見出し画像

2023年のドイツの価格スパイクについて

前回の記事では、ドイツの2023年の再エネ事情について書きました。この記事では、ドイツの前日市場が極端な価格をつけた時間帯についてのデータをお伝えします。

極端な値について


ここで言う極端な値とは、極端に低い時間帯と極端に高い時間帯です。
価格が低い時間帯:前日市場の1時間値の価格が0以下(ネガティブ価格)をつけている時間帯
価格が高い時間帯:化石燃料で最も短期限界費用の高い天然ガスをベースにその1.5倍の価格
極端に価格が高い時間帯:2倍の価格

Agora Energiewde:Die Energiewende in Deutschland: Stand der Dinge 2023

Agora Energiewendeのレポートによると、天然ガスの短期限界費用の1.5倍は184.5ユーロ(MWh)、2倍は246€(MWh)になります。
以下、特段の注記がない限りは電力の価格をユーロとする場合、前日市場の1時間ブロックの価格(ユーロ/MWh)を指しています。また、市場価格は前日市場の1時間ブロックの値を指します。
データはEnergy-Chartsからダウンロードしました。

2023年の結果

年間の卸価格の変動

まずは、年間の価格を時系列に並べてみます。

卸価格の時系列推移

最も高い価格:524.27ユーロ (2023年9月11日19:00)
最も低い価格:-500ユーロ (2023年7月2日14:00)

となりました。
次に価格が低い方から高い方への分布図になります。(横軸は時間数です)

卸価格の散布図

基本的な数字

平均: 95.18ユーロ
標準偏差: 47.58ユーロ
最低価格: -500.00ユーロ
25パーセンタイル:75.88ユーロ
中央値: 98.02ユーロ
75パーセンタイル:75%は122.12ユーロ
最大値: 524.27ユーロ

極端な価格

価格が0未満だった時間:301時間 3.4%
価格が0だった時間:24時間 0.27%
価格が184.5ユーロ以上だった時間:223時間 2.5% (246ユーロ以上も含む)
価格が246ユーロ以上だった時間:29時間 0.33%

極端な価格の時間の合計は548時間で年間の6.26%を占めていました。
この4つのカテゴリーを縦軸を時間帯、横軸を月で示した散布図が以下の図です。

極端な価格の時間の散布図

これを見ると、0未満の価格は、比較的年中発生している一方で、価格の高い時間帯は1月がピーク(83時間)ですが、夏場(8月は14時間)から秋(9月は29時間)にかけても発生しています。
高い価格の発生時間では、19時が40回、18時が31回、8時が26回、7時が22回、20時が20回と続き、朝夕が多くを占めます。特に、夕方の占める比率が高く、夏に関しては太陽光の発電量が下がりはじめる時間帯で価格が高くなる傾向がありますが、冬は比較的朝から晩まで発生しやすいことがわかります。
また、価格が低い時間帯は冬場は夜中に、夏場は昼に発生しやすい傾向があります。これは、冬は風力が夜間の需要の少ない時間に、夏は太陽光が昼間に発電する量が増えるということを示しています。

時間帯ごとの前日市場の価格の傾向

四半期ごとで見ると、冬場は時間帯によっての価格差が夏や秋よりも大きくなる傾向が見て取れます。夏は卸価格がダックカーブを描きますが、冬は点灯帯で上昇する傾向はあるが、ダックカーブは描いていないことがわかります。

時間帯ごとの前日市場の価格の傾向(四半期ごと)

極端な価格の時間帯の発電と電力需要


極端な価格の時間帯について、その発生時の原発、非再エネ、再エネ、負荷、残余需要を示す図を作成しました。それぞれ、上が時系列、下が価格の順番に並べたものです。

ネガティブ価格の時間帯


ネガティブ価格x時系列
ネガティブ価格x価格順

これを見ると、市場価格が非常に低い時間帯は基本的に電力余剰が発生していますが、0近傍に近づくと、必ずしも電力が余っている時間帯だけで発生しているわけではないことがわかります。また、時系列で見ると、原発停止後も発生しており、原発の有無による違いはあまり見られません。
特徴としては、時系列で見ると、極端なネガティブ価格は夏場に付ける傾向があり、秋冬はネガティブ価格が極端に大きくなることはありません。
風力は予測しやすく、また変動が緩やかなために、非再エネ電源が対応できているという面があると思われます。
(発電量は最終的な公共系統への給電量を示しており、実際には前日市場の結果を見ながら時間前市場などでの調整が行われた後の値になります)
逆に日本では太陽光が多く入っているため、ネガティブ価格を導入した場合には、ネガティブ価格の値が大きくなりやすく変動が激しくなる可能性はあるといえるでしょう(ドイツで言う夏場の状況)。日本は蓄電池などの柔軟性の導入がドイツよりも効果的である可能性があります。

価格が184.5ユーロ以上の時間帯


高い価格x時系列
高い価格x価格順

これを見ると、市場価格が高い=相対的に需給がタイトな状況は原発の稼働期間中に起こっていたことがわかります。ただし、価格が高い時間帯でも特に高い時間は夏から秋に集中していることから、太陽光の出力の変化に合わせた十分なスピードのある(デルタの大きい)電源がドイツには不足気味だとは言えるかもしれません。

価格が246ユーロ以上の時間帯

極端に高い価格x時系列
極端に高い価格x価格順

さらに極端に高い時間帯だけを並べた場合は、1月に何度か発生した後、次に発生するのは8月になります。こちらは、1月に11回発生した後、8月に4回、9月に11回発生しており、やはり太陽光の変動に対応できる電源が不足気味であると言えそうです。

極端な価格と各電源の発電量

ネガティブ価格と各電源の発電量の散布図
ネガティブ価格時の各電源の発電量の箱ひげ図
高い価格と各電源の発電量
極端に価格が高い時の各電源の発電量の箱ひげ図

原子力は4月に停止したため、サンプル数としては少ないですが、市場価格が極端に高い時間帯も低い時間帯もあまり大きく変動はしていません。
ネガティブ価格をつけている時間帯と価格が高い時間帯を比べると、ネガティブ価格の時間帯の非再エネ電源は出力の調整結果は価格が高い時間帯と比べると小さくなっています。ネガティブ価格の時間帯が年間で数100時間と少ない場合は、このように、電源をオフにするような調整は行っていなことがわかります。同様に、ネガティブ価格の多くはゼロ近傍で発生している、その総時間数も全体の4%にも届かない状況が続いては、DRへの投資を行う製造業者は限定的になると言えるでしょう。DRに対して報酬を厚めに与えるか、ボラティリティをさらに大きくしなければ、DRへの投資は進みづらいことを示唆していると思います。

残余需要と前日価格

以下は、残余需要を縦軸、前日価格を横軸にした散布図になります。

ネガティブ価格時
高い価格
極端に高い価格

極端な外れ値は、必ずしも残余需要が特に大きい、または特に小さい時に発生しているわけではないことがわかります。また、本当に極端な値はめったに起きないことがわかります。

雑感

いずれにしても、前日市場の価格が極端に高い時間帯と原発の有無には明確な関係はないように思えます。ですから、脱原発の完了でドイツのベースロード電源が不足したとか、ましてや、それが原因で電力不足に陥り、輸入に転じたと言えるかは非常に慎重な判断が必要でしょう。
個人的には、連邦ネットワーク規制庁(日本のOCCTOにあたる)の、「脱原発でもドイツの電力供給に支障はない(安定供給は国内で確保できている)、脱原発による電力価格の上昇はほぼない」というアナウンスは現時点では正しかったと判断して良いと思います。
これとは別に、前日市場の価格がガスの短期限界費用の1.5倍である184.5ユーロを超える時間帯は、2023年の初頭に多いことから、ガス価格が高かったことと、隣国での電力不足に起因する価格高騰の影響に引っ張られたことがあるように見えます。
また、さらに極端な価格高騰は夏場に見られることから、ドイツに不足しているのはベースロード電源よりも柔軟性の高い電源(ミドルからピークロード電源)であることが示唆されます。
つまり、再エネの増加に対して、卸価格を安定させるには、デルタの大きな電源を優先して新設する必要があると言えます。
このことは、ドイツの電力事情の改善を考えると、原発の再稼働よりもガス火力新設を優先したほうが良いと言える可能性があることを示しているのではないでしょうか。


ありがとうございます!