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小説 "Record of Mu" (1/1)


「ねぇ、ムー文明のことを詳しく教えてくれないかい。ここの前のマイルストーンで、僕はアトランティスの子孫に出会ったんだ。彼らも守護者だったんだ」

「そうかい、もちろん、いいよ」ジェスターは答えて、ムーについて語り始めた。

「ムー大陸は、かつて、ハワイ諸島、マリアナ諸島、それからポナペ、フィジー、トンガ、クック諸島から、はるかイースター島にまでまたがる、東西約八千キロ、南北約五千キロにも及ぶ、太平洋の半分以上を占める、実に広大な大陸だった。俺たちの想像もつかないようなはるか昔、太平洋上には、こんな途方もない大陸があったのさ。ここには人類文化の母なる国、ムーがあって、最盛時には約六四〇〇万もの人口だった。住民たちは皮膚、髪、目の色がそれぞれ違った一〇種類の民族から成っていた。人種による差別がなく、最高の神官だった帝王ラ・ムーの下、ただ一つの宗教を奉じていた」

「ムー時代の私たちの先祖は、ラ・ムーの遠い血縁だったのよ」レイラが僕に囁いた。

「そう。それで、話は戻るけど、ムーの国民はね、とても高度な文化を持っていたんだ。ムー大陸の住民は、図形と様式化した絵を組み合わせた、一種の絵文字を使っていて、これは人類最初の文字だった。例えばハスの花の絵は、地上に咲いた最初の花という言い伝えから、人類の母なる国ムーを表しているんだ。これらの表象は今も世界各地の古い石造物に刻み付けられているのを見ることができるよ。それから、ムー人は特に建築と航海術に優れていた。首都のヒラニブラを含む七つの大都市があって、道路は縦横に通じていたし、港は出る船や入る船でいつもにぎわっていた。ヒラニブラは伝説の聖都で、天帝をまつる白い石造りの大神殿や、伝説では『透明なる神殿』と呼ばれている、屋根のない大礼堂や、僧院などが建っていて、石の白い壁には、緑色のヤシの葉が、その影を投げかけてた。町の広場や僧院の前庭には、大きな白い蓮の花弁が浮かび、白衣の神官たちの姿が見られた。ここには多くの大学や文化施設などもあった。帝王だったラ・ムーも、ここでは最高の神官として宗教の儀式をとり行なっていた」

「まあ、とっても綺麗! きっと素敵な国だったのね」ファウが感嘆の声を上げる。

「うん。まさにそうなんだ。で、ムーの国はまた、自然にも恵まれていて、国土のほとんどは亜熱帯性の気候なんだ。そして土地は肥沃で、大して手間をかけなくたって、豊かな収穫を約束してくれたのさ。そして香料、調味料の原料となる植物もよく生い茂って、果物類は驚くほど豊富だった。水辺には国の象徴になってるハスの花が白い花を咲かせ、木陰には大きなチョウが色とりどりの羽をゆらめかせ、ハチスズメが飛び交い、セミが歌ってた。原始の姿をとどめる森には、洪積世にいたゾウの一種、マストドンの群れがのし歩き、耳をうちわのように動かして羽虫を追っていた… 」

彼はひと息ついて、お茶をすすると、また話し始めた。

「だけど、そればかりがムーのすべてではなかった。ムーは国力がとても大きかったので、世界の各地に植民地を拡げたんだ。いわば世界帝国となったわけさ。実際、マヤと呼ばれるムーの移民者たちは、各地に植民地を築き、やがてそれは大帝国にも発展した。中米には、白人による超古代マヤ帝国が造られたし、アジア大陸には、当時緑豊かだったゴビ砂漠を中心に、超古代ウイグル帝国があった。インドには、ナガ帝国があった。大西洋上にはアトランティス帝国が海軍力を誇っていた。アトランティスは、もとはムーの植民地だったのさ。そして南米には当時、いまのアマゾン河の母体となった『アマゾン海』があって、その沿岸には、七つの都市を築いたカラ帝国があった。イースター島なんかも、かつてはムー大陸の東南端の部分で、ムーの東方へ向かう植民線の根拠地だったのさ。この島はじっさい、ムー帝国の王族や貴族たちを葬る特殊な霊地とみなされている程、いわくの多い島さ… 」

「そうか…。それにしても、ムーがアトランティスの宗主国だったとはね。どうりで、アトランティスのときと話が似ていると思った」僕が口をはさむ。

「ああ、本当の話さ」と彼は言い、話を続けた。

「…ところが、そんなある日、突然、恐ろしい地鳴りが起こって、大地震が立て続けに起き、大地が割れて、大きな火柱が立ち昇り、炎が飛び交い、熔岩が溢れて流れ出した。川や湖は氾濫し、海からは想像もできないような大津波が襲って来て、森も草原も、都市の神殿や宮殿、壮麗な石造建築物も、人も野獣ものみこんでいった。火と水の煮えたぎるるつぼの中で、ムー大陸は砕け散り、一夜にして太平洋の海底に沈んでしまった」

「ムーの伝説は、今でも世界各地の古写本や、古記録類、太平洋諸島に残る伝説、口碑、世界各地に見られるムーの表象による墓銘などに残っているけど、滅亡のときの様子を記録したある文書には、こう書かれているわ… カンの六年、一一ムルク、サクの月に恐ろしき地震始まり、二三チュエンまで絶え間なく続く。粘土の丘の国、ムーの国土はいけにえとなる運命にあった。二度にわたり強く揺り上げられたのち、夜のうちに突如、消え失せた。大地は地の下の力の作用により絶えずうちふるえ、その力は各所において大地を持ち上げ、沈下させ、そのために大地は陥没した。国々はひとつひとつ離れ、やがて散り散りになってしまった。国々はこの恐ろしき震動にさからうすべもなく、六四〇〇万の住民もろとも落ち込んだ。これは、この書を編むに先立つこと、八〇六〇年前に起こった出来事である… これはマヤ文明の記録よ」レイラが静かに言い足す。

「チベットに伝わる別の古文書では、こんな風に記録されている。 …バルの星が落ちたとき、ただ空と海のみが残った。七つの都市は黄金の門、透明なる神殿とともに嵐の中の木の葉のように打ち震えた。宮殿からは火と煙とがあふれ出た。悲鳴と叫喚とがあたりに満ちた。群衆は逃げ場を求めて寺院や塔に集まった。賢者ムー、最高なる神官ラ・ムーは立ち上がり、群衆に向かって言った。『わしはこのことあるを、かねて予言しなかったか?』輝く宝石ときらびやかなる衣装をまとうた男女らは泣き叫んだ。『ムーよ、われわれをお助け下さい!』ムーは答えた。『お前たちはその召使いどもや財宝とともに死ぬであろう。そして、その灰の中から新たなる民族が生まれてくるであろう。だが彼らも、多く得ることより多く与えることこそ立派であるということを忘れたとき、同じ災いは彼らの上に降りかかるであろう!』焔と煙はムーの言葉をかき消した。国土とその住民は切れ切れに引き裂かれ、奈落の底にのみこまれた」

ジェスターはそう続けて語り、黙って、燃え上がるたき火の炎を見つめた。僕たちも皆、しばらくの間、何も言わずに、闇に舞う火柱を眺めていた。

「…そして、あとには、大陸の中の山々の頂上のところだけが残って島となり、生き残った僅かな住民たちは、その島々に別れ散っていき、帝国の栄光は忘れ去られていってしまったんだ。それが、いまのポリネシア、ミクロネシア、メラネシアの島々と住民なのさ」

ジェスターは、思い出したようにぽつりと言い、話を締めくくった。

                  (おわり)


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