそれに便乗し、条件検索タイプのものだけ入れた。スワイプタイプのものは、瑛太と出会った時に使っていたアプリだから。もし瑛太が今もアプリを入れていて、そこでまた出会ってしまったらどうしようと思った。
優香は「流石に3年も前だし、同じのは使ってないんじゃない?」と言ってくれたが、念には念を入れてだ。もしここで瑛太と出会ってしまったら、今の関係性さえ壊れてしまうかもしれない。それだけはなんとか避けたい。
その日の残りの昼休憩は、優香にアプリの使い方を教えつつ、男漁りに精を出した。正直、かっこいい人はあんまりいなくて、惰性でいいねした。まあ、アプリをやっているような男だし、大した人がいなくてもしょうがない。
その日から昼休憩と終業後はマッチングアプリに時間を使うことが増えた。
相手から誘われれば、とりあえず会う約束はした。全然タイプじゃないけど、別にそこで断るほど、私は性格悪くない。

優香とマッチングアプリを入れた3日後、瑛太から連絡があった。「週末家に来ない?」って。その日はアプリの人と会う約束があったけど、初対面だしそんなに長くはならないだろう。「22時以降なら空いてる!」と送った。


瑛太の家に行くと、部屋は段ボールだらけだった。「何これ?」と聞くと、「引っ越すから」と短く答えた。引っ越すって何?どこに?

今日はマッチングアプリの人と、ご飯を食べてから来た。その人は初対面だと言うのに手を握ったりベタベタ触ってきて、気持ち悪くて、とにかく早く解散したい一心だった。
解散してから瑛太の家までの電車で、アプリの通知を切って、ホーム画面に表示されない位置にアプリを移動した。マッチングアプリを使っているなんて、瑛太にバレたくない。どうせ瑛太だって今でもアプリで女の子を漁っているんだろう。それでもバレたくない。「私はあなたに一途ですよー」と言うモーションを取ることが、せめてもの抵抗だ。

それなのに、引っ越す?どこに?どうして?もう会えないの?今日で最後?
聞きたことは山ほどあるのに、聞けない。私から聞いたら、全部がここで終わる気がする。

「転職するんだよ」
私が黙っていると、瑛太は自分から答えを言った。良かった。これで大丈夫。大丈夫。
「ここ、今の会社の社宅だからさ。自動的に引越し」
普段自分のことを話さない瑛太が、珍しく自分の身の上話をする。
「次、どこ住むの?」
恐る恐る聞く。
「田園調布の予定」
良かった、また会える。と言うのと、金持ってるな。と言うのが同時に出てきた。
「次、どんな会社なの?」
彼は誰もが知っている有名企業の名を挙げた。大手から大手へのジョブチェンジ。優秀な人しかできないやつだ。新卒で中小企業に入った私には一生できないやつ。ハイスペックじゃん、ほんとに。
それなのに、どうしてこの人は彼女を作らないんだろう?なんでずっと私で、3年間も遊んでいるんだろう?

そのあとは荷造りの手伝いをした。自分でしろよ、それくらい。
とは言え引っ越しまでそんなに日がないらしく、最低限のものを残して全て詰める勢いで作業した。
「桜は転職しないの?」
作業中彼が聞いてきた。
「転職?したいよ。今の会社嫌いだし、辞めたい」
会社辞めたいはもう私の口癖になっている。
「じゃあ転職活動とかしてるの」
「いや、そこまではしてない。めんどいし」
ひとつ段ボールを詰め終えて、ガムテープで封をする。段ボールにマジックで中身の内訳を書こうとして、なんとまとめたらいいかわからなくてやめた。
「そもそも辞め方わかんないし」
「上司に言えばいいだけじゃん」
作業していて顔は見ていないけど、瑛太が苦笑いしているのがわかる。
新しい段ボールを組み立てようとして、近くにまだ封をしていない段ボールがあることに気づいて手を止める。
「それがわかんない、どう切り出したらいいのかとか。あー、クビにしてくんないかな。そしたら楽なのに」
瑛太が黙る。
空いたままの段ボールにはお風呂用具とか、洗剤のストックが入っていた。
「ねえ、桜のそう言うところ、よくないと思うよ」
突然の冷たい声に驚いて顔を上げると、彼は真顔で目の前のダンボールを見つめていた。
「え…」
「全部誰かのせいにして、自分は全然動かなくて、愚痴ばかり言って…そんなのうまく行くわけないじゃん。もっと自分で考えて行動しないとダメだよ」
彼の言葉は冷たい。切長の目がさらにそうさせる。
止まっていた瑛太の手が動き出した。何事もなかったかのように作業を進める。
怖かった。それと同時に気持ち悪いと思った。
なんで彼氏でもないただのセフレにそんな説教されないといけないの?私はあなたの引越しまで手伝ってやってるんですけど!そうは思っても言えない。嫌われる。いや、嫌われたかもしれない。彼は淡々と作業を進めていて、空間は冷たい。白い電球が肌に刺さる。冷や汗が出た。

段ボールの中にメイク落としのボトルが入っていたことは、見なかったことにした。私はいつも、メイク落としは自分で持ってきている。


いつもは瑛太の家に泊まった後、「泊めてくれてありがとう」と連絡する。でもあの日は怖くて連絡できなかった。瑛太からももう3週間以上何も来ていない。今回こそ本当に終わりかもしれないと思った。毎夜泣きそうでしょうがない。とりあえずマッチングアプリで男を漁った。今日会うやつとはこれで3回目だ。

同い年、国立理系卒、開発職だか研究職だったはず。住みたい街ランキング上位常連の吉祥寺住み。一人暮らし。スペック的には悪くない。
前回までは仕事終わりにご飯を食べに行くだけだったから、休みの日に丸1日デートするのは今日が初めてになる。はあ、デートだったら瑛太としたいんだけどなあ。
待ち合わせに奴がやってくる。
パンツの色が薄いベージュで遠目から見ると下半身裸に見える。なし。
服は見た感じ全身ユニクロ。おしゃれすぎてこだわりが強いのも困るけど、気合いが感じられない。なし。
この前までは明るい時間じゃなかったから気づかなかったけど、なんとなく髪が薄い気がする。なし。
カフェのお会計は割り勘。なんなら私の方がちょっと多く出してる。なし。
勤め先を聞いたら全然知らない会社。なし。
家にテレビがないらしくて、最近の芸能人や流行りをよく知らないらしい。なし。
その割にプロジェクターを持ってる。なし。

話せば話すほど嫌になる。気持ち悪い。奴は眼鏡で、コンタクトにしないのかと聞いたら「めんどくさいから」と言った。眼鏡越しの小さな目がまた気持ち悪い。瑛太はあんなに綺麗な切長なのに。

その日は適当な理由をつけて予定より早めに解散し、もう奴に連絡は返さなかった。マッチングアプリも開かなくなった。瑛太よりいい人がどこにもいない。


共有スペースでコンビニで買ったおにぎりを頬張っていると、優香が自分のお弁当を持ってやって来た。いつも通り栄養バランスの良さそうな、見た目のいいお弁当を持ってきている。
「最近、瑛太くんとはどうなの?」
優香はいつものように聞く。
「もう切れた。1ヶ月くらい連絡ないし」
「それ、何回も言ってるじゃん」
優香は苦笑いする。
「いや、今回は本当。最後に会った時、なんか冷たかったし」
「最後に会ったのいつ?」
スマホのカレンダーを確認する。
「先月の15」
「まだ1ヶ月経ってないじゃん」
優香はまた呆れたように笑う。
「いや、でも、今回はほんとうにやばいと思ってる」
「それでいつも連絡来て、会いに行ってるじゃない」
「いや、今回は嫌われたと思う。てかなんか転職して、引っ越すって言ってた」
「引越し?」
優香は少し驚いたように言った。
「そうらしい。もう引っ越してると思うけど、住所とか知らないし、だからほんと、終わったんだよ、終わり終わり!」
「ほんとかな〜?」
優香が笑いながら言う。
「優香と一緒にアプリ始めたけど、もう全然開いてないし…。毎回毎回変な人としか会えない。瑛太よりいいと思える人がいないんだよねー」
優香は整った卵焼きを口の中に入れ、もぐもぐし始めた。
「優香はどう?アプリ?良い人いた?」
優香はまだもぐもぐしている。
卵焼きを飲み込んだ後、優香は思い切ったように話し出した。
「実はね、私、彼氏できて…」
「!!?」
飲んでいた野菜ジュースを吐き出しそうになって、咽せた。
「そんなに?」と優香は困ったような表情をしている。
鼻の奥が野菜ジュースで痛い。掠れた声で「もっと早く言ってよ…」と絞り出す。
「ごめんね、どう切り出して良いかわからなくてさ…付き合ったのは最近だよ」

その後、私による尋問が始まったのは言うまでもない。
優香はアプリを両刀使いしておきながら、今の彼氏とはアプリ以外で出会っていた。
友人がアパレルブランドを立ち上げ、その起業パーティー?で出会ったらしい。一体なんでそんな友達がいるのか聞いたところ、優香自身がもともとモデルをやっていて、その時の友人らしい。モデル並みのルックスだと思っていたが、まさか本当にモデルだったとは。
「まさか優香に先越されるなんてなー」
まさか優香に先を越されるとは思っていなかった。もちろん美人だけれど、長いこと彼氏がいなくて、こんな出会いのない中小企業にいる。それなのに、こんなに短期間で彼氏ができるとは、マッチングアプリを始めてからまだ1ヶ月程度じゃないか。
優香は黙って頷いている。
「彼氏、何の仕事してるの?」
なんとなくスペックが気になった。パーティーで出会ったってことはアパレル系だろうか。
「今は◯◯で働いてるって言ってた」
優香は誰もが知っている会社名を出した。瑛太が転職した会社だ。
「最近転職したらしいんだけどね」
優香が続ける。
「ねえ、彼氏さん、名前なんて言うの?」
背中に汗が伝う感覚がする。
「えいたって言うの。偶然だよね」
優香の笑顔が、じわじわと黒く暗転していく。


瑛太が目の前にいると言うのに、優香のことは一切聞けていない。
そもそもあの話で優香の彼氏と目の前にいる瑛太が同一人物だと断定することはできない。証拠が少なすぎる。というか別人の可能性の方が高いんじゃないか。でも不安にならざるを得ない。だって、瑛太は自分のことをあまり喋ってくれないから。私は、瑛太のことを知らなすぎるから。だから聞かなきゃいけない。でも、怖くて全然聞けないまま時間だけが過ぎていく。

あの話の後のことはよく覚えていない。ただ、昼休憩中に瑛太から「週末家に来ない?」と連絡があって、すぐに返信した。早く安心したかった。横で優香が心配そうに見ていた。そして最後に「さっちゃん、もう瑛太くんの上位互換を探すのは辞めなよ」と言ったのだ。あー、うざいうざい。気持ち悪い。自分に彼氏が出来たからって調子に乗りやがって。イライラして適当に返事をした気がする。優香に気持ち悪いと思ったのは初めてだ。でもそれどころじゃない。今はなんとしてでも疑惑を振り解かなきゃならない。安心したい。私はまだ彼の一番になれる。

確認しなきゃいけないのに、彼の新居で、Netflixを2人でぼーっと見ている。そもそも瑛太は見ているんだろうか。瑛太は何も言わない。
聞かなきゃいけないのに、聞けない。聞いたことで関係が壊れたらどうしよう。壊れるくらいなら自分が我慢した方がいいんじゃないだろうか。今までみたいに、メイク落としを見逃した時みたいに、何も言わず我慢すれば丸く収まるんじゃないだろうか。でもそんなのフェアじゃない。どうして私ばかりいつもいつも我慢しなきゃいけないんだろう。
「ねえ」
思い切って声を出した。掠れていた。
「んー?」
少し間をおいて彼が反応する。
「友達がね、彼氏できたんだって」
「うん」
言葉に詰まる。
「同じ会社の子で、出会いもないのに、マッチングアプリとか2つ使ってさ、すごいなって」
何を言いたいのか分からなくなる。
「え?別にすごいことではないでしょ。今どきアプリなんて普通じゃない?」
「そうだけど…」
「俺たちもアプリじゃん」
彼は笑いながら言う。そうだけど、そうじゃない。私たちは、付き合ってない。
「出会いがないなら、アプリ、使えばいいじゃん」
私に言っているんだろうか。私にアプリ使えば?って言ってるんだろうか。
「うーん」
私は黙ってしまった。どうしたら、言いたいことを言えるんだろう。どうしたら、彼氏ってできるんだろう。
「その子の彼氏がね、最近、瑛太の会社に転職したって」
「えー、じゃあ同期じゃん」
何も知らない彼は笑っている。
「でも、大きい会社だからわかんないかもなー。なんて言う人なの?」
「…ん、名前は聞いてない…」
「じゃーわかんないよ」
何も知らない彼は笑っている。私も、笑うしかない。
「大きい会社に転職できてすごいね」
もう終わり、もうこの話は終わりにしよう。
「転職したいの?相談くらいだったら乗るけどね」
彼は切長の目を細めて笑った。私も力無く笑うしかなかった。

画面の向こうで最近流行りの女優が笑っている。気持ち悪い。



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