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「綺麗事」をまっすぐ語れる大人でいたい(2)

「まっすぐ」?それとも「綺麗事」?


コロナ禍が人生の大きな転機になった人は、数知れないだろう。諦めたり、自分を納得させたり、自分の感情に蓋をして、なにも感じないように過ごしたりするほうが、楽だ。初めから何ももたなければ、失うものもないのだから。ある時期から、こんなふうに考えるようになった人も、多い気がする。


そんな暗い世界で、まっすぐに想いを届けようとしているSUPER BEAVERが、単純にすごいと思った。



彼らの楽曲は、とにかくまっすぐだ。楽曲の多くを手がけているのは、ギターの柳沢亮太さんだという。そのまっすぐさは、言い換えてしまえば「綺麗事」だ。


いやいや、世の中そんなにうまくいかないよ、って。大人になったわたしたち、こう思うような経験なんて、一度や二度じゃないでしょ。

あなたたちだって、と彼らのことを少しだけ調べた。そうしたら、メジャーデビュー後に、自らの意思でインディーズに戻り、自分たちが本当に届けたい音楽を創っていた、ということがわかった。その後、紆余曲折を経て現在にいたるのだが、そうか、彼らの妙な説得力は、背景からくるものだったのかと納得した。




希望を語れるから、幸せなのよ。



仕事においても、人生においても大先輩である人から頂いた言葉。

「私たちの仕事は、希望を語れるから幸せなのよ。」


世の中は厳しい。苦しいこと、うまくいかないこと、がっかりすること、何もかも信じられなくなること、そんなことが、ざらにある。いや、そんなことばかりと言ってもいい。


でもどうせ生きていくなら、光を見ていたい。かすかな光を集めて、目指して、歩いてみたい。

語ることで、自身の姿を見せることで、未来を生きる者たちに希望の種まきができる。


最近読んだ本の一節に、こんな描写があった。

この人たちは
道理を聞きたいわけじゃない。

希望を見せて欲しいのだ。

『香君』上橋菜穂子



人は、希望を求めているのだ。

「そんなの無理だよ」
「現実見ようよ」
と言いつつ、希望を捨てきれないんだ。
時には、すがりながらも、希望を信じようとして、自分を励ましているんだ。


SUPER BEAVERは、ずっと歌ってきた。綺麗事という名の希望を、まっすぐに、純朴に。
種をまき続けて、聴く人みんなに、希望を、希望を信じたいという心を、思い出させてくれた。



あの時、わたしが本当に苦しかった時、希望を信じたい、明日を信じたいと心が求めていた時だったから、彼らの曲は、わたしの心をつかんで離さなかったのだろう。


今でも苦しいとき、大切な人を想うとき、「綺麗事」を信じたいとき、わたしは彼らの曲を選んでしまう。





SUPER BEAVERの中で、わたしが一番好きな曲。わたしの人生の中で、最も大切な2人に贈る曲だ。

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