小説『ヴァルキーザ』 22章(2)
それを見て、白馬に騎乗していた騎士スターリスがランス(長い槍)を腕に抱え、巨大な竜のゲルグースに突撃していった。
ゲルグースは後脚で彼をなぎ払おうとしたが、騎士団長ローレットが援護のために射ってきた矢に一瞬、気を取られた。
その隙にスターリスは竜に接近し、その脇腹に深くランスを突き込んだ。
痛さのあまり、ゲルグースは絶叫して飛び上がり、その場から逃げ去った。
グラファーンたちが鉱山の入口まで進攻し、中に閉じ込められていた奴隷たちを開放しようとしていたとき、一人の、エルサンドラ軍のブラックフォロス(悪に仕えるフォロスの精霊)が現れた。
この前線基地、ローレリア鉱山の司令官のようだ。
全身に戦化粧を施し、肌を黒く染め上げ、髪を白くしたそのブラックフォロスの男は、ギリヴァンと名乗った。
「お前がグラファーンか! 黒騎士ロデックの仇を打ってやる!」
「いかにも、私がグラファーンだ! こちらこそ、返り討ちにしてみせる!」
グラファーンは名乗り、魔法剣ムーンセイバーを構える。
「貴様、ここに散れ!」
ギリヴァンが打ちかかってくる。
ギリヴァンの挑戦を受け、同じフォロスであるグラファーンは、ギリヴァンと一対一で戦った。
双方とも剣と魔法を駆使し、互いに激しい競り合いとなった。
しかし、先に均衡を破ったのは、グラファーンだった。
挑戦者ギリヴァンよりも戦い慣れしていたグラファーンは、泥沼の接近戦の後も余る精神力を振るって、「魔法弾撃」のメディアス(魔法)を連射し、ギリヴァンにダメージを与え続けた。
そしてこのブラックフォロスの体力を削ぎ落としてゆき、最後に、一気に剣で決定打を放った。
ギリヴァンは果たし合いに負け、息絶えた。
敵の司令官との戦いを終えてもなお、グラファーンには安心する暇が無かった。
味方の連盟大軍の偵察兵の報告により、鉱山内の様子を知ったユニオン・シップの冒険者たちは、すぐに、内部にいた奴隷化された人々を救出しにかかった。
グラファーン自身は、サラフ、レイト、マイナという名の人たちを助け出した。
苦難はそれから後も続いた。
数多くの奴隷化された人々が、連盟大軍の手で鉱山の南へ向かい、ライゼル市のほうへ逃げ出すことができた。
しかし逃亡する奴隷の最後の一団が連盟大軍の陣地に向かって走ってきたとき、その人々の波を追うように、背後からエルサンドラ軍の残党たちが現れ、弓矢による襲撃をかけてきた。
残党を率いていたのは、前線基地の副司令官のブラックフォロスのモルフという者だった。
残党たちの射撃によって、奴隷化された非武装の市民たちが次々と背面から矢を浴びせられ、悲鳴を上げながらばたばたと倒されていく。
「やめろーっ!」
テンスが絶叫する。
こちらに向かって逃げてくる人々のなかの、まだ小さい一人の子どもが、何かを言おうとしていた時に射られ、声も出さずに倒れた。
それを見たローレットやテンスら連盟大軍の軍人たち、逃げている市民たちは、驚愕のあまり一瞬、言葉を失った。
激怒したローレット騎士団長は、即座に味方の狙撃兵の射手に命じて、エルサンドラ軍の残党たちの列に向けて矢を斉射させた。
復讐心に燃えたライゼル市民兵団の狙撃兵たちの征矢によって、モルフらエルサンドラ軍の生き残りの兵士たちは、次々と撃ち倒されていく。
もう、立っている者は一人もいない。
そして、連盟大軍の陣地に向けて逃げてきた鉱山の人々の最後の一波が押し寄せ、その群衆は、連盟大軍の隊列をなす兵士たちの隙間をどんどん埋めていく。
ローレリアの広野は、連盟大軍の兵士たちと逃走した奴隷の人々が混ざり、人ごみになり、混乱した状態になっていた。
鉱山から陣地に戻ってきたユニオン・シップ団は、その光景を目の当たりにして立ちすくんだ。
「これが、戦争・・・なのか・・・」
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