Mとの記録(1/2)

彼女と私が友人として過ごしたのは彼女の18歳という期間のうちのほんの数ヶ月に過ぎないが、その数ヶ月はたかが数ヶ月と言い捨ててしまうにはあまりに濃密で沈痛な数ヶ月であった。

ここでは彼女の名前をMとする。
Mと私はとあるSNSで出会って連絡を取り合うようになり、お互い惹かれ合うものがあったためか或いは単に寂しさのためか、急速に仲良くなっていった。話す頻度こそ高くないものの一度話し込むと止まらなくなり何時間でも喋り続け、気がつくと夜を明かしていることもしばしばあった。
一度だけ実際に会ってみたこともある。Mは事前に写真で見せてもらった通りの可憐な見た目で、過度に大人びているわけでも幼いわけでもない、18歳という年齢にぴったり当てはまる感じのする女の子だった。天真爛漫というのか、人を疑う心がなく、けれども時折なんとも言えない危うさを孕んだ表情を見せては私の目を奪った。私はMに、決して悪い意味でなく(大人に取り入るのが上手そうな子だ)という印象を抱いた。

「せかいちゃん、私はもうなにもいらないよ。せかいちゃんとずっと一緒にいるんだ」

まだ出会って数週間も経たないというのに平然とそんなことを口走り、かと思えばふいと背中を見せこちらの返事も待たず先々歩いて行ってしまったこともあった。

Mからかかってくる電話はそのほとんどがよくない知らせであった。「おじさんがお金くれなかった。ホテルに取り残されて出られない」「国語の先生にウリの相場いくら?って聞かれた」「今学校の窓から飛び降りるとこ」「彼氏が電話に出ない」「もうお金ないよ」「どうしたらいいかわからないよ」「どうしたらいいかな?せかいちゃん」「せかいちゃん」………Mはいつも暗く冷たい部屋の片隅で誰かが自分を見つけてくれるのを待っていた。はじめにMをその部屋に押し込めたのはMの父親や、母親や、周りの大人たちであったはずだが、次第にMはM自身の頭で(ひょっとすると自分の居場所ははじめからここにしかないのではないか)と考えるようになった。そうなる頃にはもうMは自分の力では暗い部屋の外へと出ることが出来なくなってしまっていた。

私はMを連れ出したかった。Mの望むままにお金を渡し対話を重ねて、Mのやることを決して否定せず、二度とあんな冷たい部屋に戻らなくて済むようにしてやるんだと躍起になった。親心とも、同病への哀れみともつかない奇妙な感情が私を支配していた。
Mは自分の身の上を自覚してひどく悲嘆に暮れる日もあれば、打って変わって能天気に振る舞う日もあった。

「夏の服が欲しいのにどのおじさんも全然お金くれなくてね」「18歳ってもう売れないのかな!?日本マジロリコン大国すぎる死ね死ね死ね」「ねえほんとにさ、せかいちゃんと早く一緒に暮らしたいよー。私がそっちに行くからね」「また彼氏と喧嘩して超怒られたけど革のベルト小さく切ってその欠片飲み込んだら許してくれたんだ」「なんか、彼氏の腕叩いたら骨折れたっぽい!やばい」

内容はどうあれ、楽しそうに話す彼女を見ると私の心も弾んだ。きっと今この瞬間に起こる一つ一つの出来事から生を実感し、その事実に胸を躍らせているんだろう。なんて愚直で、なんて愛おしい子なんだと思った。この子が周りからどんなに不幸に見えていたっていい、こうして笑って生きていてくれるならそれだけで十分だと思えた。

Mとはそれからもやりとりを続けたが結局、直接顔を合わせたのは最初の一度きりで徐々に電話の回数も減っていった。繋がりが切れたわけではないがなんとなくこちらからも連絡をしなくなり、生活の中でMを思い出すことも少なくなりつつあったある日、1ヶ月ぶりにMからの電話が鳴った。



つづく

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