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夢日記ショートショート 230901

私と皐月は、銀行の待合スペースで固いソファに並んで座っていた。
この銀行は私の地元にある支店で、見慣れた空間だ。
地元を離れて久しい私はそれだけで懐かしさに包まれつつも、なぜ皐月の用事に付き合わされているのかだけはよく分からなかった。

「今日は何の用事なの?」
皐月に尋ねると、思ってもない用件を聞かされた。

「今まで皆が知らなかった先生のヘソクリがこの銀行にずっと預けっぱなしだったみたいで、そのお金を代わりに引き出してほしいってご家族に頼まれたの」

「ええ?それ、遺産ってことじゃないの?頼まれたとはいえ、皐月が手続きできることなの?」

先生というのは、皐月の大学時代の指導教官だった教授のことだ。
先生は私達が大学を卒業後数年で病床に伏したのだが、病気が分かったときには手の施しようがないほどになっていたようで、しばらくして息を引き取った。

カウンターから呼ばれるのを待ちながら、ひとしきり先生のことを思い出していた。
鬼教官と恐れられていた先生のことを当時は憎らしいと思っていた学生は多く、1年次の必修科目で先生のしごきにビクついていた私もそのひとりだった。

しかし、社会に出てからはそんな理不尽な鬼教官のしごきなどほんの序の口だったということも分かるようになり、今にして思えば良い経験かもなどと振り返った。

先生がなくなったあと、ご家族は先生の故郷へ引き揚げ、先生のお骨は故郷のお墓へ納められた。
それから幾年が過ぎた年の3月11日に、先生の故郷は未曾有の大地震に見舞われた。

信じられない光景をTVニュースで目の当たりにしながら、ふと先生が眠る墓地と引き揚げたご家族ことを案じたあの時のことも思い出した。

カウンターから名前を呼ばれると、皐月は何やら必要な書類ぽいものを提示しながら何らかの手続きを銀行員と進め出した。

その様子をぼんやり不思議そうに私は眺めつつ、先生の忘れられたヘソクリ遺産が無事に下ろせることを何となく祈っていた。


目が覚めた。
今日もおかしな夢だったなと振り返る。

長いこと思い出したこともなかった分、夢の中で先生のことを十分に思い出したせいか、目覚めたあとは先生のことよりも皐月のことを思い出し、そういやこの間のLINEの返信を返さねばだったな、などとボヤきながら、私は身体を起こした。


キッチンで水仕事をしながらラジオを聴いていると、今日のニュースと天気予報のコーナーが流れてきた。

「今日9月1日は、『防災の日』です。関東大震災から100年となった今日、東京では慰霊祭が…」

今朝の夢をまた思い出した。
防災の日か…。

台風が近づいてくることも相まって、ラジオでは身近で聞いた台風対策に話題が移っていた。
私はラジオの声に耳を澄ました。

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